第六話 神父、ゾンビ退治をする

其の一

小さい頃は誰しもが、神様が悪を罰してくれると信じていた

大きくなって、それは所詮慰めと思い知る

大抵の人はそういう経験を積んできた


しかし、神の僕として生まれた「彼」は、成長して尚納得しなかった

何故正しき者が悪しき者に泣かされなければならないのか

全能の神がこの世を創りたもうたというのなら、何故理不尽が溢れているのか


「彼」は真理を追い求めた

「彼」の与する教義では求めるものに届かず

遂には一般には外法邪法と呼ばれるものまで修め


―――そして気づけば、その身は人ならぬものと化していた―――





 その日の昼下がり、州衛士マシュー・ベルモンドの足は小高い丘を歩んでいる。


 彼は朝から憂鬱だった。昨晩、自身のもとに寄せられた個人情報を餌にゆすりを働く悪徳口入屋・ジャンドルを「仕事」にかけた。「仕事」そのものは滞り無く完遂したものの、問題は時間。ジャンドルの不規則な生活リズムの煽りを受け、斬殺した時は既に深夜の一時過ぎ。唯でさえ寝坊の常習犯である彼が、この時間からの睡眠で朝起きできるはずもなく、今朝は見事なまでの大遅刻。当然、メイドのモリサン姉妹にも、州衛士隊長のベアにもこっぴどく叱られ、同僚たちにも大いに笑われた。そんな気分の悪い午前を経て、彼の決めた午後の方針はというと、


「どうせあそこまで叱られたのなら、午後にサボって叱られても同じようなもの」


 という投げやりというか自堕落の極みであった。正直なところ、マシューは朝に何があろうがなかろうがサボる時はサボる男である。むしろ良い口実ができた程度にしか思っていないだろう。そんなわけで、今日も今日とて神父にお茶をせびるため、教会へと向かっている最中であった。



 ようやっとで教会にたどり着く。と同時に、その正門の前に貯まる人だかりも目に飛び込んできた。はて今日は集団礼拝のようなものがあるとは聞いていかったが、とマシューは首を傾げる。よく見ればその一団は自分と同じ革鎧を着ている。つまり州衛士の同僚だった。程なくして神父が正面より扉を開けて現れる。両脇を州衛士に拘束されながら、ではあったが。


「あっ!ベルモンドさん!応援に来てくれたんですか?大丈夫です、見ての通り確保は完了していますから。」


 マシューの来訪に気付いた、神父の右脇を掴む若い州衛士が声を上げる。しかし応援などと言われても、何の話なのかは皆目見当がつかない。妙な汗が首筋に滲む。


「いやっ…別に応援に来たとかではないですけど…こちらの神父様が一体どうしたんで?」


 このように州衛士に捕まるような心当たりは山のようにある。というか思い当たる節しか無い。そういう裏稼業をやっているのだから当然だ。だからといって下手に動揺して墓穴を掘る訳にもいかない。マシューはあくまで無知と平静を装い問いかけ返す。


「ええ、昨晩起きた殺人事件の重要参考人として屯所まで連行するところです!」



―――あっダメだ、これ終わった


 マシューの脳裏に、磔刑台に仲良く並ぶ4人の姿がイメージされた。



「…まあこういうわけですから、要件でしたら奥にいるリュキアにお申し付けくださいね、ベルモンドさん。」


 唖然とし石像のように固まったマシューに、神父は拘束されながらもいつものマイペースな口調でメッセージを残し、そのまま街の方まで連れて行かれるのだった。





 3時からマシューは内勤である。仕事としては書類整理程度ではあるが、心ここにあらずといった感じでどうにも手に付かない。まあ平生でも禄に仕事ができているのかと言われればそう大差ないわけではあるが。おかげで周囲に動揺を悟られずに済んでいるのはある種の僥倖であろうか。


 神父は今頃取調室だろう。何を話しているのだろうか。俺達を売ったりしていないだろうか。元締め的な存在とはいえ、ゲロる前に自分から口封じしてしまうべきだろうか。そんな考えが頭の中でぐるぐると巡る。そして、とうとう耐え切れずに自分から話を切り出さずにはいられなくなった。


「えーっと隊長、ちょっといいですか?」

「何ですか?ベルモンドさん。」

「いやぁ、さっきしょっ引いてきた神父ですけど、彼が一体何をしでかしたのかな~と…」

「その件に関しては今朝のミーティングで皆に話をした筈ですが。ああ、遅刻した人間じゃあ知る由もない話でしたね。」


 ベアの口調が若干荒い。まだ遅刻のことは尾を引いているようだ。とはいえこれは文字通りの死活問題、何としてでも食い下がる。


「そんなこと言わないでくださいよ隊長。毎度お世話になってる教会の神父様のこと、それが昨晩の口入屋殺しの重要参考人と言われたら、そりゃ気になってしょうがないじゃないですか。」

