えいごの授業

 冬の寒さが緩み始めたある日、小学校ではかなり珍しい英語の授業が始まる。

 どうやら文部科学省は将来的に、小学生から英語を教えたいらしい。そして本格導入の前に、うちの小学校で試験的な授業を行う事となったようだ。


 チャイムが鳴り、美和子みわこ先生と共に、外人の女の先生が入ってきた。

 明るいブラウンの髪をしており、目が青く鼻が高い。体格はガッシリとしており、美和子先生と比べると二回りほど大きい。

 都心では外国人を見かけることは珍しくはないが、この田舎で見かけるとこは非常にまれだ。

 見ただけで子供達は何やら興奮している。


「おお」「すげー」「外人だ」


 どよめきが上がり、なかなか静かにならない。

 美和子みわこ先生が制す。

「静かにして下さい、これから英語の先生を紹介します。ではどうぞ」


「ワタシは、メイアーといいマス、よろしくおねがいしマス」


 たどたどしい日本語で自己紹介がなされた。

 私と目が合ったときに少し驚いていたようにも見えたが気のせいかもしれない。

 おそらく話は伝わっているだろう。



「デハ授業にはいりマス、できるだけ英語でしゃべってくだサーイ」


 そう言われると、子供達は身構える。萎縮して何も喋れなくなってしまいそうだ。


「ミナさん、だいじょうぶデス、初めはワタシの言葉を繰り返してくだサイ」


 子供達の緊張を感じ取り、美和子先生がフォローをする。


「皆さん、分りましたか」


 いつもの先生から、定番の投げかけが来たので、子供達は


「はーい」


 いつもの元気な返事が返ってきた。



 メイアー先生の本格的な英語の授業が始まった。

「リピート アフター ミー」

「コレはワタシの後についてくり返してくだサイという意味デス」

「デハ、初めは挨拶から教えましょう」


 そういうと黒板に『hello』という文字を書き出す。

 私は英語は苦手な部類に入るが、さすがにこのレベルなら問題はなさそうだ。


「『ヘェロゥ』 おはようとかコンニチハといった意味デス。皆さんも普段、使いますヨネ?」


「つかうかな?」「言ったことないかも?」

 生徒達がざわつく。ハローぐらいは小学生でもちょくちょく使うが、先生の発音があまりに良すぎて違う単語に聞こえているらしい。


 私が回りに聞こえるように

「『ハロー』ですよ、『ハロー』。皆さんもつかうでしょう?」

 と、日本語のイントネーションで言うと、子供達は


「『ハロー』なら使う」「けっこう使うよ」

 ようやく言葉として理解が繋がったらしい。


「デハ、ワタシの後について繰り返してくだサイ『ヘェロゥ』」


 子供達はくり返す

「ハロー」


「良く聞いてくだサイ 『ヘェロゥ』」


「ヘロウ」


「だいぶ良くなりまシタ、続いてイントネーションに気をつけてみまショウ」


「イントネーションってなんだ?」「なんだろう?」


 美和子先生がふたたびフォローをする。

「音の強弱の事です、どの部分を強く言うかですね」


「ソウデス、皆さんの『ヘェロゥ』は【ヘ】を強調していマス

 タダシイ発音は、『ヘェ【ロ】ゥ』のように【ロ】を強調しマス

 皆さんも言ってみてくだサイ」


「そうなんだ」「【ロ】を強く言えばいいのか」


 そういうと子供達は口をとがらすように「ヘ【ロ】ゥ」と発音をする。


「よくできまシタ!」


 子供達は一つ一つの事につまずいて、スムーズに授業が進まない。

 メイアー先生も小学生相手だと、いつもとは勝手が違い少し戸惑っているようだ。


 もしかしたら小学生に英語はまだ早いのかもしれない。しかしこうやってネイティヴの先生に早くから教えてもらえるのはうらやましい限りである。

 思い返してみれば私が中学の頃の英語の先生は酷かった。発音が違いすぎて、おそらくあの英語は使い物にならないだろう。



「デハ次に移りマス」

 黒板に『I am a student. 』と書き出す。

「『アイ アム』私は

 『ア スチューデント』学生です

 皆さんは学生デスヨネ?」


「そうでーす」

元気の良い返事が返ってきた。


「リピートアフターミー『アイ アム ア スチューデント』」


「あい あむ あ すちゅーでんと」


「ハイ、よろしいです。 この文を実際に使って見まショウ」


 メイアー先生は時間を気にして腕時計をチラッと見る。どうやら授業が遅れ気味のようだ。

「デハそこのあなた。この質問に答えてくだサイ」


 時間短縮の為であろう。私を指名してきた。

 まずは黒板に英文を書き出す。

『Are you a teacher here or a student?』

 これならなら直ぐに分る。日本語に訳せば

『あなたはここの先生ですか、それとも学生ですか?』

 という意味だ。


「デハ背の高いアナタに質問です、この文は分りますか?」


「分ります」


「では答えをドウゾ」


 私は自信満々に答える。

「あいあむ あ スチューデント」


 間髪入れずにメイアー先生から、

「なんでやねん!」

 と、威勢の良い鋭い突っ込みが返ってきた。続いて、

「あかん、話はきいてたんやけど、おもわず素がでてもーた」

 それはそれは流暢な大阪弁が飛び出した。これは予想外の出来事だ。


 私は思わず聞き返す。

「メイアー先生は大阪の方ですか?」


「そや、東京弁は慣れんから、緊張するわ」


「すげー大阪弁だ」「本場の大阪弁だ」

 子供達ははしゃぎ出す、なにやらうれしそうだ。


 しばらくすると、子供達は本場の突っ込みを真似し始める。

「なんでーやねんー」「なん、でや、ねん」


 それを聞いてメイアー先生はただす。

「きみらちゃうで、本場の関西弁は【な】にアクセントおくんやなくて【で】を強調するんや」


「『なん【で】やねん!』 リピートアフターミー」


 子供達はとても元気にその後へと続く 「『なん【で】やねん!』」


「その調子や!」



 こうして子供達は流暢りゅうちょうでネイティヴな大阪弁を覚える事ができた。

 しかしやはり小学生に英語の授業は、まだ早いのかもしれない。

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