中年(?)野球 2

 日曜の午前中、我々のチームは肩に大きな野球道具を担ぎ、2つほど隣の市にあるグラウンドへとたどり着いた。そこは田舎の工業地域の一角にある。


 工業地帯といっても周りは空き地と田畑と森林ばかりで、どうやら企業の誘致に失敗してしまったらしい。そんな見晴らしの良い土地を使い、今日この場所でリトルリーグの大会一戦目が行われる。

 天気はすこぶる良いのだが、どこかの国家公務員の動向が気がかりだ。波乱はらんの幕開けとなるだろう。



 相手のグラウンドへと乗り込んだ我々には、強烈な洗礼が待ち受けていた。そこには何故か我がチームと同じユニフォームを着た女性が既に乗り込んでいる。そのシルエットは遠目からでも誰だか分る、そう桐原きりはらさんだった。


 私達は桐原さんに近寄ると、声を掛けた。


「なぜその格好をしているのですか?」


 もう少し、穏便おんびんな話題から入るべきだったかもしれないが、この質問が口をついて出てきた。


「リトルリーグの試合ですからね。相応にふさわしい格好が必要だと思いまして、この格好となりました」


 自信満々に彼女は言い切る。


 なぜうちのチームのユニフォームなのだろう?

 そのユニフォームの代金は経費から出ているのだろうか?

 疑問を抱きつつもこれ以上話しをややこしくしない為に、私は沈黙を貫く事とした。

 背後に居る子供達には、背中越しに事前に決めておいたハンドサイン『黙ってやりすごす』のサインを送る。

 理不尽な事で怒られたくない子供達は、必要以上に唇をぎゅっと力を込めて口を閉ざした。



 するとそこに相手チームの監督さんがやって来た。


木藤きどう監督、お久しぶりです」


「お久しぶりです、今日はよろしくお願いします」


 そう言って二人の監督は堅い握手を交わす。その後、私の方を見て、


「そちらの方は、コーチでしょうか?」


 まあ、一般的にはそう判断するのだろう、私の置かれた状況をうまく説明できるだろうか?

 下手を打つと桐原さんが出てきてたいへんな事になりそうだ。


「いえ、実は私は選手でして……」


「ああ、知っています。野球協会の方から通達がきました。小学生の再教育がなんとかというヤツですよね」

 告知が既に行っているようで一安心をする。するとそこに桐原さんが、


「『教育再生法きょういくさいせいほう』ですね、お間違いの無いようにお願いします」


「あなたは?」

 相手監督の質問が桐原さんの方へと向かう。


「文部科学省の再教育課の桐原と申します。今日は監視役と指導役を兼ねてやって来ました」


 混沌とした答えに、相手方の監督に困惑の表情が浮かぶ。ハンドサインで『黙ってやりすごす』のメッセージを伝えたいのだが、事前の打ち合わせをしていないので、伝わるはずもない。

 私は思わず苦笑いをしてしまった。それを見ていた相手の監督は何かをさっしたようで。


「分りました、よろしくお願いします」


 と、話しを合わせるように無難に会話を流してくれる。空気の読める人で助かった。

 こうして挨拶を交わし終えると、両チームともそれぞれ試合の準備運動を開始するのだが……

 まだ運動も何もしていない私の手には、なぜだか冷や汗をかいていた。



 さて、この大会では普通の野球のルールに加えて、リトルリーグならではの特殊なルールがある。

『登録選手は全員出場させなければならない』というものだ。勝つ事を最優先とさせるプロとは違って、ここは教育の場でもある。さんざん練習しても本戦にでられないといった不公平な事があると、これからの将来にあまりよくない影響があるだろう。子供達のつちかった努力は報われなければならない。


 それに1戦目なので数は少ないが、やはり親御さんが何人か我が子を応援に来ている。

 なかにはカメラを構えている方もいるので『我が子の出番が全くない』などといった無碍むげに扱うような事はできないだろう。


 さて、ここで一つ大きな問題がある。

 そういった場に私がピッチャーとして出て行って完封でもしたらどうなるだろうか?

