第350話 マッコイの乙女心パルティータ②

 春物を買い足そうということになり、マッコイは女友達たちに連れられて百貨店に来ていた。彼が髪を伸ばして女性らしい服装をするようになって、もうじき一年が経つ。始めのころは彼女たちの着せ替え人形と化し、服を選んでもらっていた彼だったが、今はすっかり「これはアタシに似合うかしら?」などと積極的に服を手に取っていた。

 種族によっては、女性でも筋肉質ながっしり体型だったり二メートルを越えたりする。そのため、でも着られるサイズの女性物はたくさん販売しているのだが、彼は色とりどりの服を眺めるとき、今までは羨ましそうな表情で見入っていた。まるで〈それは自分の世界には存在しない、存在してはいけないものである〉とでもいうかのように、見るだけで満足しようとしていたのだ。しかし、今はとても楽しそうだった。

 そんな彼を、アリサはすぐ側でじっと見つめた。そして唐突に瞳を潤ませた。マッコイは驚いてギョッとすると、しどろもどろに「どうしたの」と声をかけた。アリサは小さく謝罪の言葉を述べながら、スンと鼻を鳴らして答えた。



「私、友達と仲良く買い物したりお茶したりすることに憧れていたから、嬉しくて」


「いやだ、そんなの、今までだってしていたでしょう」


「でも、洋服を見ながらキャアキャア言い合うのはできなかったわ」


「それだって、サーシャやケイティーとはしてたでしょうが」


「私はあなたともしたかったのよ。いいえ、あなたとこそしたかったの」



 マッコイが照れくさそうに頬を赤らめて何も言わなくなると、サーシャがにこにこと笑いながら言った。



「アリサちゃん、マコちゃんのこと、大好きだものね」


「大好きすぎて、とうとうディープキスしたんだっけ?」



 ケイティーがニヤニヤしながら続けてそう言うと、マッコイもアリサもげっそりと顔を青ざめさせながら「それは一刻も早く忘れたい」と口を揃えた。

 マッコイがみんなと笑いあっていると、どこからともなく「気持ち悪い」という声が聞こえてきた。マッコイは気にせずきょとんとしていたが、アリサが眉をひそめた。


 この店での会計を済ませると、一行は別の店へとやって来た。ここでも春・夏物を見ていたのだが、やはりどこかからヒソヒソと良からぬ声が聞こえてきた。アリサがムッとした表情を浮かべると、おみつが涼しい顔でサラリと言った。



「消してきましょうか?」



 マッコイは慌てて首を横に振ると、一同に「お茶にしましょう」と提案した。

 喫茶店に入り注文を済ませると、マッコイは深いため息をついた。すると、アリサが不服そうに口を尖らせた。



「やっぱり気にしているんじゃない」


「そりゃあね、気にしていないって言ったら嘘になるわよ。――こういう格好をするようになってから、前よりも増えたのよ」



 どうやら自分らしく生きていこうと決めてから、こちらの世界に来て間もなくのころに受けていた〈ゲイのふりをして女性をいいようにしているのでは〉というひどい憶測ややっかみが何故だか再燃したらしい。また純粋に〈気持ちが悪い〉と言われるようにもなったという。だが、そのようなことを言ってくるような者はほんの一握りだ。ほとんどの者がマッコイの人となりを好いてくれており、だからこそ彼の存在を受け入れてくれている。しかし――



「男の体のままでこういう格好をすると、どうしても拒絶反応は増えるわよね。生理的に無理っていう人に理解してもらおうとも思っていないし、どうしても分かり合えないのを理解し合おうとしてもお互いに傷が増えるだけだから、建設的スルーをしているわけだけれども。――でも、アタシの代わりに怒ってくれる子がいるでしょう?」


「つまり、あなたのため息は私のせいだとでも言いたいの?」



 ムッとするアリサに、マッコイは苦笑いを浮かべた。



「ある意味でね。だって、アタシなんかをかばってアンタまで悪口言われるの、アタシは嫌だもの。アタシのせいで今一緒にいるアンタやみんなが有る事無い事言われてるんだと思うと。アタシは何言われても別にいいけれど、アタシの大切な人たちが何か言われるのはご免だもの」



 マッコイが心なしか顔を伏せると、サーシャが優しく笑った。



「アリサちゃんは正義感が強いから言いたくなっちゃうんだよね。でも、陰口の対象がマコちゃんでなくても、アリサちゃんはきっと同じことするよ。だからマコちゃんも、そこまで気にしなくていいんだよ」


「分かっているつもりなんだけれどもね。でも、こういう格好をするようになってから、そういうことが本当に増えたから。心配が募って、不安になることもあるのよ。一緒にいるのが恥ずかしくなったって言って、みんなが離れていきやしないかとか。そのせいで彼もアタシに愛想をつかすんじゃあないかとか。だったら、村人Aに戻ったほうが、みんな幸せなんじゃないかって……」



 マッコイが深刻そうに表情を暗くすると、今まで静かにコーヒーをすすっていたケイティーがにっこりと笑みを浮かべた。そして彼女は優しく諭すような口調でマッコイに言った。