「は?ベルモンドさんあなた何のことを言っているんですか?」


 会話に齟齬が生じた。ベアのしかめた眉も、怒りというより疑問でそうなったように見える。意地悪で言っているわけではないようだ。


「えっ?だって昨晩の殺しの事件といえば口入屋ジャンドルのことなんじゃ…」

「はぁ、まったく…あのですねベルモンドさん、そんな胡散臭い輩の生死なんて二の次でいいんですよ!それより善良な一般市民が辻斬り被害に遭ったということのほうが重大事件に決まってるでしょ!?」


 大きな溜息と共に、耳に入ってきたのはWORKMANの関与していない全く別の事件のこと。マシューはただ、ぽかんとするしかなかった。





「いやあ、我々の『仕事』と同じ夜に殺人事件とは、この街も物騒になったものですねぇ。」

「しれっとしてんじゃねェよ。俺ァ心臓が飛び出すかと思うくらいビックリしたんだぜ?」


 州衛士屯所・取調室。机を挟み神父とマシューが普段通りの話をしている。室内はもちろん、出入り口周辺にも人影はない。あのあと「自分も参考人と話がしたい」と名乗りでたマシューは、番兵や同僚に、あまり声を大にして言えないような取引を持ちかけたいから、とうそぶいて人払いをしたからである。おかげで、屯所のど真ん中で堂々と「仕事」の話を、素の口調ですることができるのだ。


「そこは昼の私の態度で察していただきたかったですね。私だって流石に『仕事』のことが表沙汰になったとしたら、もっと慌てますよ、そりゃあね。」

「それならそうでよござんすが…しかしアンタをしょっ引いた奴がちょいと問題なんだよなァ…」


 飄々とした態度で神父は言った。色んな意味で底の知れないこの男が、慌てるような姿などあまり想像はできない。対するマシューにはひとつの懸念事項があった。



 昨晩夜11時頃、土木作業員の男が帰宅途中、何者かによって斬り殺された。

その事件のあらましはこの一文に要約できるほどシンプルである。そしてその作業員の遺留品が、何故か丘の上の教会とその裏手にある墓地を隔てる道すがらで、朝早くから墓参りに来ていた老人が見つけたという。となれば、その敷地の主に嫌疑の目が向くのは仕方のないこと。かくして神父は参考人としてここに連れてこられたというわけだ。


 これだけならまあ随分と雑把な捜査もあったものだと思えるが、それにもある根拠があった。彼を連行するときに話しかけてきた若き州衛士、マイルズ・ウォーレン。彼の「勘」が神父の怪しさを感じ取り、参考人としての任意同行を求めたのである。


 ウォーレン家は州衛士の一族なれど、そのルーツは弱小貴族ではなく旧ザカール王国の警察組織。大半のお飾り役職をあてがわれた没落貴族たちと違い、長年培われた経験と勘はその脆弱な組織の中にあって、発足当初より確実な結果を出し続けてきた。父親の定年に伴いこの春からその役職を受け継いだマイルズも、その血を濃く受け継いだ優秀な州衛士である。就任から2ヶ月目にして、下町の露天商の中から集団窃盗団の首魁ゾアックをその「勘」で見抜き、逮捕するという実績によって、州衛士内でも信頼を得ていた。今回も、その彼の「勘」を信用した結果、というわけだ。


 実際のところ、マイルズの「勘」は確かに相当なものだろう。何せ市井に紛れ込む暗殺ギルド・WORKMANの中心人物を一目見ただけで、恐らくその裏を感じ取ったのだから。追っている案件からすれば見当違いもいいところではあるのだが、この「ある意味では間違っていない」という事実が、よりマシューの頭を悩ませていたのだ。


「いやホント、奴さんの『勘』はやべェぞ。一緒に仕事してる俺が言うんだから間違いねェ。いらないこと言ってボロ出してくれるなよ?」

「ええ勿論です。この事件に関しては私はまるで無実ですからね。無実らしく堂々としていればいいだけですよ。」


 全く見当違いの容疑とはいえ、後ろめたいことがあるのは紛れも無い事実である。そのような状況で、自分で言うような疑われようのない堂々とした態度など取れるものなのだろうか?むしろ事実を隠すことに必死になって、逆に疑われたりしないものだろうか?


