第5話

「……ん?」


 アレクシアに俺の心の一端を見せてしまい、興が冷めた俺は、自室で休憩していると不意に俺の庭と化した【オムニスの森】に何者かが足を踏み入れるのを察知した。

 広大なオムニスの森で、そんな芸当ができるのも、この森にいたとある魔物を倒して手に入れた天賜のおかげである。


「……こんな場所に誰が? 自殺志願者か?」


 誰かが足を踏み入れたのは分かるが、俺の天賜ではどんな人物かまでは分からない。

 そのため、理由が分からず首を捻っていると、ルディアが俺の下へやって来た。


「ご主人様。このオムニスの森に、国の兵士が来ております」

「何? ……俺の存在がバレたか?」


 確かにオムニスの森付近を通る商隊や警備隊の連中は殺しつくした。まあそんな連中の捜索願が出ているかもしれない。

 だが、何もかも奪い去るため、確固たる証拠はないはずだが……。


「……そうか。足跡か」


 行き帰りは天賜の『闇渡り』などで移動するので足跡は気にしなくてもいいのだが、その場に現れる時に足跡が残っていた。いや、残していたというのが正しい。

 この程度ならまだバレないだろうという考えもあったが、バレたところでこの奥地までは来ることは出来ないであろうし、何より俺が全員殺せばいいだけだ。

 しかし、もう少し時間がかかると思っていたんだが……あの消えかかっている足跡を見つけるとなると、よほど注意深いヤツが捜査に参加していたのか、それとも超運のいいヤツがたまたま見つけたのか……。

 どちらにせよ、俺が出向くことに変わりはない。


「そうと決まれば、行ってくる」

「お待ちください。何度も申し上げていますが、ご主人様が直接出向くなど……」

「いや、今回は新たな仲間になりえる人間がいないかの確認もある」

「……新たな仲間でございますか?」

「そうだ。危険なオムニスの森に兵士が派遣されるってことは、自殺覚悟のヤツか、または国に虐げられてるヤツ、そして――――強いヤツ。このどれかが派遣されたんだろう。なら、もし強いヤツなら……隷属させる価値はある」

「……ご主人様のお考えがあるのでしたら、私はそれに従うのみでございます」


 ルディアは、まだ微妙に納得できていないようだが、そう口にするとお辞儀をした。

 まったく……。


「ルディア」

「はい?」


 俺がルディアの名前を呼ぶと、ルディアは不思議そうな表情で顔を上げた。

 その瞬間、俺はルディアの顔に手を添えて、キスしてやった。


「っ!?」


 突然のキスに、目を白黒させ、ルディアは固まる。

 だが、そんなルディアを無視して、俺は口の中を一方的に蹂躙していった。


「……ぅん……ぁ……」


 艶っぽい声を出し、目を蕩けさせるルディア。

 途中から、ルディアも情熱的に求めてきたが、それすら俺は押さえつけて口内を蹂躙しつくした。

 たっぷりルディアの口を味わい、キスを終えると、ルディアは腰が抜けたのかその場にへたり込んでしまう。


「あっ……ハァ……ハァ……」


 頬を上気させ、切なげに俺の顔を見上げるルディア。


「大人しく待ってな。続きは帰ってから……声が出なくなるまで哭かせてやるよ」

「……は、はぃ……」


 蕩けた表情を浮かべるルディアに満足した俺は、闇を纏ってアジトを出た。


***


「ルオラ様。本当にここにそんなヤツがいるんですかい? 今までの警備隊や商隊を襲った犯人ってヤツが……」


 私、ルオラ・ヴァルハートは、今の主であるグシャーノ様の命令で超危険特区に認定されている【オムニスの森】を訪れていた。

 本来なら、ここには私一人で来たかったのだが、先ほどから私に下種な視線を向けてくる何人かの男たちも同行していた。

 コイツ等は、騎士団の中でも素行不良の連中で、本来ならオムニスの森どころか、普通の魔物の相手ですら危ういというのに、普段の行いからこうして死地へと送り出されていた。

