卒業式、送辞
日差しがだいぶ暖かくなってきた。農家の庭先では桃の花が咲いている。
3月に入り、我々は卒業式の準備に入る。
卒業式といっても、もちろん5年生のうちのクラスが卒業する訳ではなく、6年生が卒業する。
では5年生は何をやるかと言えば、送辞という大切な作業がある。
送辞の文章は毎年新たに作り直している。使い回せば良いとも思ったが、それでは『生徒の気持ちが伝わらない』という理由でダメらしい。
送辞の文章は、となりの1組とうちのクラスの両方で出し合い、良い方が採用される。
さて、ホームルームの時間、この送辞を誰が書くのか決めなくてはならない。
「どなたか送辞の文章を書いてみたいという人はいますか?」
と、立候補を求めるが誰も手を上げない。
しばらく待っていたが決まりそうも無いので、推薦を募る事となった。
「では、文章の上手そうな人を推薦してみましょう。だれか居ますか?」
するとせいりゅうくんが手を上げて、
「おっさんに書いてもらうのが良いと思います」
なにやら余計な事を言い出す。
「僕もそれが良いと思います」「俺も」「わたしも」
他の生徒達も、二の矢、三の矢を私に向けて放つ。
美和子先生は流石にまずいと思ったのか。
「他にだれか居ませんか?」
と、何度も生徒達に問うのだが、口裏を合わせたように誰も手を上げない。
しかたなくあきらめて、
「では、鈴萱さんで良いと思う人、手を上げて下さい」
そう言うと勢いよく、私以外の手が上がる。
こうして民主主義という名の暴力が振りかざされ、面倒な作業は私へと押しつけられた。
しかし困った。私は文章が苦手だ、しかも秋から入ってきたので6年生とあまり交流がない。
いや、おそらく5年生を春からやっていたとしても、あまり交流は無かっただろう。
中学になれば部活の先輩後輩で、学年ごとのつながりも少しは出てくるのだが、小学生ではそれがない、小学生での学年同士の繋がりはとても希薄だ。
こんな状態では文章は書けないかと思うが、私には秘密兵器とも呼べるアイテムがある、スマフォだ。
まったく何もないところから文章を作り出すのは、とても大変だが。
社会人の時に頻繁に利用していたビジネス文例集のサイトがある。
この文章をそのまま使えば良いだろう。
サイトを見ながら、当てはまりそうな文章のタイトルを探す。
『定年退職のお祝い』おそらくこのあたりが使えそうだ。
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このたび定年を迎え、誠におめでとうございます。
今まで本当にお世話になりました、いままでのご指導、ご
これからも健康に留意され、第二の人生を大いに楽しんで下さい。
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……この文は使えなさそうである。
いや、よく考えよう。すこし文章を変えれば使えるだろう。
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このたび『卒業』を迎え、誠におめでとうございます。
今まで本当にお世話になりました、いままでのご指導、ご功勲に敬意を表します。
これからも健康に留意され、『中学生』の人生を大いに楽しんで下さい。
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すこしギクシャクとした文になってしまったが、なんとか行けそうだ。
ただこのままだと少し短すぎる気がする。
私は他の項目を見て、使えそうな部分を文例集から引っ張ってきてつなぎ合わせた。
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このたびおめでたく卒業を迎え、誠におめでとうございます。
今まで本当にお世話になりました、いままでのご指導、ご功勲に敬意を表します。
6年生の皆様のおかげで、我が小学校は大いに発展する事ができました。
常々なにかとご支援を賜り
これからも健康に留意され、中学生の人生を大いに楽しんで下さい。
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こんなものだろう、多少の違和感は否めないが…… まあしょうがない。
2組の私の文か、1組の代表の文か、どちらが採用されるかは分らないが、相手は小学生なのでこの文でも十分に勝算はあるだろう。
しばらくして、送辞はとなりの1組の方が採用と決まった……
そして卒業式を迎える。
おごそかな式の中、校長先生の挨拶があり、続いて卒業証書授与となる。
いよいよ5年生の出番となった、1組の代表が前に進み出て送辞を送る。
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6年生の皆様、ご卒業おめでとうございます。
いままで本当にお世話になりました。
運動会の時は、準備に余念がありませんでしたね。
何もわからない我々に色々と準備の手ほどきを教えてくれました。
リレー競技の時は、うしろから見えた背中は頼りがいがありました。
球技大会では、我先は手も足も出ないような強さを見せてくれました。
中学になれば、分らない事も多いでしょう、困難な事も多いでしょう。
でも、きっとあなた方なら、きっと乗り越えられると信じております。
まだ、こちらでは桜は咲いておりませんが、
中学校の入学式の頃には、満開で出迎えてくれる事でしょう。
中学生になってもがんばり続けてください。
ご卒業おめでとうございます。
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送辞が読み終わると、6年生から盛大な拍手が起こる。
一部から泣き声のようなものも聞こえてくる。
この送辞は、たいへんに良くできた文章だった。
心に響かせるような表現があり、よくまとまっている。
しかしあまりにまとまりがありすぎれ、小学生にしては上手すぎる。
そこで文章を一節を検索に掛けると、小学校用の文例集のサイトに行き着き、ほぼ同じ内容の文章がそこにはあった。
こんな事なら私も初めからこちらを参考にすればよかった。
文章の作成とは難しいものだ。
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