第47話

 シエナがやってくるのを待っている間、棗から着信が入った。待ち合わせ時間までもうあと十数分なのだが。

 だが棗が言うことには緊急事態とのことですぐに本拠点まで来いという。結果シエナには紲一人であってもらうことになった。


「悪いな……」

「ううん気にしないで、こっちは私に任せて。烏川くんは用事済ませてきて大丈夫だよ」

「すまない、終わったらすぐに紲に合流する」


 名前を口に出すと彼女は慣れないように一瞬まばたきを繰り返す。だが不快に思ったわけではないのか笑顔でうんと応じた。

 この調子ならば期日までに仲良くなることはできるだろう。そんな最低なことを考えている自分に嫌気がさしつつ彼女に背を向け東京タワーを目指す。


「ありゃ? 烏川? こんなとこで何やってんだ?」


 だが地下通路経由で東京タワー前に出たところで和馬たちに遭遇した。


「何って……それはこっちのセリフだ。風間泉澄を追跡していたんじゃないのか」

「風間泉澄は学生寮に帰った。皇棗からコンタクトがあったからここに戻ってきたのよ。大方、アンタもそうみたいだけど」


 唯奈は東京タワーのエレベーターに乗り込みながら窺って来る。真那と凛音の姿はないが、この人数を呼び集めての緊急伝達とはいったい何なのか。そもそも通信機を使っての伝達ではいけないのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、エレベーターは大展望台にまで到達する。


「ありゃりゃ、勢ぞろいと来たか……一体何事だってんだ?」


 そこには既に学園組を除くメンバーたちが集まっていた。峨朗姉妹と真那はやはりいないが、幹部級メンバーつまり妃夢路や船坂、幸正と言った人員たちまでいる。

 彼らは一様に難しい顔をしてソリッドグラフィを囲っていた。


「これで集まったか」

「わざわざ来てもらってすまないが、君たちに早急に伝えておかなければならないことがある」

「伝えておかなければならないこと?」

「そうだ。単刀直入だが要件を述べるとだ……この港区の拠点東京タワーに、部外者が忍び込んでいる」


 一斉に皆の表情が曇った。部外者だと。この本来絶対不可侵の領域にか。


「どういうことだ?」

「本日正午辺り、この施設の地点に生体反応が観測された」


 幸正が指し示しているのは、ソリッドグラフィのちょうど時雨たちのいる地点。つまり東京タワーの場所だ。

 

「単純にあんたらの反応じゃないのか?」

「そんな勘違いをするわけがないだろう。その時間帯には皇と俺しかここにいないはずだった」

「だが、確かに生体反応は三つあったようだ」

「捜索は……まあしているか」

「当然だ。俺と皇とでしらみ潰しに探索したが誰もいなかった。だがそれでも確かに、ソリッドグラフィは侵入者を示していた」

「ソリッドグラフィの不調という可能性は」

「それはないねぇ」


 妃夢路は相変わらず電子タバコをふかしている。だが今回ばかりは彼女も神妙な面持ちを浮かべていた。

 それは当然だ。この内部に侵入者がいたというのは、つまりこの場所をレジスタンスの人間以外に認知されているということなのだ。一般人がこの危険な区域に足を踏み入れるはずがないし地下通路を通るにもセキュリティが存在する。

 

「侵入者の反応はどうなった」

「すぐに消えたらしい。突然、ソリッドグラフィ上からな」


 それも不自然な話だった。誰がどうやって侵入したのか。今の時点ではなにも分からない。


「なんであれ、この拠点は何者かにリークされている可能性がある。今後は厳戒な警備体制をもとに、この施設を監視することになる」

「閉鎖はしないのか」

「ここにはレジスタンスの情報が詰まっている。それに、内部を目撃されたからには口封じをする必要がある。俺たちはこれより全力を以て侵入者の捜索を始める予定だ」

「俺たちは?」

「君たちはこれまで通り、スファナルージュ第三統合学院内部での任務を遂行してくれ。また、厳戒態勢が解かれるまではこちらからの呼び出しがない限りは、この拠点には戻ってくるな」

