第31話 死神ちゃんとハム②

 〈三階へ〉という指示のもと、死神ちゃんは三階の奥地――先日〈尖り耳狂〉と遭遇した辺りを彷徨さまよっていた。ここは祝福の像からはかなり遠くに位置するのだが、三階の割には結構な強さのモンスターが出るとあって、冒険者達がよく修行場所にして篭っていた。今日の〈担当のパーティーターゲット〉も修行中の者のようで、地図上のマークは同じ場所に固定されたまま動かずだった。

 現場に到着すると、そこには鍛錬に精を出している僧兵が一人いた。さっそく〈とり憑き〉の準備を始めた死神ちゃんだったが、あることに気づき、頬を興奮でピンクに染め上げた。



「ハム! お前、より一層いい筋肉になったなあ!」


「よお、嬢ちゃんじゃねえか! 久しぶりだな!」



 二人は旧友に会った時のような晴れやかな笑みを浮かべると、拳と拳を合わせて再会を喜んだ。死神ちゃんが壁に背中を預けて座り込むと、ハムは再び鍛錬を始めた。



「お前、転職したんだな」


「おう。そのまま斧を極めて狂戦士になっても良かったんだが、俺はやっぱり〈美しい筋肉〉を極めるべきだと思ってな。――ほら、嬢ちゃんに教えてもらったトレーニングを続けているおかげで、内転筋も大分充実してきたんだ」



 言いながら、ハムは前側の内太ももを見せつけてきた。とても誇らしげなハムに、死神ちゃんは満足気に頷いた。そのまま、死神ちゃんとハムは話に花を咲かせた。



「それにしても、嬢ちゃんはおもしろいよな。フレンドリーに話しかけてくる死神なんて、嬢ちゃんくらいだぜ」


「あー、まあ、そうだろうな。俺、見た目がこうだから、その影響もあってっていうか? でもだからって、特定の冒険者を贔屓するってこともないし、そこはきちんと割りきって〈死神〉してるよ。それに、大抵の冒険者は他の死神と会った時と同じように驚いたり恐怖で泣き叫んだりするから、俺が特殊っていうよりも、お前みたいな冒険者が特殊なんだと思う」


「ほう、そうなのか。――ん? と言うことは、俺はまたとり憑かれちまってるのか!?」


「おう、あたぼうよ!」



 死神ちゃんが得意気にドヤると、ハムは目をパチクリとさせた。そして、弾けるように豪快に笑い出した。――本来の〈死神との遭遇絵図〉からすると本当に奇妙としか言えず、死神ちゃんも思わず笑顔を浮かべた。



「ところで、それだけ下半身が充実してきたなら、上半身ももう少し充実させたいよな」



 死神ちゃんが真剣な顔でそう言うと、ハムは神妙な面持ちで頷いた。



「そうなんだ、そうなんだよ。今、目下の悩みはそこなんだ。特に背筋がいまいち鍛えづらくてなあ」


「背筋か。それまたちょっと鍛えづらい部位だな。――普段、スクワットってどうやってる?」



 ハムは少々困惑の表情を浮かべた。何故なら、〈スクワットは下半身のトレーニング〉というイメージがあったからだ。しかし、死神ちゃんはなおも真剣な表情を崩さない。ハムは戸惑いつつも、手を組んで後頭部にあてがうと、スクワットをしてみせた。



「やっぱり、普通はそうだよな。でも、ちょっとやり方を工夫するだけで、下半身だけでなく背筋も鍛えられるんだ。――手の位置は、こう。で、こういうふうに動かす」



 死神ちゃんがやって見せてくれるのを真似て、ハムも動いてみた。しかし、少々ポイントが掴みきれていなかったようで、死神ちゃんが細かく修正をした。すると、ハムはカッと目を見開いた。



「おおおおおおおおお! これは! 素晴らしい!! 筋肉が歓びの音色を奏でているのが聞こえてくるぞ!!」



 だろ? という感じでニヤリと笑った死神ちゃんを見下ろすと、ハムは尊敬の眼差しを死神ちゃんにこれでもかというほどに浴びせた。

 するとそこに、追い剥ぎの集団が現れた。金目の物は一切合切置いていけとナイフをチラつかせる追い剥ぎを前にして、何故かハムは抵抗することなく装備を解いた。そしてそれらを、魔法のポーチの中へと仕舞いこんだ。



「どうだ、追い剥ぎ達よ。れるものがあるならば、盗ってみるがいい!」



 そう言って、ハムは自信たっぷりにポージングを決めて筋肉を見せつけた。さすがの死神ちゃんも、これには正直呆れ果てた。

 どうやら、ハムの所持するポーチは特殊な魔法がかけられているようで、所有者にしか出し入れ出来ないようになっているらしい。それに気がついた追い剥ぎ達は悔しそうに顔を歪ませていたのだが、ハムがなおもポージングで煽ってくるのが癇に障ったようだ。リーダーと思しき人物が合図をすると、追い剥ぎ達は一斉にハムへと跳びかかって行った。


 ハムは追い剥ぎ達をひらりひらりとかわすと、重いパンチを一人に打ち込んだ。仲間が崩れ落ちていくのを見て怖気づいた追い剥ぎ達に向かって、ハムは声高らかに叫んだ。



「どうだ、俺の筋肉は! やはり、筋肉こそ全て! 筋肉こそ至上! 筋肉さえあれば、装備など関係ないのだ!」



 得意気に笑うハムだったが、その声は銃声でかき消された。まだダンジョンの産出アイテムには加わってはいないから、外から持ち込んだものだろう。だから、モンスターに対してはいまいち威力が出ず、役に立たない代物であるのだが、それでも〈装備を身に着けていない、生身の冒険者〉には十分に有効だった。

 思いもよらぬ終幕に、ハムは愕然として膝をついた。そんな彼に、死神ちゃんは思わず叫んだ。



「ハムぅぅぅぅぅッ!!」


「また、会おう、な……。嬢ちゃ……ん……」



 サラサラと灰と化していくハムに悪態をつくと、追い剥ぎ達はとんだ骨折り損だったという雰囲気を醸し出しながら去って行った。霊界に降り立ったハムが祝福の像めがけて走りだしたのを見届けると、死神ちゃんも壁の中へと消えていったのだった。





 ――――〈やっぱり、一番大事なのは筋肉よりも装備なんだな〉ということを、改めて認識させられたのDEATH。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る