第171話 死神ちゃんと人外②

 せっかくここまで来たのだから、歓楽街というものを物味遊山してから帰ろう。――そう決めた冒険者たちは、死神憑きのまま六階へと続く階段を降りていった。とり憑かれた女性は隣でふよふよと浮いている死神ちゃんに顔を向けると、小首を傾げて言った。



「ねえ、あなた、本当に死神なの? 小人族コビートの、浮遊術の使える超能力者とかではなくて?」


「そんなに疑うなら、今すぐ死んでみろよ。そしたらお前は灰になることでその答えを得られるし、俺も帰ることができるし。……どうだ、一石二鳥だ――」



 悪い笑みを浮かべて恐ろしい提案をしていた死神ちゃんが急に押し黙ったことに、女性は不思議そうに目をしばたかせた。死神ちゃんがぎょっとした顔である一点を凝視していることに気がついた彼女は、死神ちゃんの視線を追った。そして、彼女も思わず顔をしかめた。



「そこのお兄さん、いかがっすか。網タイツ、ぱっつんぱっつん」



 死神ちゃんよりも小さな体の、人の形を模した生物が黒いスーツを着て立っていて、気だるげに手を打ち鳴らしていた。網タイツがどうぱつぱつなのかに気を取られている仲間の男性陣と、束ねたロングのドレッド――よくよく見ると、それは白い花の蕾が密集したものだった――が印象的な緑色の小人を交互に見つめながら、女性は死神ちゃんに向かってヒソヒソと話しかけた。



「ねえ、もしかして、あなた、アレと知り合いなの?」



 死神ちゃんが答えに窮していると、小人が不意にこちらを向いた。死神ちゃんが面倒くさそうに苦い顔を浮かべるのもお構いなしに、緑色の彼はパアと表情を明るくして駆け寄ってきた。



「お嬢様! まさか、こんなところでお会いするだなんて!」


「……何、お前、とうとう〈修行の旅〉とやらに出されちまったのか」



 しかめっ面のまま、死神ちゃんは抑揚もなくそう言った。すると彼――度々ドジをやらかしていた下っ端アスフォデルはしょんぼりと肩を落とした。前回会った際、彼がうっかりをやらかした時にリーダーであるお嬢アスフォデルから〈根菜の三下のように、あなたも旅に出て勉強してきますか〉と叱られていた。どうやら、彼は本当にその通りに旅に出されたらしい。しかし、どこぞの根菜のように冒険者になるのではなく、まさか歓楽街で働かされているとは。

 死神ちゃんがそのことについて尋ねると、彼は苦々しげな顔を浮かべてボソリと答えた。



「あのナス科がやらかしてくれたものですから、冒険者に混じるのはやめておこうということになったんですよ。ちなみに今、凄まじく不服ながら、ヤツと一緒に働いているんです」



 へえと死神ちゃんが相槌を打つと、アスフォデルは愛想のいい笑顔を浮かべて冒険者を見渡した。うちの店では食事ができるということと、知り合いと再会したので少しおまけしますよということを述べると、彼らを店に案内しようとした。冒険者たちは最初断っていたものの「せっかくのお誘いだから」ということで店に立ち寄ることに決めたようだ。

 さあさあと笑顔を振りまきながら黒服姿のアスフォデルが店の扉を開けた瞬間、中から女性の熱狂が聞こえてきた。思わず死神ちゃんは表情を失い、ボソリと声を落とした。



「これ、何の茶番?」



 店の中央にある皮張りの赤いソファーに、冒険者であろう女性たちが群がっていた。そのただ中に、白いスーツに身を包んだ茶色い小人がふんぞり返って座り、足を組んでいた。彼はご自慢の葉っぱをゆらゆらと揺らしながら、グラスの中のウイスキーらしきものを転がした。



「はっはっは。嬢ちゃんたち、そう慌てなさんな。ひとりひとり、きちんと相手してあげまさあ」


「きゃあああああ! ドラ五郎さん、今すぐ抱いて!」


「待てやい待てやい、ものには順序ってもんがあるだろう? まずは、腹いっぱい食べて、飲んでくんな」


「ええ、ドラ五郎さんがそう言うなら! ――すみません、ドンペリ入れてちょうだい!」


「だったら私はシャンパンツリーを頼むわ! だから、ね? 私を先に抱いて、ドラ五郎さん!」



 死神ちゃんはアスフォデルに視線を落とすと、抑揚のない声で再びボソリと「これ、何の茶番?」と尋ねた。すると彼はギリギリと歯噛みしながら、根菜を睨みつけた。



「ナス科のくせに生意気な……! ていうか、私のほうが美男ですよね!? それなのにどうして私が黒服で、あいつがホストなんですか!」


「さあ、何でだろうな……」



 死神ちゃんがそのようにアスフォデルに返す横で、死神ちゃんがとり憑いている女性がふるふると震えていた。死神ちゃんが彼女の顔を覗き込むのと同時に、彼女から〈トゥンク〉という魅了魔法にかかった時のお知らせ音が響いた。