 しかし、コイツらにそんなことは分からない。

 そこまでの頭がない上に、自身の実力を過信している。

 ……私だけなら、奥地でなければまだ何とか戦えるのだがな。


「それを探るためにここに来ているのだ。口を開く暇があれば、周囲を警戒しろ」


 私がそう告げると、男たちは明らかに殺気立つ。


「クソが……女の分際で……」

「このままでいるのも癪だよなぁ……」

「いっそのこと犯しちまうか? んで、適当に捜査なんざ切り上げて、戻ってから一生俺らの性奴隷として扱うとかよぉ」

「それいいじゃねぇか。こっちは10人いるわけだしな」

「まあ、抱くならもっと色気のあるヤツがいいけどな。この際、女なら別にいいや」

「ぎゃはははは! ちげぇねぇ!」


 私に聞こえないように会話をしているのかもしれないが、周囲を警戒して神経を研ぎ澄ましている私には、すべてが丸聞こえだった。

 ……グシャーノ様のように、武骨な私なぞ放っておけばよいモノを……。

 いつ襲ってくるか分からないため、本来仲間であるはずの男たちにも警戒していたとき――――彼は現れた。


「コイツはアタリかな?」

『っ!?』


 唐突にかけられた声に、私だけでなく男たちも驚き、すぐさま各々が武器を構えて警戒する。


「だ、誰だ!」

「隠れてねぇで出てきやがれ!」


 男たちが必死に喚き散らしていると、私の目の前から一人の男性が闇を纏うようにして現れた。


「なっ!?」

「ど、どこから!?」


 男たちは得体の知れない男性に警戒心を高め、一斉に武器を向ける。

 男性の姿は、漆黒の毛皮のロングコートを羽織っており、服装はどこか貴族を思わせる。

 背は高く、服の上からでは分かりにくいが、あの立ち振る舞いから考えると、相当鍛えているのだろう。

 妖艶な笑みを浮かべ、街に行けば女性が放っておかない圧倒的な美貌を誇っていた。……私には一番遠い縁の男性だな。

 あまりの美しさに、逆に冷静になれた私は警戒しながらもそんなことを考えてしまう。

 しかし、私と同行していた男たちには不愉快だったらしく、さらに言えば男性が武器を所持していないこともあって、強気になりながら口を開いた。


「おいおい、どんなヤツかと思えば……ただの優男かよ」

「俺らは顔のいい男が大っ嫌いなんだよなぁ。そんな男から女を奪って、目の前で犯してやるのは最高だがよぉ!」

「お、いい事思いついた。コイツを脅して、適当な女釣って遊ぶのもアリじゃねぇか?」

「おいおい、お前天才かよ!?」


 一気に勝気になった男たちは、私がいることも忘れ、そんな会話を繰り広げる。

 だが、当の男性はそんな男たちをつまらなさそうに見た後、口を開いた。


「短小包茎どもが何言ってやがる?」


 私にはこの言葉の意味が分からなかったのだが、男たちには伝わったようで、顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。どうやら悪口だったようだ。


「テメェ……舐めたこと言ってんじゃねぇぞ!」

「おい、コイツの顔グチャグチャにしてやろうぜ」

「ああ……賛成だッ!」

「! おい、待て!」


 怒った男たちは、私の制止を無視し、一斉に男性に襲い掛かった。

 そんな危険な状況であるにもかかわらず、男性は今だ余裕の笑みを浮かべ、ポケットに手を突っ込んだまま一言。


「【強欲の顎】」


 男たちは、この世から完全に姿を消した。

 突然男たちの体を黒色の『ナニカ』が覆ったかと思うと、もうそこには誰もいないのだ。

 そんな信じられない光景を前にして、私は一気に警戒のレベルを引き上げ、腰に提げていた剣を抜いた。


「貴様……何者だ!」


 私の殺気を受けながらも、男性は未だに涼しい顔をしたままだ。


「俺か? 俺はヴァイス。ただの悪人だよ」

「ヴァイス?」


 聞いたことのない名だった。

 態度こそ、そこらへんのゴロツキどもと大差ないとはいえ、騎士団に入隊できるレベルだった男たちを一瞬にして殺すだけの実力があるというのに、私は目の前の男性――ヴァイスの名前を聞いたことがなかった。