「まあそれが妥当な策よな。その反応が消えてから結局再出してねえとこを見ると、まだこの施設内に潜んでる可能性があるってことだろ?」

「可能性は限りなく低いが、ありえないとは言い切れん。俺たちも捜索範囲をさらに広げる予定だ」


 幸正のその言葉を最後に会合は終了する。各々が去っていこうとする中で時雨は自分たちも伝達する必要のある事項があったことを思い出した。


「そう言えば、今学園でおかしななことが起きてる」

「変なことだと?」

「学生たちが不自然な勢いで失踪してる。ただ欠席してるだけならいいが学生寮からも姿を消してる。事件性があるのかはまだわからないが……アイドレーターの手が加わってる可能性がある」

「もともとアイドレーターの目的が布教活動だったってこともある。だがそのほとんどの人員がアイドレーターに入ったとは思えねえ。おそらくは、口封じのために誘拐か、もしくはすでに――殺害されてる可能性もあるわな」


 皆が押し黙る。もし和馬の言う通りならば、既に百人以上の人間に命が奪われた可能性があるということだ。倉嶋禍殃の目的が明白ではない以上何とも言えない現状だが。


「君たちは可能な限り早急にアイドレーター局員の特定を図れ。スファナルージュには、こちらの方で学生寮付近のセキュリティレベルを上げるように進言しておく」

「……もうこんな被害が出てるんだ。そもそも一般市民を手にかけるような連中の頭がまともなわけがない。こんな偶像崇拝連中と、俺は仲良くなれるとは到底思えないんだが」

「少なくとも協定を結んだところで、倉嶋禍殃様たちの行動が沈静化するだけとは考えにくくはありますね」

「そうは言ってもねえ、実際に被害が出てるかは現段階では断言しにくい。遺体が見つかってないからねぇ」

「そういう問題じゃねえだろ、既に失踪してる学生たちの数は甚大な域に達してんだ。看過できる数じゃないだろ」


 大人たちは顔色をしかめさせたままだ。何か問題があるというのか。

 そもそもこんな団体と手を組めばレジスタンスは立派な犯罪者だ。勿論既に一般市民エリアたちから見れば重罪を冒す不適合者たちなのだろうが。


「事はそううまくはいかない。まず問題が起きているのが学園と言うこともある。それ以前に局員を特定する必要があり、かつ殲滅作戦に出た場合、最悪紛争になりかねない」

「アイドレーターの戦力がいかほどなのか判断しかねてる現状は、動くに動けないのさ。私たちの軍事力でどうこうできるならいいけどね。もしかしたら一国軍ほどの軍事力を有してるかもしれないね」

「もちろん我々とてこの問題が激化し続けるならば手段は択ばない。だがそれでも今は俺たちが更なる戦力の増強をする必要があるんだ」


 たしかにそれはそうかもしれないが。状況は刻一刻と迫っているのだ。いつあの第三統合学院がアイドレーターに占拠されるかわかったものではない。


「それにあの場所でどうどうと戦闘でもすれば、防衛省に居場所をリークされかねませんね」

「なら、どうしろってんだよ……」

「落ち着け。俺たちとて対策を練っていないわけではない。軍資金の調達に関しては、既に目途を立てている」

「どこかからの資金援助を受けるということか? だが、このリミテッドのどこに、俺たちの意向に賛同する連中がいるというんだ」

「俺が着眼しているのは壁の外側だ。防衛省の政策、ラグノス計画に疑いの目を向けているのは、何も俺たちのような蜂起軍だけじゃない。海外にも、日本政府に猜疑を向けている団体は無数にいる」


 それはそうだろう。世界各国がノヴァに陥落されていく中、日本だけは事前にその対応策たるイモーバブルゲートの建造が済んでいた。明らかにノヴァ対策だと思われるその隔離政策に猜疑の目を向けた国も多いはずだ。


「でも待って、レジスタンスはこれまでも海外からの援助を受けて来たでしょ。フランス陸軍、トルコ、中国。そのうちの一部だけからだけど、皇棗、アンタ、海外からの援助はそれが限界だって言ってたじゃない」