 相手チームの親御さんは黙っていられない気がする。必ずクレームが来るだろう。それに対して桐原さんは黙っていられるだろうか……



 私がひとりで悩んでいると、またたくまに時間が過ぎ、試合の時間となる。

 両陣営がグラウンドに並び、元気いっぱいの挨拶を交わす。


「よろしくお願いします」


 そして我がチームが守備のチームが配置につくと、試合開始の審判の笛が鳴った。



 試合は始まったが、私はベンチで待機をしている。


 桐原さんが監督に、


鈴萱すずがやさんは、先発で使うべきでは?」


 強めに進言をするが、監督は、


「抑えとして温存しておきたい」


 桐原さんの意見を突っぱねた。

 野球にあまり詳しくない桐原さんは、どうやらその意見に納得した様子だ。


 しかし本当は試合に勝つだけなら、桐原さんの言うとおり私を先発に使った方がいいだろう。

 ただ、それは子供達のふれあいの場所に大人が土足で踏み込むようなもので、大人げないと言わざるを得ない。


 できる限りこういった状況は避けたかったのだが、選手名簿に載ってしまった以上、私も何らかの守備位置で試合に出なければ反則負けとなってしまう。そこで私と監督は打開策を打ち出した。

 最後の最後、『9回の表で外野選手として私を使う』というものだ、これなら試合にたいした影響も無く、相手チームからもクレームは入らないだろう。

 しかし、ある国家公務員の女性からは激しいクレームが来そうだ。だが私と監督はこの耐えがたい苦難を受け止めるという覚悟を固めている。


 今日ほど野球をしていた事を後悔している日はないかもしれない。私と監督はまだ一回の表だというのに早くも胃薬を服用した。



 試合が始まると、早くもうちのチームがエラーをする、本試合の緊張からか、いつも通りの実力なのかは分らないが攻守が交代するまでに、2点が敵のチームに入った。

 しかしその裏、うちのチームも負けてはいない。ヒットを簡単に重ねてあっさりと3点を取り返す。


 ベンチに戻ってきた子供は。

「よゆーで打てる」「球がかなりおそい」「落ち着いていけば簡単だ」


 と、頼もしい限りである。

 やはり私のバッティングピッチャーでの練習は無駄ではなかったようだ。


 その後の試合は、双方壮絶な打ち合いとなった。

 相手が3点とれば、こちらは5点取り返すといったようなゲームが進んでいく。

 だが、打線に勝る我々は少しずつ点差を広げていった。


 そして6回目の裏、うちのチームが追加で2点が入り7点差がつき、ここでコールドゲームとなった。

 ちなみにコールドゲームの場合は『登録選手は全員出場させなければならない』というルールは免除される。


 乱打戦は打席が多くなり、子供達に何度も打順が巡ってくる。

 負けたチームの子供達も存分に楽しめたようで、負けた割には何かを出し切ったスッキリとした笑顔を浮かべている。

 私だけは出場しなかったが、ほかの子供達は充分にフィールドを駆け巡り、存分に楽しめたようだ。



 最後に両陣営の選手が並び、


「ありがとうございました」


 挨拶を交わし、相手のチームと奮闘を称えあう。

 無事に試合が終わったハズなのだがが、ひとり納得のいかないご様子の国家公務員の方がいた。


「試合が終わったので我々は帰ります」


 と、その方に一言だけ声をかけると、我々は足早にその場を立ち去った。

『触らぬ神に祟りなし』とはよく言ったものである。


 この場では上手い事、試合を切り抜けたと思ったのだが、試合には勝ち進んでいるので、翌週また大会で我々は彼女と対峙をしなければいけない。


 胃薬を少し多めに用意しておいた方がよさそうだ。

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