THE WORKMAN ~異世界なのに日本刀スキルMAXの俺は、最強暗殺者の『お仕事』をする~

薬師丸

プロローグ

かつて大禍があった

地上界を我が物にせんと目論む魔界の王バルザーグの侵攻

天は陰り、大地には瘴気が満ち、魔王の手勢がそこかしこに闊歩する

地上に生きとし生けるもの全てにとっての暗黒の時代であった。


しかしラグナント王国より魔王討伐の任を受けた勇者アランが出立

仲間たちと共に苦難の旅を乗り越え、ついにバルザーグを討ち果たし

地上に再び光と平和を取り戻したのだった。


これを機にラグナント王国は周辺諸国に

「再び魔界よりの侵攻に遭っても負けぬような一大連合国家」の設立を打診

勇者の威光と魔界の脅威を知る国々はこれを承認、

ここにラグナントを中心に13の列強国を州と成した「大ラグナント王国」が誕生

同時に暦を「世界が光を取り戻した日」―――輝世歴と改めた。

これより、後の歴史書に「千年の平穏」と記される時代が始まったのだ。



 ―――時は輝世暦316年・王国最東端の州ザカール

 これは平穏の時代の影に隠れた、幾つかの闇のお話―――






「こりゃまたなんとも…不可解ですねぇ…」


 目の前に並んだ3つの死体を眺めながら、ザカール州衛士長ベアが眉をしかめた。死体の主は下町で金貸しを商うカウベル三兄弟。今朝各々が自室で死んでいるのを使用人が発見、すぐさま州の衛士隊に通報され屯所へと運ばれた。以前より悪辣なやり方で多くの人間から恨みを買っており、何時かこのようなことになることは想像に難くないような連中ではあったが、ベアを悩ます目下の謎はその死に方である。


 まず三男。

 およそ突然死としか思えぬほどに綺麗な死体である。しかし生前には健啖家で知られたこの男が不健康が祟って急死とはおよそ考えにくく、また発見された彼の自室は何者かと大立回りを演じたかのような荒れ具合で状況だけ見れば他殺を疑わざるを得ない。唯一気がかりな点といえば首筋に針の刺し傷のようなものがついていたが、この程度の細い針で人が殺せるとはとても思えない。


 続いて次男。

 こちらも三男同様に綺麗な姿であるが、首周りの締め跡を見れば絞殺であることは明瞭であり、死因そのものに謎はない。問題はその締め跡。兄弟の中でも一番の巨漢である彼の太い首周りに付いたその跡は、絹糸もかくやという細さである。彼の力があれば、いやさ普通の成人男性でもその程度の糸は容易く引きちぎられよう。そのようなものに黙って絞め殺されるなど自殺志願者でも無い限りありえまい。


 最後に長男。

 弟二人とは違い、頭頂から股間まで真っ二つにされたわかりやすく凄惨な斬殺死体。しかしあまりにも「真っ二つ」過ぎたのだ。頭蓋骨・背骨・尾骶骨…切っ先にある一切の骨を「叩き割る」のではなく、まるでナイフをチーズに入れるかの如くすっぱりと「斬って」いるのである。およそこの国に現存するであろう武具では不可能な斬殺―――あるいは道具を用いての殺人ではないと考えるのも自然なことなのかもしれない。


「こりゃ御禁制の黒魔術の類かも知れませんね」


 死体を調べる衛士たちの後ろのほうから声が上がった。と同時に声の主は周囲の衛士よりも小柄でか細い体を活かしながら人と人の間を割って進みベアの前に立った。


「いや、やもすれば魔界からのモンスターが300年ぶりに現れたというセンも捨てがたいですね!このマシュー・ベルモンドの直感がそう告げております!!」


 マシュー・ベルモンドと名乗る小男は髪をかき上げながら得意そうな顔を見せつける。しかしその小柄な風体とボサボサの金髪、常に眠そうに見えるほどの垂れた瞳でそのようにカッコつけられても悲しいかなむしろ滑稽にしか見えない。実際、彼の眼前のベアも呆れ顔であった。