 まさかそれほどの援助を受けていたとは。だがそもそも海外の貨幣などリミテッドにおいてはただの紙切れに過ぎない。なんといってもIDの発行する電子マネーのみが金としての役割を果たす機構なのだから。


「それは間違っていない。だがそもそも、何故これまで俺たちの外部資金援助が制限されてきたか分かるか?」

「外交上の、問題?」

「今のリミテッドに外交もくそもない。答えはデルタサイトだ」


 デルタサイト。一瞬何のことだったか忘れていた。だが幸正が展開したホログラムを見てすぐに思い出す。

 そこには特徴的な四面体の物体が表示されている。数メートルほどの大きさもあるそれには複雑なラインが走り微弱な光を放っていた。


「知っているだろう、防衛省が開発した対ノヴァ用の制御装置デルタサイトだ。ナノマシンに対し通常の軍事兵器など無力にも等しい。だのにイモーバブルゲートを持たない諸国が陥落していない理由が、これだ」

「まあ、ノヴァをそれこそ抹消しようものなら、核を持ち出すしかありませんからね。ですが世界中に蔓延したナノマシンを抹消するなんて不可能。となると抹消するのではなく、それらから自分たちを守るしかない」

「そうだ。このデルタサイトはナノマシンの行動を抑制する微弱な電波を発している。俺たちの、壁の外の駐屯地にもこれを設置しているしな」

「私のデーターベースによれば、日本政府はこれを海外諸国に流すことで、それらの存命処置を図っているようですね。つまり、諸国は日本に守られているようなもの。日本政府に掌握され生かされている。首の皮一枚で、生存している状況です」


 なるほどこれまで海外からの援助が制限されてきていた意味が解った。

 デルタサイトと言うライフラインを得るためには日本政府にへりくだるしかない。それ故に各国は日本を攻め落とすことが出来ないのだ。当然だろう、日本を落とすことは自分たちの壊滅をも意味する。

 防衛省の筋書き通りと言うことだろう。考えるだけでも胸くそ悪い話だった。


「でも、それなら今後も同じ話でしょ。諸国がへりくだってる以上、これ以上の援助は望めないわ」

「実はそうでもないんさね。これを見てくれるかい」


 恋華が発進したホログラムはどうやら何かの音波をグラフに示したものであるようだ。規則性のある波に見覚えはなく時雨は首をかしげる。だがそれに反応したものがいた。

「モールス信号、ですね」

「モールス信号?」

「はい。電信で用いられる、可変長符号化されている文字コードです。軍隊などが遠征地に行っている時に使ったりするあれですね」

「それってもしかして、海外からの信号なの?」

「そうさね。それもM&C社からのさ」

「M&C社と言えば、海外の軍需運送会社のことだと存じ上げますが」

「それで間違いないね」


 M&C社とはこれまで一度かかわりがあった。レジスタンスに加入するきっかけとなったノヴァとの一件。その際にM&C社のコンボイを救出したのである。

 先頭車両以外はすべて爆破され数名しか生存させることは出来なかったが、その救援が功を成しU.I.F.やA.A.の行動を抑制するユニティ・ディスターバーの回収をすることに成功した。


「M&C社がどうしたのよ」

「その本社からリミテッドあてに伝達が来た」

「それって……もしかしてレジスタンスとの軍事提携? 利害関係とか関係ない営利の介入しない。そのアポが取れたってこと?」

「残念ながら、そういうわけではないね。M&C社はレジスタンスに対してではなくリミテッドに対してこの信号を送ってきたのさ」

「エリア・リミテッドに……それってつまり防衛省にってこと? それならM&C社に軍事提携を持ち掛けるのは難しいんじゃないの?」

「通常ならそうさね。でも今回は少し状況が違う。この電信の目的はへりくだる内容でありながら、そうでなかった」

「明らかに俺たちに対するメッセージも含まれていたんだ」


 レジスタンスに対するメッセージだと。

 