(…まあ、この神父様ならできるだろうな。この毎度の驚きの白々しさなら…)


神父の満面のアルカイックスマイルを見て、安心すると同時に彼の底知れない不気味さを再確認せずにはいられないマシューであった。



「ベルモンドさーん、そろそろ時間ですよー。」


 その最中、室外から若々しい声が届いた。件の州衛士マイルズ・ウォーレンの声だ。今件の捜査責任者に任命された彼によって、取り調べや面会の時間なども管理されている。長々と話し込む気はなかったものの、制限時間いっぱいまでかかってしまっていたようだ。了解ですー、と返事を返し退出しようとするマシュー。と、ここで神父が一言、アドバイスを投げかけてきた。


「最後に興味深いことをひとつ教えておきましょう。遺体の斬り痕を見てください。私も参考人として見せられましたが、きっと驚くと思いますよ。」





「で、どうでしたか?なにか重要な手がかりとかは聞けましたか?」

「いや…アテが外れたのかさっぱりでしたよ。」


 取調室前でマイルズがマシューに成果を聞いてきた。州衛士いちの若手のホープと州衛士いちの役立たずという組み合わせではあるが、年下で最近職に就いたばかりということもあって、彼にマシューを蔑む様子は無い。そんな可愛い後輩からの問いかけに、マシューはとぼけて返す。


「ああ、そういえば遺体の斬り痕がどうとか言ってましたっけか。ウォーレンさん、まだ遺体は見られますかね?」

「え?まあ確かにまだここに安置していますけど…でも検死も済んでいるし、なにか新しい発見があるようには思えませんが?」

「一応ですよ、一応。」





 屯所内霊安室。普通なら検死が終わればすぐに教会に運ばれるのだが、今は肝心の神父が参考人としてこちらで拘束されてるため、麻袋に詰められた作業員の遺体はまだここに転がされていた。このようなシュチュエーションというか、長時間の放置を想定していない部屋の作りのため、部屋に入った途端、篭った血の臭いが鼻を突く。


 たっての希望で確認にやって来た二人の州衛士は、臭いに耐えながら麻袋を裂き遺体を取り出す。傷痕は首、胸、腹の3ヶ所。マイルズは朝から幾度と無く見てきたその痛ましい死体に思わず目を逸らすが、マシューは驚きとともにまじまじとその切り口を確認し、何かを納得していた。


(成程…確かに奇怪だ。神父様が言いたかったのはそういう事か…)


 常人の目では普通の斬殺死体にしか見えなくとも、剣の達人ともなれば、その切り口から誰の手によるものかを判別できるという。そして裏稼業で精妙なサムライソード捌きを見せるマシューもまたその域に達している。そんな彼だからこそ通常の検死では辿りつけぬ事実、誰が彼の者を斬り殺したのかについて思い当たる節があった。



 ゴズロス・ガガン。牛頭の獣人にして元傭兵。平和な世にあって己の腕を振るえぬことに鬱屈し夜な夜な辻斬りを繰り返した狂剣士。



そしてついぞ一年前、マシューが「仕事」にかけて逆に斬り殺した男。



 ゴズロスは天涯孤独の男で、親兄弟も子供も居ない。そして何より剣は我流であり師や弟子も無く、ならばこそこの傷痕を作れるのは彼以外にはあり得ない。しかしゴズロスは一年前に自分が殺した。じゃあこの眼の前にある死体は一体―――



 巡る思考の末、ひとつの可能性にたどり着いたマシューは突如として立ち上がり、踵を返して駈け出した。


「どっ…どうしたんですかベルモンドさん!?」


 マシューの突然の行動に、横に居たマイルズが驚き、彼を追った。体格にして頭一つ分ぐらいの差がある背格好である、虚弱なマシューの足にすぐさまに追いつき並走する。


「ちょっと待って下さいよ、いきなり走りだして…遺体に何か見つけたんですか?」

「ああ、まあ。確証はないけれど。だからそれを確かめるために墓場に行こうかなと。」


 二人は走りながら話していた。切り口で気がついた、とは説明していない。職場では剣技もヘボで通っている、というか通さざるを得ないマシューである。達人レベルの視点で説明しても信用してもらえないし、信じてもらうのも逆に都合が悪いからだ。しかし気のいい後輩は、先輩が何かしらかの真実に近づいたのだろうと喜び、目を輝かせていた。


