中年(?)野球 3
リトルリーグの大会の第二試合が間もなく我がホームグラウンドで始まる。
相手チームは既に1時間前から来ており、一通りのウォーミングアップを終え準備万端の状態だ。練習風景を覗いていた限りでは基礎がしっかりとしている、なかなか完成されたチームと思える。
だが、やはり打線はうちのチームの方がよさそうだ。双方のチームは実力的には甲乙付けにくく、この試合の行方はどうなるか予想も付かない。
予想も付かない事態は、もう一つある。そう
彼女はこのグラウンドに地元の我々の誰よりも早く一番乗りをしていた。
私と
うちのチームも準備練習を終えると、いよいよ試合開始となった。
先攻後攻を決めるじゃんけんではうちのチームが負け、相手チームが後攻、我がチームが先行となる。
私はベンチでのスタートだ、この間の作戦のように9回の最後の方だけチラッと試合に出る予定でいる。
桐原さんには何を言われるか分らないが、それは私と監督が受け止める覚悟は出来ている。
試合に勝つために犠牲フライが必要な事があるように、子供達が楽しめるように大人の犠牲が必要な事も時にはある。
1回の表うちのチームの攻撃で始まるのだが、打席に立っている選手は別としてベンチ内ではなにかと雑談が多い。緊張感に乏しくどうしても地元だと気の緩みが生まれてしまうようだ。
その様子を見ていたキャプテンが「集中していこう~」バッターに声援を送ると、少し遅れてベンチから「集中~」「しまっていこうぜ」と応援が続いた。このかけ声でチームの気持ちは引き締まり、試合の緊張感が訪れる。
さすがはキャプテンを任されるだけあって、チームをよく見ている。
ちなみにこのキャプテンを務めるのは同級生のカケルくんだ、彼はしっかりしており頼もしく、仲間からの人望も厚い。
野球の腕前で言えばせいりゅうくんも差して変わらないが、彼は多少むらっ気が有り集中力が途切れる事が多々ある。そして残念な事にあまり人望は無いように思える。友人としては最高だが、面倒な事を嫌い
この回の我がチームの攻撃なのだが、あっさりと三者凡退に終わってしまった。
私がバッティングピッチャーをやっているので、ある程度の球速には対応できるはずだが、相手のチームの投手は、小学生では珍しいサイドスローの投手だった。
小学生のサイドスローの投手が少ない理由は、投げ方を正しく教えるのが非常に難しい事が上げられる。監督に知識と技量がないと、肘に負担のかかるような間違ったフォームを覚えてしまうのだが、相手のピッチャーは見事な教科書に出てくるような綺麗なフォームで投げている。
相手の監督はかなりの実力者なのだろう、それに加えうちのチームとしては初めてのサイドスローの投手を相手にする事となる。これは打つのがなかなか難しい。
リトルリーグの試合のルールには、投手に投球数の制限があり一試合85球までとなっている。おそらく途中で投手が変わる事となるのだが、この調子で順調に打ち取られていくと、おそらく7回か8回あたりまでは彼が投げ続ける事となるだろう。そこからうちのチームは逆転できるだろうか?
これはかなり分が悪い試合と言わざるおえない。
1回の裏、ファーストへの送球ミスからランナーを許してしまい、それがきっかけで1点を許してしまう。
その後、2塁3塁とピンチを迎えるのだが、次の打者をなんとか内野ゴロに打ち取りこの局面を乗り切った。
2回の表、こちら側なのだが、やはり打つことは難しい。なんとかバットに当てる事はできるのだが、タイミングがまったく合わず、ボテボテの内野ゴロを打つのが精一杯だ。これは先が思いやられる。
こういった厳しい状態が続いた、こちらのチームはまったく打てず、敵チームの攻撃ではミスから失点に繋がり、4回の攻撃が終わった時には0対4点と負けている。
ここから私が登板すればこれ以上の失点は避けられるだろうが、この得点差をいまの打線の状況でひっくり返せるだろうか?