「防衛省に向けた信号はいわばダミーだ。その証拠にこのモールス信号は、他の国が使っている国家間無線ではなくエリアリミテッドの通常ネットワークに向けて発信された」

「通常ネットワークってことは、誰でも見れるということか」

「おそらくは、レジスタンスにも確実にこの信号が届くための処置だろう。また、唯一国家間無線以外に外との共有が出来るサーバーと言うこともある」

「他のサーバーでは、諸国とは連絡が取れないのか」

「東京都都市化計画が進行した時点で、外国がアクセスできるサーバーにはアクセスできなくなっていますね。国家間無線を使わずにこのサーバーを介した以上、レジスタンスに対して何らかのメッセージを伝えようとしたことは明白です。ですがその内容は何なのですか?」

「もちろん、レジスタンスとの軍事提携さ。でもそれは、当然防衛省に対する背信行為となるさね。最悪M&C社はデルタサイトの供給が出来なくなって壊滅する。それを恐れてる。だから彼らの目的は、明確には解らない」


 つまりまとめると、M&C社は防衛省に通常の信号を飛ばしながらレジスタンスにコンタクトを取ってきた。それに用いた手段は一般人にも見れるサーバーで、当然防衛省にもリークされている。それ故に、直接的にレジスタンスに援助するという内容は記録されていないということか。

 おそらく彼らがレジスタンスに向けて発信したのは、何の内容もない信号なのだろう。だがレジスタンスあてと言うことはそういうことである。援助申請ととらえて間違いない。


「俺たちの課題は、M&C社の状況を鑑みた行動をとることだ。まず今後もM&C社がデルタサイトの供給を継続できることが優先だ。つまり、M&C社が俺たちに援助していることが防衛省に知られてはならない。また、俺たちが海外諸国と連絡を付ける方法だ。直接出向く手もあるが、ノヴァの襲撃を考えれば、海を渡るのは得策ではない。……つまり俺たちも、電信を以て返答をするしかない」