「あのですねベルモンドさん?珍しくやる気を出していただいたところで申し訳ないのですが、あなた程度の頭で思いつく可能性なんてのはここにいる誰しもが思いつくようなもんなんですよ。もう既に私からボッシュさんに非合法魔法ギルドの情報をあたってもらうよう、カーナさんに近衛騎士団へのつなぎを頼んでますからご心配なく。」


 マシューの肩を掴み心底小馬鹿にしたような顔でベアはさらに続けて言う。


「お二人共我ら州衛士隊の中でも優秀な方たちですからね、不可解な事件ですが任せておけば問題ないでしょう。ああそうそう、ベルモンドさんにもこの事件に関する重要な任務を任せたいと思っていたのですよ。」

「え!?それは本当ですか?」

「この遺体3つを丘の上の教会まで運んで埋葬してもらってください。」


 優秀と呼ばれた二人と同列に扱われたと思い瞳をランランと輝かせたマシューの顔が瞬時に曇った。


「カウベル三兄弟は親も身内も居ないような輩だったそうですからね、遺体の引き取り手も葬儀の予定も無いそうですよ。まあ背景がないからこそ無茶な悪どいこともできてたようですが。ともかく死んでしまえば皆同じ。何であれ弔ってあげるのが世の習い、いやさこれはもう神への信仰に関わる最重要任務と言っても過言ではないでしょうか!?」


 そう半笑いで語るベアの表情からは、とてもではないが信仰心というものを感じ取ることは出来ない。


「いやしかしですね…そういうのは下働きに任せておけばいいというか、もう州衛士の仕事じゃないんじゃないですかね…?」


「黙りなさい!そういう台詞は人並みに衛士の仕事ができるようになってからにしてもらえませんかね!?だいたい何ですかその腕は!ひょろっちすぎて配給のブロードソードもまともに振れない!それにそのだらしない身だしなみ!元貴族の気品はおろか市民を安心させる頼もしさすら感じられない!むしろ見ていて不安になりますよ!何度も言いますがノブレス・オブリージュを遂行できない者に国家政府も給金を払う気は無いのですからね!!とにかく遺体を運んで神父に頼んで共同墓地に埋めてもらう、これが今日のあなたの仕事です!!!」


 マシューが反論するが早いか、その何倍もの説教が跳ね返ってきた。「何度も言う」との言葉が示す通り、これが彼らの日常である。こうなってしまっては最早何を言っても焼け石に水、諦めて言われたとおりにするしか他はない。遺体を袋に詰め、荷車に乗せて丘の上の教会を目指す。馬ぐらい使わせてほしいとは思うが、今の状態で頼んでもあの衛士長が首を縦に振るとは思えない。深い諦念とともに自力で荷車を引っ張っていった。


(ま、これァこれで望ましい捜査方向にはなったからいいか…)





 ―――先に説明した通り、大ラグナント王国は魔王討伐後主権国家であるラグナント含む13の国で構成された連合国家なのだが、実際のところ列強国以外にも大小の荘園を合わせれば3桁に達するほどの国が参加している。これらを統合・編成しながら13州を形成したわけだが、その中で問題になったのは小さいながらも王・領主として暮らしていた者達の雇用であった。中堅どころの領主までは州のまつりごとに関わることの出来る地位を手に入れたのだが、それでもなおあぶれる弱小領主も少なくはなかった。いやしくも貴族として生きてきた人間に今更平民同様手に職を持って日々の糧を得よとも言えまい。