 ここまでの実力者なら、一度くらい名前を耳にしていてもおかしくはないのだが……。


「……貴様か? このオムニスの森周辺で起きている盗賊のようなことを行っている者は……」

「人に名を訊ねたってのに、自分は言わねぇのか?」

「……私はグシャーノ様にお仕えする騎士、ルオラ・ヴァルハートだ」


 私がそう名乗ると、なぜかヴァイスは笑みを深める。


「なるほど、第三皇子の犬ってことか。よほどあのエルフが欲しいんだなぁ」

「! ……やはり、グシャーノ様がお求めになっていたエルフを奪ったのも貴様か」

「そうだぜ?」


 悪びれることなく、ヴァイスはハッキリとそう言った。

 だからこそ、私は剣の切っ先をヴァイスへと向ける。


「ならば、ここで捕まえる。大人しくしろ」


 いつでも斬りかかれる準備をしているのだが、ヴァイスは笑みを崩すことなく私の剣に視線を向けた。


「【無限剣】ねぇ……いい剣持ってるじゃねぇか」

「なっ!? なぜそれを……」


 私の持つ剣は、普通の鍛冶師によって打たれた剣ではない。

 とある迷宮の宝箱から手に入れた、いわゆる≪迷宮道具ラビリンス・アイテム≫だ。

 効果はいたって単純で、一度でも私が対象をこの剣で斬りつけると、その場所に私の望む回数だけ、同じダメージを与える事が出来るのだ。

 しかも、その追加ダメージは避ける事が出来ない。

 その傷口から勝手に発生するからだ。


「俺は『鑑定』の天賜持ちだ。んなもん見りゃ分かる……もちろん、アンタの天賜もな」

「ッ!」


 最悪だ。

 私は、『鑑定』の天賜を持っていない上に、自身のステータスを隠す『隠蔽』という天賜も所持していない。

 つまり、ヴァイスだけが私の情報を一方的に手に入れ、私はヴァイスの情報を何も手に入れられないのだ。


「それにしても……クソみてぇな第三皇子にはもったいねぇほど有能だなぁ、アンタ……なぁ、俺の下に来ねぇか?」

「……何だと?」


 ヴァイスの言葉に、私は一瞬呆けると、何とかそう言葉を返した。


「こんな世界、ぶっ壊して当然だと思わねぇか? 弱者はそのまま敗者に繋がり、強者は永遠の栄光を手に入れる……それがこの世界の正義だ。ああ、正義だな――――虫唾が走る」

「ッ!?」


 突如、ヴァイスは無表情になり、ただ立っているのがやっとというほどの殺気が放たれた。

 これほどの殺気を放てる人間など……騎士団に一人もいないぞ……!

 どんどんヴァイスという男の危険度が高まり、私は内心で焦っていた。

 だが、そんな私の内心など知らぬまま、ヴァイスは再び妖艶な笑みを浮かべ、続けた。


「まあ、弱肉強食は賛成だ。その方が単純で分かりやすい。……なら、強者である俺が国を乗っ取っても文句はねぇよな?」

「なっ!? 貴様正気か!?」

「いんや? 狂ってるさ」


 私がヴァイスの正気を疑うと、ヴァイスはそういう。


「狂ってるよ。俺だけじゃない、この世界そのものがな。アンタも、本当なら第三皇子なんてクソ豚野郎のお守をしてる器じゃねぇだろ? 実力を正当に評価されず、決まった人間にしか勝者になる権利は与えられない。たとえ勝者たる器があったとしても、平民や孤児というだけで偽りの強者に潰される……そんな国に望みはねぇな」

「……」


 ……私自身も、この国の現状に疑問を持つことはあった。

 富裕層が煌びやかな世界で豪遊する中、私たち騎士が街を巡回していると、必ず孤児などを目の当たりにする。

 そう、輝かしい光があれば、暗い影もあるのだ。

 少しでもそんな子どもを減らしたくて、当時の【陽光騎士団】を率いていた隊長に相談したのだが、結果的にその行為が隊長を怒らせることだったらしく、私はグシャーノ様の下へと異動させられた。

 確かに、ヴァイスの言ってることも分かる。

 分かるのだが――――。


「たとえ貴様の言う通りだとしても、罪のない人間にまで殺していい事にはならない」


 そう、ごく普通の商隊から、家族で経営してるところまで、本当に様々な商隊が行方不明となっている。これらすべて、ヴァイスが殺したというのだ。

 鋭い視線でヴァイスを睨みつけるが、逆にヴァイスは私に言い放った。


「罪がない? 何もしなかったのに?」

「え?」

「国民どもには、止める機会はいくらでもあった。だが、止めなかつた。こんな国になってもなお、誰も止めようとしない。ただ、時代に流されるだけ……これ以上の罪が、どこにあるって言うんだ?」

「――――」


 私は何も言えなかった。

 ヴァイスは、何もしなかったことこそ、罪だと言っているのだ。


「俺は悪人であり、例えそれが世間一般の善でなかったとしても、俺の中には俺なりの善がある。ハッキリと認めてやるよ。俺のは偽善だ。むしろ、アンタらからすると悪行ともいえる。だが、アンタら国民はどうだ? 行動すら起こさねぇ人間どもが、善……いや、偽善を語るな」


 私はヴァイスに気圧され、呆然とするしかない。

 そんな私を気にも留めず、ヴァイスは再度口にした。


「で……どうする? ルオラ・ヴァルハート。俺の下へ来るか? それとも……国の奴隷として朽ち果てるか?」


 私はヴァイスから放たれる王者の風格を目の当たりにして、自然と体が震えた。

 ――――だが、私は騎士だ。

 たとえ間違った国であったとしても、一度は国に忠誠を誓った身……。

 私が圧倒的力に屈服するまで、私の剣はこのユースティア大帝国に捧げているのだ。

 私は震える体に力を籠め、剣を構えた。


「私は、騎士だ。私の剣が折れるまでは……私はこの国の騎士であり続ける。それが私の矜持だ。私が欲しければ――――力を示して見せろ……!」


 そう叫ぶ私を前にして、ヴァイスは妖艶な笑みから、獰猛な笑みへと切り替わり――――。


「んじゃあ、屈服させてやるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、私はヴァイスへと斬りかかるのだった。

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