「電信とは言っても、その唯一海外とコンタクトを取れるサーバーは、防衛省にリークされているんだろ」

「そうだ。故に俺たちは、第三者の手を借りることにした」

「第三者?」


 時雨は眉をひそめる。彼の言い方に違和感があった。

 リミテッド内にも違法で独自の無線を使っている団体があるだろう。そういう団体の手を借りる、と言うならわかる。だが彼が、第三勢力ではなく第三者と言い切った点。


「NEXUSだ」

「NEXUS……ネットアーティストのか?」

「そうだ。NEXUSのヴォーカルである燎鎖世。言っただろう? 近いうちに彼女にコンタクトを取ることになる、と」

「燎に、どう力を借りるというんだ」

「そのことに関しては後ほど説明する。それよりもまず、烏川、その足固めとして、君に頼みがある」


 紲のことかと目線で確認すると、棗は察しが早くて助かると首肯で応じた。


「織寧紲との接触、親交を深めるようにと俺は君に任務を課した。その目的は、10月10日に織寧グループ本社で行われる、新型A.A.講演会に潜入するためだ」

「まあそんなことだろうと思ってたけど……あの会場は、IDや網膜認証、掌紋認証以外に生体探査プログラムもあって、セキュリティは超絶固いわよ」

「それ故に烏川にはあの任務を出した。レジスタンスの潜入は何も解析を用いた侵入だけではない。正攻法を使う手段だってある」

「正攻法……もしかして、紲か?」


 気がついて嫌な予感がしながらも棗を見やる。彼は小さく頷いて応じた。


「烏川、お前は当日の招待を織寧紲から受けるんだ。万一に備え、俺も潜入する。そのために、枠を2つ用意しろ」

「皇棗、貴様が潜入する必要はない。貴様が戦死すればレジスタンスは後がなくなる」

「今回の案件はそうもいっていられない。有事の際に備え、俺が臨機応変に対応する必要があるからな」

「そもそも、この講演会が、どう資金援助に関係してくるんだ」

「まだ話は終わっていない。烏川、貴様にはもう一つ課題がある。織寧紲に、当日、NEXUSの講演会上でのライブを進言させろ」

「ライブ……?」


 一体何を言っているんだ。


「詳しいことは後から説明する。とにかく、講演会における企画のひとつにNEXUSのライブを組み込むように進言させるんだ」

「そんなこと可能なのか?」

「難しくはないだろう。おそらく防衛省の人間たちが会場に張り込んでいるだろうが、あくまでもこの講演会は織寧重工の宣伝を兼ねた開催だ」

「それは間違いありませんね。当日、この新型A.A.の公演に乗じて、織寧重工は家庭用一般アンドロイドの宣伝もするようです。実際にネットワーク最大の動画配信サイトで、その講演会の様子が生放送で放映されるとか。配信サイトはαサーバーだ」


 αサーバーという名称は記憶に新しい。前にスファナルージュの私営警備会社としての活動に関して聞かされたとき、スファナルージュ・コーポレーションがそのサーバーを用いて市民の問題を解決していると聞いた。

 今の時世テレビが存在しない。その理由はテレビ局の無線管制塔である建築物が、ノヴァの襲撃の際に破壊されてしまったためだ。ネイが言うところによると東京タワーをその代理で使う手もあったが、問題として例の次期開発計画が原因で白紙になったらしい。

 結果テレビという概念がなくなり、生配信と言えばその最大の動画配信サイトの生放送くらいになったのだとか。

 

「その動画配信サイトの、かつその時間帯の視聴率はリミテッド全域における21パーセントと高水準だ。かなりの人間が講演会番組を見ることになる」

「なるほどな。つまり今巷で有名なネットアーティストのNEXUSを会場に呼ぶってことは、絶大な客引き効果があるということか」

「織寧重工としても、やぶさかではないだろう」


 それなら燎が会場でライブをすること自体は難しくなさそうだ。織寧重工も快く引き受けることだろう。

 だからと言ってそれがなんだというのか。織寧重工の知名度を上げてもレジスタンスの資金が潤沢になるわけじゃない。


「ああ、そういうことね」

「何か解ったのか?」


 納得したように柏手を打つ唯奈。


「配信を行うサーバーとM&C社が使ったサーバー、同じなのね」


 つまりM&C社がレジスタンスあてに信号を飛ばしてきたサーバーも大手の動画配信サイトも、つまりαサーバーと言うことか。なんとなく棗の計画が解ってきた気がする。


「俺たちは講演会当日、講演会場から配信される生中継で、M&C社にコンタクトを取る」

「その生中継に便乗するのか。だがそれだけじゃ根本的解決には至ってない。結局防衛省にリークされたままだ。そこでどうどうとM&C社と協定を結ぶ旨を発表すれば……全部防衛省にばれて援助を受けられなくなる」

「ああ、だからこその、NEXUSだ。NEXUSがネットアーティストとして曲や動画を配信するのは、αサーバーだ。それにより海外の人間からも絶大な人気を誇ると聞く」


 絶大と言ってもあくまでも鎖世はレジスタンスに同調するような歌詞を歌っている。万人に受け入れられるタイプのアーティストではない。一部の人間たちがファンというだけだ。


「それでもその知名度が海外にまで進出しているのは事実だ。それを利用する」

「どういうことだ?」

「詳細は追って説明するさ。今はまず講演会当日の指定時間に、αサーバーでコンタクトを取る旨をM&C社に知らせなければならない。その方は俺たちがやっておく。君たちは当初の予定通り、学園内の局員の特定、学生失踪の調査を進めろ」