 そこで王国政府が考えた苦肉の策が「州衛士制度」である


 この制度はあぶれた弱小領主を警察的な立場に立たせることで、市民の規範となりあるいは盾となることで貴族としてのノブレス・オブリージュを果たさせ、国家がそれに見あう財を与えるというものである。領主たちは体面と日々の糧を手に入れ、国家は少ない資金で警察機構を運用できるという双方の得もあり、全く反発がなかったというわけでもないにせよこの制度は今日まで続いていたのだ。そしてマシューのベルモンド家もそんな弱小領主のひとつだった―――





 外気は冷たいけれど雲ひとつ無い晴天から射す太陽の光が、成人男性三人分を載せた荷車を引くマシューを責め苛む。後ろから漏れる血の臭いも心地いいとは決して言えぬものだった。これは堪らぬと市街から程離れた、森へ続く小路の入口辺りで車を停める。目の前には様々な細工品が軒に並ぶ掘っ立て小屋。看板こそ無いが腕の良い職人がいると街で評判の知る人ぞ知るアクセサリ店だ。ことズボラな格好の役人には縁の通そうな店であるにもかかわらず、マシューは無遠慮に中に入る。


「おうギリィ、邪魔するぜ」


 呼びつけるも返事は無い。家の奥から金槌の音が聞こえるから留守というわけでもあるまい。反応があるまでマシューはしつこく呼びつける。


「ギリィ?ギリィよォー?おーいギリィさーん?」

「あーもう五月蝿いなぁクソ衛士がよぉ!!」


 ようやく耐えかねた店主がドカドカと大きな足音を立てながらやってきた。逆立った髪をバンダナでまとめ、いかにも作業着といった綿地の服に身を包んではいるが野暮ったさは感じられない。職人らしく自作のものなのだろうか、右腕にはめた琥珀色の腕輪などその全身には多くのアクセサリが輝いているからだ。そのギリィと呼ばれる男はマシューよりも更に背が低いが体つきそのものはむしろ彼よりしっかりしており、少年というよりも大人をそのまま縮尺したかのような奇妙な印象の風体をしている。彼はいわゆるハーフリングと呼ばれる亜人なのだ。マシューはその亜人に対し、職場にいる時とはまるで違う砕けた口調で更に話し続けた。


「なんでェ居るならちゃんと返事しろっつーの。大体な、市民のために働く衛士様が訪問されたんだ、茶の一つぐらい出すのが礼儀なんじゃねえのかよ?」

「何が『市民のため働く』だよ!どうせまた下働きが任されるような小間使いさせられてんだろ?こっちはよ、アンタと違ってちゃーんとした仕事が入ってるんだから邪魔すんな!喉乾いたんならそこに汲み水があるから勝手に飲んでろクソ衛士。」


 マシューは図星を突かれ苦虫を噛み潰したような顔で水差しから水をいれる。そこでふと見やると、ギリィの手首に包帯が巻かれていることに気がついた。


「お前、そりゃ怪我か?何やった?」

「ああ、まあ、『仕事』のときにちょっと…な」


 何かしらかの言葉が引っかかったのか、マシューは水を飲み干したコップをを静かに置き、とても先ほどまでの小役人と同一人物とは思えないほどの怪訝な表情を見せた。


「そいつはいただけねェな。今更言うまでもねえとは思うけどよ、『仕事』ってのはお前一人で成り立ってるもんじゃねェんだ。そういうミスが巡り巡って誰かに迷惑がかかるかも知れねェし、最悪関わった人間全員碌でもねえ結末にもなりかねねェ。細心の注意ってのが一番重要なんだ。」

「わかってるよ。次は気をつける。」

「次があるってことに感謝しろよ。それだけで儲けモンだ。」


 先ほどまでとはまるで違う真剣な面持ちで二三言交わしたのち、マシューはそそくさと小屋を後にした。残されたギリィは包帯をじっと見つめまだ渋い顔をしている。しかし程なくして、気分を入れ替えるためか自分の頬をぴしゃりと叩くとまた店の奥へと戻っていった。店内には再び金槌の音だけが響いていた。




