春の遠足 1

 春の遠足の為、いつもより30分ほど早く家を出る。

 鞄ではなくリックサックを背負い、いつもの革靴ではなくトレッキングシューズを履き、手には登山ストックをたずさえる。スマフォには電波が通じない事を考慮して、事前に登山専用の地図をダウンロードしておいた。

 学校には少し早くに集まるが、それほど遠出はしない。



 学校に着くと、校門の所には通勤バスが待機していて、校庭は既に子供達で賑わっていた。

 いつもはぎりぎり登校してくるような子も、今日ばかりは早めに出てきている。

 子供達は出発前だというのに、すでに楽しげにはしゃいでいる。

 すこし曇り気味の空は気になるが、気温が少し下がり、登山にはちょうど良いかもしれない。


 集合時間を迎え、美和子みわこ先生が生徒達の出席を確認する。

 ひととおり出席を確認した後、通勤バスに1組と2組の60人弱を一台のバスに押し込めて出発となった。



 目的地はそう遠くない地元の山をめざす。山の標高は850m程で、小学生が挑むのにはいささか無理があるようだが、くばられた『遠足のしおり』によるとスタート地点の標高は650mとなっており、実質的には200mほどの登山となりそうだ。これなら大丈夫だろう。


 バスの中では絶え間なく喋り声と笑い声が続き、およそ40分ほどで目的地の登山道入り口へと付いた。




 峠道の途中でバスが止まる、どうやらここがスタート地点の様だ。

 バスを降りて、山を間近で見てみると、やはり圧倒的で威圧的いあつてきな存在感というものがある。

 

 山を見上げると山頂は見えず、背の高い杉の木が壁のように視界を覆い尽くす。

 道沿いを見渡すと、木々の間にちょっとした隙間があり、そこが山道への入り口の様だ。

 生徒達は、2列の列を作り歩き出した。これから登山へと挑む事となる。



 歩き始めて森の中へと入ると、かなり薄暗い。空気がひんやりしていて湿度があるが、不思議と鬱陶うっとうしさは感じられず、むしろ安心するような心地よさがあった。森林浴という言葉があるように、人をリラックスさせる何らかの効果があるかもしれない。


 これが一人での散歩なら、しっとりとした空気と情緒を感じられて良いのだろうが、そこは小学生の集団。常に誰かしらが喋っていて静けさなどというものとはまったくの無縁だった。しかも遠足という事もあり、少しでも見慣れないモノを見つけると大げさに騒ぎ出す。道端の地蔵や看板を見ただけでもはしゃいでいる。普通の大人ならうるさくてかなわないかもしれないが、人の適用力というのは凄まじく、私はこのくらいの喧騒はまったく気にならなくなっていた。


 登山道は比較的よく整備されており、かなりゆるい上りの傾斜が続いて居る。

 ここらへんは事前に調査したのだろう。小学生でもなんら問題の無い。



 なだらかな登山道をおよそ40分ほど進んだ。スマフォで登山専用の地図で確認すると、スタート地点の場所とゴールの頂上のちょうど半分あたりの場所にいる。

 『遠足のしおり』によると、山頂までは休憩を含み2時間かけて登る予定なので、これは楽だと安心していると、登山道に丸太で土留つちどめをした階段が現れた、見上げてみると果てしなく階段が続いて居る。これは大変そうだ。


 「はぁはぁ」と息を切らしながら階段を一段一段登る、丸太の階段は高さも階段幅もまったく揃っておらず、やたらと疲れる。この階段には子供達も嫌気がさしているようで、口数が大幅に減りたまに「まだつづくの?」「もう帰ろう」といった弱音も聞こえてきた。普段使っている建物の階段がいかに上りやすく設計されているのか身にしみて体感する事ができた。



 登りづらい階段をようやく上りきってしばらく進むと、せまい広場に出た。

 先生達は「ここで15分ほど休憩します」と、生徒達を休ませる。


 木々のひらけた空間から、空を見上げると、どんよりと雲が立ちこめている。

 雨具は持ってきているものの、雨が降れば大変な事になるだろう、できれば降って欲しくないものだ。

 スマフォを引っ張り出してみる。こんな山の中でもアンテナが3本立っており、通信状態は問題ない。

 天気予報を見ると『曇り』となってはいるが、山の天気なのでもしかするとひと雨来るかも知れない。


 ついでに地図をみると、全行程のおよそ7割ほどを進んでいるらしい。

 この休憩所の少し先で道は二手に分かれるのだが、後に合流して山頂まで進む。


 ひとつは『男坂』と呼ばれる険しい道。

 もうひとつは『女坂』と呼ばれるなだらかな道。

 どちらの道を進んでもたどり着けるのだが、ここは女坂を進まざる終えないだろう。


 その様な事を考えていたら、生徒から声が上がった。


「『男坂』と『女坂』だって、ここで男女で別れるんだね?」

「本当だ、僕は男だから、『男坂』か」


 分かれ道を示す看板に気がついたようだ。


 美和子先生が、

「この後は、みんなでいっしょに『女坂』を登りますよ」

 さとすのだが、納得がいかないようで、


「なんで?」「おかしいじゃん」

 男の子は不満を述べる。


 そうすると、

「では男坂を見に行くかい? 見に行くだけならOKだよ、どうする?」

 意外にも楠田先生が見に行く事を許可する。


 そうすると、元気な男の子たちは。


「見にいく!」「いこうぜ!」

 と、先生をせかす。


「はいはい、では見に行きたい人は付いてきて下さい」

 そういって楠田先生は子供達を引き連れて男坂の視察へと向かう。


 この『男坂』の惨状はネットの写真で知っていたが、現物を見たくなり私も付いて行く事にした。

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