「あいよ」


 詳細を省かれても和馬は特に胡散臭そう顔をするわけでもなく頬をかく。


「烏川は、期日までにと言うわけにはいかなくなった」

「ああ、招待してもらう以外にも、NEXUSの手続きをしてもらう必要があるようだしな」

「プランはそちらに全面的に任せる。だが頼むぞ」


 和馬と同様に頬をかいて了承するしかなかった。

 紲に関しては、親密とは言えねどもそこそこ親交を深められたはずだ。そうでもなければ、あのように隔離医療施設に同伴させてもらえたはずがないからだ。

 胸が痛いが紲の信頼をもう一度利用させてもらうことになるだろう。


「織寧重工や防衛省に不審がられてはまずい。俺と烏川を招待する旨に関しては、同級生と教員と言う名目で通せ」

「教員……?」


 思わず棗の姿をまじまじと見つめる。彼はどこからどう見ても教職員には見えない。

 それ以前に、スファナルージュ第三統合学院の教育は全てAIが行っているため教員自体が存在しないのだが。


「皇、それはさすがに無理があるんじゃないか?」

「何故だ?」

「言うまでもないねぇ。まあ義弘なら、体育教師でごり押せそうな気がするけど」


 姫夢路の言う通り確かに船坂は熱血体育教師のようないでたちをしている。


「なんだ恋華、私はこう見えても頭脳派なんだぞ?」

「何言ってんだい脳筋不死身の英霊イモータルスピリット。頭脳派が、晩酌用の高級ワインを火炎瓶に使うわけがないねえ」


 以前聞かされた第二次EU戦争の話だろうか。戦場で絶体絶命の時、船坂がフランスの救世主シャトー・オー・ブリオンというワインをモロトフにして投げたのだ。恋華が最後の晩酌のつもりだったそのボトルをだ。


「そうだが、結果的に私たちは事態の収束が出来た。あれによって数万人の命が救われたんだぞ? 戦争の火種は消え、沈静化した」

「同時に、私の中で何かがふっ消えたけどねぇ。若気の至りって気持ちがね」

「そう言えば、そのころからだぞ恋華、お前がタバコを吸うようになったのは」

「タバコにケチ付けるのかい? それにこれは電子タバコさ」

「ニコチンを排出しなくても、空気汚染につながること自体は違いない。それに恋華の内部に大量に摂取していることもだ」

「そう言えば、そのころからだったねえ。義弘がしゅうとめみたいに口うるさくなったのは」


 二人の会話はどこか滑稽だ。だがそれでいてお互い息がぴったりな感じもする。

 妃夢路は彼に対する感情が消えたとか言っているが、その時のことを根に持ってる時点でまだ気持ちは有りそうだ。指摘したりするような野暮なことはしないが。


「っていうか皇棗、アンタさらに私たちの課題増やしてるわよ」

「課題?」

「NEXUSを会場でライブさせるって、交渉しなきゃいけないのは織寧紲だけじゃない。NEXUS自体もその場に引っ張り出さないといけないわけじゃない」

「そう言えば燎はライブとかしないらしい。それにファンが生まれることも気嫌っているようだが」


 一昨日自室のベッドでうーうー言っていた凛音の姿を思い出す。NEXUSにライブをさせるなんて地味にきつそうな課題じゃないか。


「それに関しては、君たちに一任する」

「丸投げかよ」

「以前伝達された接触時の情報によれば、燎鎖世はレジスタンスに対し、貢献的だということだが」

「貢献というよりか、今のエリア・リミテッドに疑問を感じているみたいではあったが」


 彼女は結局レジスタンスの敵であるのか味方であるのかを表明しなかった。ただそのどちらでもないと言い張ったのだ。


「私はNEXUSのヴォーカル。でもそれと同時に、私は……この世界の不詮衡ふせんこうさを正したいの」


 そう呟いた彼女の表情、強い思いを秘めた瞳は。レジスタンスと同じ世界を見据えていたようにも見えた。

 

「まあ何であれ、俺たちがどうにかするしかないだろうな」

「あの難攻不落なネットアーティストを攻略できる感じはしないけど……やるしかないわね」

「そうなると考えて鎖世様の詳細データを記録しております。スリーサイズは上から順に、」

「そういう情報はいらないから、アンタはさっさと燎鎖世の弱点を見極めてよ」


 弱点という言い草はどうなのだろうか。だがまあ唯奈なら交渉だろうと協定だろうと、相手の弱みを握って攻めていく感じはあるが。

 一撃必殺の悪魔ワンストライカーデビルであるわけだし。後頭部に刺さる視線が痛いからもう何も言わないが。


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