第32話 死神ちゃんと姫

 〈担当のパーティーターゲット〉目指して彷徨さまよっていた死神ちゃんは我が目を疑った。ターゲットらしき集団が前方にいるのだが、いつぞやの〈ご主人様〉よろしくダンジョン内でティータイムと洒落込んでいたからだ。

 しかも、用意されたテーブルについているのは一人だけで、他の五人はせわしなく動き回っていた。



「エレナ姫、紅茶が入りました!」


「お肩、お揉み致しますね、エレナ姫!」


「エレナ姫、今日はどのお茶菓子を召し上がりますか?」


「エレナ姫、今日も本当にお美しいです!」


「武器の手入れ、僕がやっておきますね、エレナ姫!」



 五人の男が、一人の女のご機嫌を必死にとっていた。女は男達の言葉を適当に受け流しながら爪の先をいじっていた。〈姫〉と呼ばれた女は見目もそこそこに美しくはあったが、見た感じ、どこぞの国のお姫様というわけでもなさそうだった。しかしながら、男達は彼女の顔色を必死になって伺い、おべっかを使い、たまに声をかけてもらえるだけで嬉しそうにうっとりとしていた。


 その光景を見ているだけでげっそりとしてきた死神ちゃんだったが、気を取り直して深呼吸すると、ふええと泣きながら一行に近づいていった。――何となくだが、幼女のフリをしたほうが、あとあと美味しいことになりそうな気がしたからだ。



「おや、君、うっかりダンジョンに入ってきちゃったのかい? よくここまでモンスターに見つからなかったね」



 男のうちの一人が、そう言って死神ちゃんの頭を撫でた。すると、ステータス妖精さんが軽やかに飛び出した。



* 戦士の 信頼度が 5 下がったよ! *



 妖精の宣告に顔を青くした戦士は、素早く顔を上げて女を見た。すると、女は凄まじく不機嫌そうな顔をしていたが、すぐさま笑顔を取り繕った。



「さすが戦士、優しいのね」


「エレナ姫、違うんです! 別に他の女にうつつを抜かしたわけではないんです! だって、この子、幼女ですよ!?」


「分かってる、分かってるわ。戦士、大丈夫よ」



 笑顔を浮かべてはいるものの、女の声は心なしか冷たかった。他の男達も戦士のことを冷ややかに見つめており、戦士は声を震わせながら訴えた。



「ていうか、信頼度低下のお知らせがあったってことは、この子、死神なんじゃないの? 俺、とり憑かれたってことなんじゃないの!?」


「あら、優しさが仇となったってことね。残念ね、戦士」


「エレナ姫、だから、そんな目で見ないでくださいよ!」



 戦士は地べたを這いつくばってまで女に赦しを乞うた。怒ってないと彼女は笑顔で言ったが、その目は全然笑ってはいなかった。

 その光景を、死神ちゃんは不可解に思った。何故なら、彼女は〈もしかしたらモンスターかもしれない相手にうっかりをやらかした〉ということに対して怒っているのではなく、あからさまに〈自分以外の女子に優しくするものは万死に値する。その女子の年齢は問わない〉というような態度なのだ。



(あ、あれだ、〈オタサーの姫〉ってやつ!)



 死神ちゃんは腑に落ちたというような表情をしたあとですぐに、ニヤリとした笑みをこっそりと浮かべた。――これは、最初の読み通りだ。このまま可愛さを振りまいておけば、内部分裂を引き起こしてパーティー全滅も狙っていけそうだ。「情報操作は十三じゅうぞう様の十八番の一つ、これは腕がなるな」と死神ちゃんは思った。

 死神ちゃんは小首を傾げると、潤んだ瞳で戦士を見上げた。



「お兄ちゃん、死神ってなあに? 何であのお姉ちゃんは怒ってるの?」



 戦士はまごついて返事をしなかった。なので、今度は女のほうを向いて死神ちゃんは満面の笑みを浮かべた。



「ねえねえ、お姉ちゃんはお姫様なの?」


「あのお姉ちゃんはね、僕達にとって〈お姫様みたいな存在〉なんだ。男ばかりのパーティーに華やかさを添えてくれて、支援系魔法で戦闘を華麗に支えてくれて。なくてはならない存在なんだよ。僕達の、癒やしなんだ」



 男の一人がそう答えると、女が心なしか得意げな雰囲気を醸しだした。すると、何故か彼女の腕輪からステータス妖精が飛び出した。



* 僧侶の 信頼度が 3 下がったよ! *



「えっ!? 何でよ! 私、別に死神にとり憑かれてなんかいないんだけど!」



 女が青筋を立てると、男達は彼女からスッと顔をそむけた。その後も、死神ちゃんはことあるごとに彼女に「すごい」だの「可愛い」だのと言っておだてまくった。調子を取り戻した彼女は、先ほど以上に女王様のごとく振る舞い出した。しかしそれが、彼女自身の首を絞めることとなった。


