第3話
「ったく……だりぃなぁ……」
「そうだとしても、気を抜くんじゃない」
ユースティア大帝国の貴族、バーリス辺境伯が治める村……アミカ村に隣接する『ローネア大森林』の舗装された道を、一つの馬車が走っていた。
馬車の御者に、二人の兵士が座っており、鉄の檻の車が馬に繋がれている。周辺には、他の兵士たちがその鉄の檻を守るかのように、付き従っている。
この広大な森林は、様々な自然の恩恵を受ける事が出来るが、それに見合った危険も存在した。
とはいえ、こうして舗装された道もあり、馬車も普通に通ることができるため、森の奥に行かない限りは安全だった。
「だってよぉ……こんな辺境まで来て奴隷の運搬だぜ? しかも、俺たちにはおこぼれすらないってんだから、愚痴の一つや二つ、口にしたくなるだろ?」
「そう言うな。今連れて行ってる奴隷に手を出せば、価値が失われる……しかも、今回は第三皇子がお求めだった奴隷なんだぞ? 殺されたくなければ、大人しく仕事しろ」
「はいはい、言われなくても分かってますよってんだ……だが、文句くらい言わせろ。こんな上玉を前に、手を出せないのは拷問だぜ」
「まあそれは同感だな」
そう言うと、二人の兵士は後ろの檻に視線を向けた。
強固な鉄の檻の中には、絶世の美女がいた。
上質な絹のような白い肌に、腰まで伸びた黄金の髪。
翡翠の瞳には、何ものにも屈しないという強い意志が宿っていた。
絶世にふさわしい整った容姿と、人間とは違う、尖った耳。
檻の中に、エルフが捕らえられているのだ。
エルフとは、滅多にそれぞれの集落のある森から出ることはなく、ほとんどの人間がその集落の場所を知らない、珍しい存在であった。
稀に森を出て、旅をするエルフもいるが、それこそさらに珍しい。
そんなエルフが、今は鉄の檻の中に入れられ、その上無骨な黒い首輪に繋がれているのだ。
そのエルフを舐めまわすように兵士が見ると、下種な笑みを浮かべる。
「へへ……ますますいい女だよなぁ。しかもコイツ処女なんだろ? 泣き叫ぶコイツを組み伏せて、無理やり犯してやりてぇ!」
「言っただろ? 手を出すと価値がなくなると。第三皇子は処女を汚すのが大層お好きであられるからな」
「かー! 王族ってのは羨ましいねぇ!」
「まあ、この仕事が終わればたくさん金が貰える。その金を使って、奴隷を買うなり、娼婦を買うなりするんだな」
そんな会話をしながらも、エルフを乗せた馬車は進んでいく。
しばらく経ったとき、一人の兵士が何かに気付いた。
「おい! 前に誰かいるぞ!」
「あん?」
全兵士が警戒し、前方に視線を向けると、そこには黒いファーの付いた黒のロングコートを羽織り、その下にも同じ黒のワイシャツと黒のズボンといった、全身黒ずくめの男性が一人立っていた。
警戒しながら近づくと、さらに詳しい容姿が見えてきた。
少し長めの荒々しい黒髪に、獰猛な猛獣を連想させる鋭い金色の瞳。
驚くほど整った顔立ちだが、身に纏う静かな禍々しい気配がその印象を薄める。
年齢は20ほどで、身長は高くスマートに見えるが、服の下は極限まで鍛え抜かれた鋼の肉体があり、とんでもない筋肉量であることまでは流石に兵士たちは分からなかった。
兵士たちは男から離れた位置で馬車を止めると、声をかける。
「おい! こんなところで何をしている?」
「……」
兵士の質問に、男は無表情のまま、何も答えなかった。
その態度に兵士は、声を荒げる。
「お前! 質問に答えろ! お前は何者だ! 返答次第では、この場で捕えるぞ!」
その質問に男はついに表情を崩し、かわりに妖艶な笑みを浮かべて答えた。
「俺か? 俺は――――『悪』だよ」
「何を訳の分からないことを……もういい! 捕えろ!」
男の返答に、兵士は我慢の限界を迎え、そう指示を出した。
そして、男を捕えようと兵士たちが動き出そうとした瞬間、男は笑みを深めた。
「【強欲の顎】」
ただ一言。
その一言を口にした瞬間、一瞬で全兵士の足元に黒い『ナニカ』が出現した。
「なっ!?」
「喰らえ」
一瞬だった。
大勢いた兵士たちは、ほんの一瞬でその黒い『ナニカ』に飲み込まれ、消滅した。
