修学旅行 7

 我々は階段を下りきり、湯滝の展望テラスへと到着した。


 滝はテラスのほんのすぐ先を駆け抜けている。

 急斜面を這うように流れる水は、岩にぶつかり白く泡立つ。

 それは両脇の紅葉こうようを押し分けるように太く、下に行くにつれ視野を覆い尽くすほど広がり、滝壺に次から次へと轟音を付け加えていく。あたりは水の臭いで満ちていた。


 高さこそ華厳の滝には及ばないものの、それを補って余るほどの幅の広さ、大きさがある。そしてなにより間近で見られるという事で臨場感が桁違いだ。華厳の滝はかなり遠目で眺める事しか許されない。


 この風景は逃すまい。写真だけではなく、記憶にも留めようと穴の空くほど見続ける。

 すると、なにげないクラスメイトの一言によって、私の集中力がプツンと切れた。


「華厳の滝より小さいね」


 まあ、たしかにそうなのだが……

 資料によると、高さ50メートルはある大きな滝なのだが、たしかに華厳の滝とくらべると小さく映ってしまうのかもしれない。


 そんな事を考えていたら、きりんちゃんが質問をしてきた。


「湯滝ってお湯じゃないの?」


 私はその質問に対して、残念な答えを伝えなければならない。


「ほぼ水と同じ温度だね、冬場は凍るそうだよ」


「そうなんだ……」


 少し残念そうだ、予想していたイメージと違ったのだろう。

 もっと温泉そのものの、入浴が出来るテーマパークのようなものを考えていたのかもしれない。


 ふと横をみてみると、せいりゅうくんとようたくんが、


「あの場所に魚が居そうだ」

「いやあっちのほうが釣れそうだ」


 と、盛んに滝壺を吟味ぎんみしていた。


 ……まあ、楽しみ方は人それぞれだろう。



「それでは皆さん、出発しますよ」


 時間を迎え、美和子先生が生徒達を集め出発となった。



 途中に小滝こたきという小さな滝も立ち寄る。


 小滝は落差は5メートルとこじんまりとした滝なのだが、えも言われぬ風情ふぜいがそこにはあった。


 これまでの滝は周りの木々を蹴散らすような大きなものばかりだったが、この滝は森に守られているような調和があり、日本ならではのわびとさびが感じられる。


 黄色い紅葉こうように包まれるようにして静かに水をたたえるこの滝は、風流そのものであり、私の心の何かを捕まえて離さない。この滝にくらべると、華厳の滝や湯滝などは『がさつ』と言い放ってもいいだろう。


 私は25年前の小学生の時もこの小滝を見ていたはずだが、すっかりと忘れていた。

 名前さえ覚えていないほどである。なぜ、これほどの光景を覚えていないのだろうか?



 この滝も充分な時間を掛けて見学するのかと思いきや、美和子先生は。

「こちらが小滝といいます、では先にいきますね」


 そして生徒達は一瞥いちべつをくれると、「はーい」と適当な返事をして。すぐに歩き出した。

 どうやらスケールが小さいという理由だけで子供達には相手にされないようだ。



 この滝はまことに不憫ふびんである。

 このような美しい造形が、見向きもされないとは……


 誰にも気にとめないと思ったが、一人だけ賛同者がいた。

 のりとくんもこの小さな滝に惹かれるものがあったらしい。

 私と同じように何度も何度も後ろを振り返りながら、未練たらたらでこの地を後にした。

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