「お姉ちゃんはね、あんたのそういうところが本当に面倒くさい」



 一同がギョッとして硬直する中、ケイティーは続けて言った。



「私たちはあんたのことが大好きで一緒にいるんだよ。あんたという人間の心が大好きだから。彼なんて、その最たる例だろう。だからさ、今さら見た目ガワが理由で離れていくわけないだろうが。なのにそんなことでグチグチ悩んでさあ。あんた、私たちを馬鹿にしてんのか」


「馬鹿にしてるわけ無いでしょう!?」


「だったら、そんなくだらないことで悩むのはもうおしまい。私は、あんたがあんたらしく笑っていてくれたらそれで幸せなの。だから、村人Aに戻るとか、そんなの許さないからね!」



 ケイティーの言い方はとても乱暴だったが、しかしとても愛に溢れていた。マッコイが押し黙ると、アリサが出し抜けに「ねえ、知ってる?」と口を開いた。



「日本ではね、神仏を数えるときの単位ははしらなんですって。それでね、亡くなった方のご遺骨を数えるときの単位も柱なのよ」


「神様も人間も、同じ単位で数えるの? おもしろいね」



 サーシャが興味深げに目を輝かせると、今度はおみつが話し始めた。



「神社にお参りに行くと、みなさんは神様に手を合わせるわけですが。神を映す鏡が真に映しているのは、参拝するみなさんの姿なんですよ」


「さっきの単位の話もそうだけど、まるで人と神様が同じみたいだね、それって」



 ケイティーとマッコイは〈何の話?〉と言いたげに、呆気にとられていた。アリサはにっこりと微笑むと、おみつから引き継いで再び話し始めた。



「つまりね、人というものは、誰もが神であり王であるのよ。〈自分という国〉を治める、ね。神も王も、民を幸せへと導くという使命があるでしょう。そのためにも、善き繁栄を維持しなければならない。つまり、自分らしく幸せにあるように努めることは当然なわけ」


「もちろん、一人ひとりが神であり王であるわけなので、私だけでなくあなたも神であり王なのです。そこを履き違えて、周りに迷惑を巻き散らかす方々がかなりいらっしゃいます。あくまでもこの〈自分らしく幸せである〉というのは〈平和的な幸せ〉なので、周りのとの兼ね合いで我慢したり妥協することも時には必要です。国交をどことも完全に断絶して生きていける国は、そう無いですしね」


「そう、我慢や妥協も時には必要よ。でも、それだって完全に諦めろっていう話じゃあない。譲り合いましょうってことよ」



 サーシャはアリサとおみつの話を尊敬の眼差しで聞き入っていた。ケイティーは面倒くさいとでも言いたげに顔をしかめると、ケーキを頬張りながら言った。



「なんか話が一気に壮大になった気がするけれど。まあ、あれだよね。結局のところ、最初から話してる〈自分らしくいりゃあいいだろ〉ってことだよね。だからさ、何度も言うけれど、気にする必要もないし〈アタシなんか〉って卑下することもないわけで」


「そうであるぞ。我は何も禁止なんかしてはいない。ぬしらを愛している。愛している! 愛しているぞ!! そしてぬしらは〈自分という国を治める神〉以前に、〈この世界に身を置く一柱の神〉の眷属として活躍する予定が――」



 一同は突如湧いて出たケツあごをじっとりと見つめると、口を揃えて「帰って下さい」と吐き捨てた。ウエイター姿でお水のお代わりを注いでくれていたケツあごはお茶目にウインクをすると、その場からスウと姿を消した。

 ケイティーはげっそりと頬をこけさせると、ため息混じりにぼやいた。



「何なの、あのケツあご。小花が頑なに拒否するからって、周りを攻め落とそうとでも思ったの」


「マコちゃんもケイちゃんも、あんな変なのに目をつけられて、大変だね……」


「あれでこの世界の創世神だっていうから、強い態度で出禁とかにもできないのがまた……」



 一同がため息をつく中、マッコイがクスクスと笑いだした。不思議そうに首を傾げたみんなを眺め見ると、マッコイはみんなに一言「愛してる」と言った。



「何も禁止なんかされていないのなら、アタシはこれからも堂々とアタシらしく生きていくわ。もう悩むのはおしまい。もう、卑下もしない。アタシはアタシをきちんと愛してあげようと思う。そしてアタシは〈アタシという国〉の国王として、アタシの国を幸せで満たして、アタシという国民が笑顔で毎日を生きていけるように努める。〈アタシという国〉と国交を結んでくれる、アンタたちという優しい国々と幸せであるように前を向き続けていくわ」



 一同はマッコイに笑顔を返した。そしてお茶とケーキを胃袋の中へと片付けると、彼らは再び買い物へと繰り出していった。





 ――――自信が持てなくなったり揺らいだりしても、側にいて支えてくれる仲間というのは本当にかけがえのないもの。ずっと大切にしていきたいものなのDEATH。

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