「現場百辺というやつですね!いいでしょう、僕もお伴させてください!」





 しばらくして丘の上の教会に着いた。留守を預かるリュキアへの挨拶もそこそこに、墓場のほうへと入っていく州衛士ふたり。目当ては共同墓地。天涯孤独のゴズロスが弔われている無縁墓である。土を掘り返した耕地に、申し訳程度の墓碑が規則的に並ぶ。野ざらしよりはマシ程度の簡素な墓地。マシューはそこに立ち入り、ゴズロスの眠る箇所を探し始めた。


「ベルモンドさん、何を探してるんですか?言ってくれれば僕もお手伝しますよ?」

「ああ、じゃあ…とりあえず『ゴズロス・ガガン』と書かれた墓碑を探してください。」


 色々と説明しづらい話ではあったが、このおびただしい数の無縁墓からお目当てを見つけるには一人では手間がかかりすぎる。マイルズの好意に甘え、一緒に探してもらうことにした。



「ありましたよ!『ゴズロス・ガガン』!これですよね!?」


 10分ほどの捜索の末、マイルズがお目当ての墓を発見した。マシューも急いでそちらに向かう。確かに墓碑には「ゴズロス・ガガン」の名。それを確認するとマシューは、すぐさまその遺体が埋められているであろう土を調べた。地面に手を押し込むと、容易にその中に沈み、そのまま持ち上げれば掌いっぱいに土が掬い上げられる。


「やっぱりか…多分私の思った通りだ…」

「ど、どういうことですかベルモンドさん!?」


 その土の具合に何かを納得した様子のマシューだったが、マイルズには皆目検討がつかない。慌てて説明を求める。


「見て下さいよウォーレンさん。ここの墓だけ土がこんなに柔らかい。他の墓は埋葬したあとしっかり地面を固めているにもかかわらず、ね。」

「そ、それが?」

「つまりこのゴズロスの墓は、近いうちに掘り返されていたってことですよ。」

「あっ…!」


 マイルズは得心し感嘆の声を上げた。しかしまだその事実と今回の殺人事件に何の関係があるのかまではわからない。続けて疑問を投げかける。


「それで、その墓と今回の事件に何の関係が…?」

「私があの遺体を見た時のことなんですけど、一年前の連続辻斬り事件とのデジャブを感じたんですよ。具体的に何とは言えませんが。そしてこの墓に眠っているのが急死したその事件の犯人…そしてその墓が幾度と掘り返された形跡がある…」

「ま、まさか…」



「ええ、この事件の犯人は、蘇ったこのゴズロス・ガガンなんじゃないかというのが私の推理です。」



 マシューが導き出したのは、突拍子もない結論だった。死人が蘇って人を斬るなど何と馬鹿馬鹿しいことか。しかしそれを聞いたマイルズの表情は、呆れるどころか至って真面目だった。彼にも心当たりがあったのだ。


「御禁制の黒魔術…リビングデッドの術法か何か、か…!?」


 輝世暦以来大ラグナント王国では魔法は一部以外禁じられたというが、元よりあった便利なものが法で縛られたからといってそうも簡単に無くなるはずもない。社会の裏では非合法の魔法使い、魔法ギルドが多数存在している。そしてその中でも深いところでは、魔王の時代にも憚られるような禁忌的な黒魔術に手を出している者も少なく無いという。そういう連中の存在を思えば、マシューの推理もあながち超理論ということもないのだ。


「そうだそうだ!何でその可能性に考えが及ばなかったんだろう!墓地前に不自然に落ちていた遺留品も、リビングデッドと化したこの男が、墓に戻る際に落としたものと考えれば合点もいく!ああ、欠けていたパズルのピースが埋まっていくような気分だ!」

「お力になれたようで何よりですよ。じゃあウォーレンさんは明日にでも州立魔法研究所と協力して、リビングデッドの術法が行われた形跡を調べてください。私は非合法魔法ギルドをあたってみますから。」


 目の前が晴れやかになったかのように喜ぶマイルズに、マシューは先輩らしく今後の指示を出す。実際のところ、犯人がリビングデッドと化したゴズロスとわかったにしても、その指示を出した術者がわかっていないので、むしろ捜査状況は後退しているのだが。それでも神父への嫌疑を逸らしたいマシューと、真実を追い求めるマイルズ、互いにとって好ましい状況にころんだとは言えよう。




「しかし驚きましたよ。」

「ん?何がですか?」

「皆さんはベルモンドさんのことを常々、役立たずだのサボり魔だの税金泥棒だのと罵っていましたけど、実際はこんなにも真面目で頭が切れる方だったなんて。いやあ、人の噂なんてあてにならないものですね!」

「ま…まあね…」



 手前ェの素っ首が賭かってるんじゃあ、そりゃ必死にも真面目にもなるわさ

などとは口が裂けても言えないマシューであった。


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