先ほどまで大勢いた兵士たちは、いとも容易くその命を散らされたのだ。
「アレを避けられねぇんじゃ、話にならねぇな」
「ご主人様!」
つまらなさそうに男がそう呟くと、一人の女性が駆け寄って来た。
女性はロングスカートのメイド服に身を包み、白銀の髪をハーフアップでまとめ、切れ長の赤い瞳はまるでルビーの様に煌いている。
メタルフレームのハーフリムメガネをかけたクールで知的な美女だが、今のその表情は少し焦っていた。
「ご主人様……ザコどものお相手は私がいたしますと何度も申し上げているではありませんか」
「それこそお前の手を煩わせるわけにはいかねぇな。あんなクソ野郎どもの血で汚れるなんて俺が許さねぇ」
「ご、ご主人様……」
男の鋭い視線に射貫かれながら、そんな言葉を受けたメイドの女性は、頬を赤く染める。
「ふ……まあ、とにかくザコは片づけた。目的の物を回収するか」
「は、はい。そうですね」
男が気持ちを切り替えたことを察し、メイドの女性もいつも通り冷たい表情へと戻った。
男は、残された鉄の檻に近づくと、鍵がかかっているにも関わらず、簡単に扉を壊して開けた。
「ッ!」
「ふん」
すると、中にいたエルフが、いきなり男に飛びかかろうとする。
だが、男はまったく焦った様子も見せず、エルフの両腕を片手で拘束し、そのまま押し倒した。
「何をするのです! 放しなさい!」
「ハッ! 気が強ぇのはいい。それを屈服させるのはたまらねぇからな」
空いてる手で、男はエルフの顔を掴み、見つめる。
そして、男は獰猛かつ妖艶な笑みを浮かべた。
「……あの第三皇子が欲しがってるモノが運ばれてるって情報を聞いて、遠路はるばるこんな辺境の地まで襲いに来たわけだが……まさか、捕まってるのが東の『エヴァンの森』のエルフ姫さまとはな」
「なっ!? なぜそれを!?」
エルフは、男の言葉に驚いた。
エヴァンの森とは、東にある穏やかで魔物も少ない豊かな森であり、男に組み伏せられているエルフは、そこにある集落の族長の娘だった。
「あ? んなもん、『視た』からに決まってんだろ?」
「見た? ……アナタ、『鑑定』持ちですか」
「正解」
男がなぜ、エルフの素性を言い当てたのか。
それは、天賜の中でもそこそこレア度の高い『鑑定』という天賜が関係していた。
今男の視界には、こんな情報が表示されている。
≪アレクシア・フォン・エヴァン≫
種族:ハイエルフ
性別:女
年齢:320
天賜:大地の祝福、世界樹の化身、天候操作
備考:エヴァンの森のエルフ族の姫
「なんだか見たことも聞いたこともねぇ天賜ばっかりだなぁ。んなことより、320ってことは、人間なら32くらいか? おいおい、姫って年齢じゃねぇだろ? こんな乳して、ずいぶん熟れた肉体じぇねぇか」
男は何の躊躇いもなく、片手でエルフの乳を揉みしだいた。
「や、やめ……んあっ! わ、私は――――」
「ご主人様。お戯れもほどほどに……続きは帰ってゆっくりなさるのがよろしいかと」
エルフが男に乳房を揉まれ、悩まし気な吐息を漏らし始めたところで、メイドの女性が止めに入った。
すると、男は素直にその言葉に頷く。
「それもそうだな。んじゃ、連れて帰るか」
「かしこまりました。馬や馬車などはいかがいたしましょう?」
「ありがたくいただくさ。こんだけの状況でまったく動じねぇ馬ってのは貴重だからな」
そう、馬車に繋がれた馬は、これまでの状況でもまったく動じることなく、悠々とその場の草を食べて待っていたのだ。
「では、そのように手配いたします」
「おう。……もちろんテメェはお持ち帰りだ」
「な!? は、放しなさい!」
「帰るまで大人しくしてろ」
「え……あ……」
必死に暴れ、何とか男の手から逃れようと足掻いていたが、男が人差し指をエルフに見せつけると、人差し指は妖しく光、それを見つめたエルフは眠りに落ちた。
「さて……帰るか」
「はい」
こうして、人知れず国の兵士たちは全滅させられ、その上第三皇子にとって大切なモノまで、一人の男とメイドの女によって奪われたのだった。
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