なにより大人がここで出しゃばって試合の流れを乱していいものやら…… 悩ましい状況だ。
5回の表を迎え、負けの臭いが漂う我がチームをカケルくんが招集した。
円陣を組むと、カケルくんは仲間内にしか聞こえないような小さな声で「攻略法が分った」と話し出した。
その攻略法とは、『片足が上がってから、およそ2秒とちょっとでボールをリリースする。球速は見た目よりも少し遅く、ワンテンポ遅れてやってくる』というものだ。
カケルくん、はチーム内の他の選手の打席の時も食らいつくように見つめていた。そしてこの攻略法を見いだしたのだろう。
確かに、相手の投手は
こうしてカケルくんの一言から、うちのチームの打線に火が付く。
ヒットが生まれ始め、この回で2点を返した。
5回の裏、守備に付くためベンチを出て行こうとするチームメイトに私は声を掛ける。
「君たちだけで勝てそうかい?」
「うん、やってみせるよ」「がんばる」「まかせて」
そう、強い返事が返ってきた。どうやら私の出番は無いらしい。
たとえこの試合は負けるとしても、ここは大人しく見守る事にしよう。
その後、試合に勝てそうな流れになったからか、守備にも集中力が生まれエラーの数が激減した。
そうして試合は進んでいく、8回の表を迎える頃には3対5と負けては居るが、なかなかの好試合を繰り広げている。そしてここで相手チームの投手が投球数の制限に達して交代となった。交代後のピッチャーはまずまずの実力だったのだが、やはり先発のピッチャーには遠く及ばない。我々のチームはたやすくヒットを生み出してこの回5対5と同点に追いつく。
8回の裏、この回は相手のソロホームランにより5対6と再び点差をつけられてしまう。
だが、ソロホームランで助かった。この点差ならばひっくり返せてもおかしくは無い。
9回の表、うちのチームはヒットを重ね、7対6点と逆転で勝ち越す事に成功した。
相手のピッチャーが少し泣きそうで可哀想に写る。しかし勝負の世界は非常だ、こちらが全力をもってあたらねば失礼というものだろう。
9回の裏、一点差で勝っているとは言え、いつ逆転されてもおかしくは無い、万全の体制で挑むなら私を投手として登板すればよいのだが、ここは子供達の自主性を尊ぶ。私は外野選手としておまけ程度に試合に出場した。
9回の裏は…… 出塁は許すものの、かろうじて乗り切り、なんとか我がチームの勝利で終わる。
最後にグラウンドに並び挨拶を交わすと、相手のチームは帰って行く。
試合に負けたその後ろ姿からは疲れと悔しさが感じ取れるが、実力を出し切り満足したようにも写る。
やり尽くした後の、なんともいえない笑顔が印象にのこった。
しかし、最後のあの場面で私が投手をやっていたら、相手チームはこの充実感を味わえただろうか?
おそらく無理であろう。私のおまけ扱いでの試合出場という配慮は、相手チームの親御さんも監督さんも納得したようだ。どこからもクレームは入らない。
ただ、ひとり、納得できない国家公務員の方を除いては……
私と監督は子供達に被害が及ばぬよう、早急に家へと送り出す。
グラウンドに残った我々二人に対して、桐原さんが声を掛けて来た。
「ちょっとよろしいでしょうか?」
本当はよろしくはないのだが、そのような事は言えもしない。
「はい、なんでしょうか?」
「鈴萱さんの試合の扱いが酷すぎませんか。大人になったとき悪影響がでたらどうなるんでしょうか?」
ここから桐原さんの長い説教が始まった。
しかし私は既に大人なのだが……
ここで下手に反論でもすると火に油を注ぐ事となるだろう。黙って沈黙を貫く。
カケルくんには相手チームの投手ではなく、この人の攻略法を編み出して欲しい。
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