ご来光 1

 深夜3時の真夜中の最中、小学生の一団が集まった。


 普通、こんな時間には誰も起きてはいない。

 しかし今日は年に一度だけ、子供でも夜更かしが許される日だ。

 先ほどまでは除夜の鐘が、しっとりと町中を響き渡り新年を伝えていた。


 我々はこれから、初日の出を見る為に目的地へと出発をする。



 こうなるきっかけは、2週間ほど前の昼休みの事だった。

 せいりゅうくんがテレビ番組か何かで感化されたらしく

「初日の出のご来光らいこうが見たい」

 と言いだしたのだ。


『ご来光』とは本来は日の出の事を示すのだが、おそらく影響を受けた『ご来光』とは富士山の山頂から眺めるものだろう。


「それは富士山での事かな?」


 私が確認をすると


「もちろん、そうだよ」


 あっけらかんと返事をする。


 今の時期は真冬であり富士山は閉鎖されている。登山許可を取れば登れないことも無いのだが、冬の富士山は恐ろしい。下手をすると氷点下20度近くまで下がり、人が吹き飛ぶような突風が吹きすさぶ。

 プロの登山家でも、遭難が相次ぐ難易度らしく、場合によってはヒマヤラ登山の方が簡単らしい。


 もちろんそのような場所に連れて行けるわけがない。だが、ただ言い聞かせようとしても分らないだろう。

 私は氷の粒が打ち付ける暴風雪の動画と、ここ5年に起こった事故のリストを見せる。

 すると、せいりゅうくんはあっさりと引き下がってくれたが、すこし残念そうな顔をしている。


 ガッカリしているせいりゅうくんに私は話しを持ちかける。


「富士山は無理だけど、となり町にある山ではどうかな?」


「うん、じゃあそこへ行こう」

 表情が急に明るく変わり、元気が返事が返ってきた。


 ちなみにこの山はとても低く、標高は200mもない高さだ。どちらかというと山と言うより丘に近い。

 大人の足で1時間少しの距離にあり、子供の足と真夜中という事を考慮しても2時間もあればたどり着けるだろう。しかも道路のほとんどは舗装されており安全だ。山道と言える部分は最後のほんの一部分、時間にすると10分ほどしかない。


「じゃあ、他の人も誘ってくる」


 そいうってせいりゅうくんはクラスメイト達に声を掛け始めた。


 親友のようたくんはもちろんのこと、キリンちゃん、ゆめちゃん、のりとくんにまで声をかけている。

 参加者がどんどん増えていく。私だけでは面倒が見れるのだろうか。昼間なら問題は無いが、夜だと見通しが利かずこの人数だと見失ってしまいそうだ。


 これ以上増えたら管理ができそうもない。悩んでいる私をよそに、せいりゅうくんは勧誘を続ける。

 その範囲は生徒だけに留まらず、美和子先生にも及んだ。


 そして、なんと美和子先生が我々の引率を引き受けてくれた。管理者が増えるのはありがたい限りだ。

 しかしこの事態は以外だった。もし引き受けた理由があるとすれば、それはただ一つだろう。


 私は38歳と、けっこう良い年齢であるにも関わらず未だに独身だ。

 美和子先生も今年で29歳になる。

 わざわざ休みの日に、それも元旦に付き添ってくれる。

 これはもう、男女の関係に関するあれしか考えられない。


 正月といえば大きめの家に、親戚一同で大抵は集まるものだ。

 いい年をして結婚をしていないと、親戚のおばちゃんに

「いい人はいるの?」「まだ結婚しないの?」「いつ頃結婚するのかな?」

 と責め立てられる。


 あれはなかなか心に突き刺さる。

 好きで独身でいる訳ではないのだが、周りにはそうは映らないようだ。

 世間の風当たりは厳しい。美和子先生もおそらく小言を言われるのだろう。

 なにかと理由をつけて、抜け出したい理由は身に染みて分る。



 せいりゅうくんはクラスのほぼ全員に声を書けていたが、元旦という事もあり、他にあまり人は集まらなかったようだ。

 ようたくん、キリンちゃん、ゆめちゃん、のりとくんという、いつものメンバーに美和子先生が加わり、ご来光を拝む事になった。

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