 マシューが屯所を出発してかれこれ一時間ほど経っただろうか、太陽はすっかり南真上に登っている。今日の昼飯はどうしたものかと考えてならが車を引いていると、やっとこさ丘の上の教会に到着した。ようやくと安堵の溜息をつくと、ひとしきり当たりを見回す。


「あとは神父様にお任せするだけだが…お?リュキアじゃねェか。おーい。」


 庭の手入れをしている修道女を見つけ、呼びかける。その少女は真昼の陽光とは対称的なまでに「黒」かった。濃紺の修道服から伸びる肌は長く細長い指先から伸びた耳の先までしっかりと浅黒く、頭巾の隙間から覗く髪は鴉の羽を連想させるほどの漆黒。何よりその瞳は一切の光もないほどに深く黒く、彼女のこれまでの人生に何があったのかを否が応でも想起させ、近寄り難い雰囲気を醸し出すものであった。しかしマシューはどういうわけか、あるいは見知った仲なのか、物怖じもせずに話しかける。


「おう手ェ止めさせて悪いな。神父様に用事があるんだけどどこに居るか知らねェか?」

「………」

「いや別にきな臭ェ話じゃねェよ。ただのお役所仕事だっての。身寄りのねェ遺体を引き取っててくれって頼みだけだよ。」

「………中庭」

「お…おう…それはそれとしてよォ、もうちっと愛想よく出来ねェもんかねお前?」

「………無理」

「お…おう…」


 修道女リュキアは、おおよそ彼女の纏う「黒い」雰囲気が醸しだす通りの無愛想で無表情かつ不躾に応対した。




(毎度思うが、ダークエルフってのはみんなあんなんなのかねェ…)




 聖堂を通りぬけ、マシューはようやく目的の人物のもとに辿り着いた。小さな教会だが、その中庭には美しく整えられた低木が新緑の葉を輝かせている。そしてその中ほどには黒衣に身を包み剪定鋏を持つ男―この教会の主である神父の姿があった。先ほどの修道女とは真逆の白髪ではあるが、肌には張りがあり見た目は実に若々しいどころか、美青年と言っても差し支えない。丸眼鏡の奥には猛禽類を思わせるような切れ長の鋭い瞳が輝いているが、表情そのものは温和でなるほどこの中庭を作った人物だと納得させる。


「おやベルモンドさんではありませんか。今日はどうかなされましたか?」


 自分を訪ねてきた人物を確認すると、神父は柔らかな声で問いかけた。


「いやまあその何だァ、遺体の弔いをだな。」

「成程、カウベル三兄弟の事ですか。」

「あァ、その通りだ。丁重に葬ってやってくれ…」


 妙に歯切れの悪いマシューの言葉から何故か今朝一番のニュースを察した神父は首にかけた十字架を手に取り、死体の入った荷車が置いてある庭まで進んでいった。マシューも横を付いて歩く。庭では同じく事を察していたリュキアが簡素な葬儀のための準備を終えていた。送るものはただこの三人という侘しい葬式。この式次第の後、カウベル三兄弟の遺体は共同墓地に埋められることとなるだろう。太陽は既に真南からやや西に傾いていた。


 事が終わり、マシューは神父とともに裏の離れで憩っていた。目の前のテーブルにはパンとスープ。弁当は持参していない、今から街まで戻っても食堂も開いているまいということで神父が用意させた軽い昼食だ。二人はカウベル三兄弟のこと、先ほどの葬儀のこと、そして『仕事』についてのよしなしごとを話しながらこれを摘んでいた。ふと、神父が意地の悪い顔で呟く。


「しかし事が済んでから言うのも何ですが、この者達が私の弔いの言葉を喜んで受け入れるとは思えませんよね。皮肉な事に。」

「そういう笑えねェ冗談は言いっこ無しだぜ神父様。」




 ―――輝世歴316年、春のある日のことであった



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