 一行はモンスターの群れに遭遇した。撃退はできたものの、先頭に立って戦っていた男達が負傷してしまった。死神ちゃんが今にも泣きそうな面持ちで男達を心配すると、彼らは〈気持ちがとても癒やされ、嬉しい〉という表情を浮かべた。一方――



「エレナ姫、回復をお願いしたいです~……」


「え~、そのくらいだったら、ツバつけておけば大丈夫でしょ。何があるか分からないんだし、できるだけ魔力の消費を抑えたいのよね」


「いやいや、本当にお願いしますよ」


「しょうがないなあ……。ねえ、君主、あなたも回復魔法使えたでしょ。あなたが回復かけといてよ。――あっ、やだ、かすり傷! 私に傷なんて、許されないんだから。えいっ、回復っ★」



* 僧侶の 信頼度が 3 下がったよ! *



 またある時、彼らは別のパーティーとすれ違った。そこのパーティーも手負いのものがいたのだが、僧侶が献身的に動き回っていた。傷の浅い者には薬草を使って手当をし、深手を負った者には回復魔法をケチることなくかけてやっていた。その光景を見た一行はこっそりと溜め息をついた。そして――



* 僧侶の 信頼度が 5 下がったよ! *



「ねえ、だから、何で死神にとり憑かれてない私の信頼度が下がるのよ!」



* 僧侶の 信頼度が 3 下がったよ! *



「何で!? 何でまた下がるのよ! 今、私、何もしてないでしょ! それとも何、文句言うのも許されないわけ!? 私が何したっていうのよ!」


「それは、お姉ちゃんが〈癒やし〉じゃあなくなってきてるからなんじゃないの……?」


「元はといえば、あんたが現れなければ!」



 女はウォーハンマーを振り上げると、死神ちゃんめがけて振り下ろそうとした。しかし、そのウォーハンマーは死神ちゃんに当たることはなかった。ウォーハンマーは女と死神ちゃんの間に咄嗟に割り込んだ戦士の急所に当たり、回復が完璧でなかった彼は灰と化した。

 男達は〈仲間だったもの〉をしばし見つめると、ためらうことなく武器に手をかけた。すると、怒り狂った女もウォーハンマーを構え直した。



「何よ、蝶だ花だと持て囃して、姫のように扱ってくれてたのに! 私は姫なんでしょ!? 何で歯向かうのよ! 私だけを大切にしてよ! みんなして、何でこんな幼女を庇うのよ!」


「高慢な〈姫〉には、民衆はついていけねえんだよ!」


「僧侶は支援してナンボだろ! 回復しない僧侶はただのお荷物なんだよ! 仲間への回復はケチるくせに、自分には湯水のごとく魔力使いやがって!」


「私とあなた達の絆は、こんな幼女に簡単に壊されるようなものだっていうの!?」


「何言ってるんだ、お前が自分で少しずつ少しずつ砕いていったんだろうが! 本当は、今までだって結構我慢してたんだよ! でも、もう我慢の限界だよ!」



 パーティーのリーダーは君主だったようで、彼は腕輪を操作すると女をパーティーメンバーから除外した。それを見て発狂した女は男達に襲いかかった。彼女は意外と武闘派だったようで、男が一人倒され、他の三人も手傷を負った。そして、女がようやく倒れて静かになったところにモンスターがやって来て、残った三人も結局地に倒れ伏した。


 自分で仕向けたこととはいえ、死神ちゃんは結構虚しい気持ちになった。全滅した一同を見つめて深く溜め息をつくと、死神ちゃんは壁の中へと消えていったのだった。




   **********




「あら、かおるちゃん、おかえりなさい」


「ねえ、薫ちゃん。今日は私とご飯食べに行きましょうよ」


「なあ、薫ちゃん。あとでボードゲームしねえ?」



 寮に戻った死神ちゃんが共用のリビングに顔を出すと、マッコイを始め同居人達がニコニコと笑いながら声をかけてきた。死神ちゃんは本日の出来事を思い出すと、照れくさそうに笑った。



「……みんな、いつもありがとうな」


「やだ、薫ちゃん、急にどうしたの?」


「――いや、別に」



 みんなは目をパチクリとさせて死神ちゃんを見つめた。死神ちゃんはなおも照れくさそうにしていた。そしてみんなでクスクスと笑い合うと、仲良く揃って夕飯を食べに出かけたのだった。





 ――――仲間を大切にできなくちゃ、自分を大切にしてなんてしてはもらえない。大切に思い合い、信頼しあってこその〈絆〉なのDEATH。

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