 乙女のときめき顔でドラ五郎の元へと駆け寄って行く彼女の背中を見つめながら、死神ちゃんは眉間のしわを深めた。



「ここ、安全地帯だったよな? 何で魅了魔法にかかるんだよ」


「そうやって、冒険者からいろいろと毟り取っているわけですよ。サキュバス姉さんも使ってますでしょ?」


「そう言えばそうだったな。でも、何で今、彼女が魅了されたんだよ」


「だって、あいつには麻薬効果がありますからね」



 恨めしそうに吐き捨てるアスフォデルに、死神ちゃんは適当に相槌を打った。気がつけば男性冒険者たちも根菜に群がっており、さながら宗教の熱狂的な信者の集いのような状態となっていた。

 死神ちゃんは彼らに近寄ることもなく、アスフォデルと一緒に遠巻きから眺めていた。すると、こちらに気づいた根菜が手を上げて「おう、嬢ちゃん」と挨拶してきた。同時に、根菜を取り巻く冒険者たち――主に、女性――の刺すような視線が死神ちゃんに集中した。


 思わず死神ちゃんは嫌そうな表情を浮かべたのだが、それに構うことなく根菜は金づるたちに「ちょいと待っててくんな」と言って立ち上がった。そして彼は悠々と死神ちゃんの元へと歩いてきた。



「来ているんなら、声をかけてくだせえよ。水くせえなあ」


「お前、随分といいご身分になったもんだな。ていうか、臭いのはお前だろう。何だ、この臭いは。ウイスキーと思っていたアレは酒じゃあないのか」



 死神ちゃんは一歩後ずさって根菜から距離を取ると、苦々しげな顔を浮かべた。彼からは燻製にも似た香りがほのかに上がっていた。カラカラと笑う根菜を睨みながら、アスフォデルがボソリと言った。



「あれは酒じゃなくて、木酢液もくさくえきを水で希釈したものですよ。私たちからしたら、酒というよりは健康ドリンクみたいなものです」


「農薬かよ。そんなことだろうとは思っていたけれどもさ」



 言いながら、死神ちゃんは根菜の後方から攻撃的な視線が大量に飛んで来ることに居心地悪い思いをした。死神ちゃんは客の元に戻れと言って根菜を追いやると、ぐったりと肩を落としてため息をついた。

 しばらくして、根菜は現在一番金を落としてくれている女性の手を取ると、にこりと笑ってVIPルームに入っていった。どうやら彼は、彼女の「抱いて!」という要望を叶えてやるようだ。

 一体どうやったら根菜が人間の女を抱けるのだろうと思いつつ、そんなもん想像したくもないなと思いながら死神ちゃんが思案顔で唸っていると、部屋に入ったはずの根菜は女性を伴ってすぐさま出てきた。艶やかな表情を浮かべてご満悦の彼女の頭上には混乱を知らせる小鳥がピヨピヨと舞っており、死神ちゃんは小鳥をぼんやりと見つめて瞬きした。



「え、何、何したんだよ」


「へへへ。嬢ちゃん、知らねえのですかい? 俺達マンドラゴラは、別名〈恋なすび〉って言うんでさあ。俺にかかれば、難攻不落の真面目人間もイチコロ。誰でもかれでも俺にフォーリンラブですぜ」



 得意気に胸を張る根菜に、アスフォデルがハンと鼻を鳴らした。



「ただの、こいつ特有の幻覚と幻聴の作用です」


「ただのとはなんでぇ、ラン科植物! てめえにはできねえ芸当だろうが!」


「うるさい、ナス科植物! 私だって安らかな眠りに誘うことができるんですよ!」



 胸ぐらを掴んでいがみ合う二人を面倒くさそうに眺めていた死神ちゃんは二人から視線を外して何もない場所をぼんやり見ながら、ため息混じりにどうでも良さそうに言った。



「ていうか、VIPルームって、時間貸しなんだろう? お前らが協力したら、来客者全員に長時間利用させてガッツリ大儲けできそうだな」



 死神ちゃんが言い終えると、静寂が訪れた。不審に思って二人に視線を戻すと、彼らは胸ぐらを掴み合ったまま〈それだ!〉とでも言いたげにハッとした表情で固まっていた。

 後日、彼らはサキュバス姉さんを押しのけて〈大人の社交場〉の人気ツートップとなり、冒険者どころか裏世界の住人たちからも引っ張りだこの人気者となった。



「だからこれ、何の茶番?」



 死神ちゃんだけは、そのことに納得いかなかったという。





 ――――なお、あまりの人気っぷりに、裏側と植物たちとで提携して新ビジネスを企画中らしいDEATH。

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