長い冬休み

 先日、地元の山では初雪が観測された。窓から見える山々にはうっすらと雪化粧をしている。


 そろそろ冬休みに入る。小学生の冬休みは、まるまる2週間という長丁場ながちょうばだ。

 社会人での冬休みは3日か4日程度しかなく、大掃除と実家に顔を出すだけで終わっていたが、これだけ長いとどうやって過ごして良いのか少し悩む。



 ここにきて気になっている事がある、先日に作業をしたパン屋のリフォームの件だ。やはり部屋が暗い、どうにかしてやりたい。


 なにげなく照明を調べていると、北欧の家具屋のサイトが目にとまる。そしてあの部屋に合う照明器具を偶然にも見つけてしまった。

 あの夜景の背景を壊さず、むしろ引き立てるような照明。それでいて1万5千円と控えめなお値段。


 あの部屋に照明を付けるには電気工事士の資格がいるのだが、調べてみると通信教育で3ヶ月ほどで取得できるらしい。

 講座の値段も5~6万円が相場らしく、資格としては比較的安い部類に入る。


 じつはこの資格、社会人に成り立ての頃に取ろうとした事がある、しかし取得は出来なかった。

 試験といえば普通は筆記試験を思い浮かべるだろう。もちろん筆記試験もあるのだが、この資格は実技試験もある。

 実技では問題を出され、回路図を描き、配線を切ったり繋いだりして実物を作るのだが、経験の無い私はコレにつまずいた。日々の業務が忙しく、実技の練習に費やす時間が取れなかったからである。


 当時は「筆記試験だけで実技はしなくとも良いじゃないか」とも考えたが、今はそうは思えない。例えると自動車を運転した事の無いヤツに筆記試験だけで免許を渡してしまうようなものだ、これは怖すぎる。おそらく事故を起こすだろう。


 自動車の免許とは違い、電気工事士でミスをしてもたいした事はなさそうに思えるが、そんな事はない。こちらは下手をすると火事が起こる。だから資格が必要になってくる。


 今はピアノの練習はあるものの時間は余っている。それに長い冬休みもあるので、私は再びこの資格試験を受けることにした。




 しかしこの資格の勉強を勝手に始める訳にはいかない。今の私は小学生という身分であり、なにをするにも再教育課におうかがいを建てなければならない。

 しかし改めて考えると、小学生が電気工事士の免許を取れるのだろうか?

 なんにせよ、確認のは必要なので桐原きりはらさんに連絡を取ることにした。


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 拝啓 桐原さんへ


 電気工事士の資格、通信教育で取得しようと考えています。

 かかる費用は自腹で払うつもりです。


 以上の行動について問題ないかどうか、できるだけ早めに返事を下さい。

 よろしくお願いします。敬具

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 すると翌日の昼休み、電話がかかってくる。


「こちら文部科学省、再教育課の桐原ですが、鈴萱すずがやさんでしょうか」


「はい、鈴萱です」


「先日のメールを見ました、電気工事士の資格所得の件ですがOKです、ただ省庁が違うので確認の為、すこしお時間をください」


「資格なので文部科学省と思ったのですが、違うのですね。厚生労働省あたりですかね?」


「経済産業省の管轄ですね、確認が取れ次第、こちらで色々と手配をしましょうか?」


「よろしくお願いします」


「経費の事なのですが、一部の教材はこちらから出る事になりました。

 しかし試験費用などはご自分で負担をお願いします。

 また1万円以上の費用がかかる場合はこちらから事前に連絡をしますので、確認をお願いします」


「了解しました」


「では教本や問題集などの書籍は本日中に発送するので、よろしくお願いします」


 そう言うと電話は切れた。

 個人的にコツコツと地道に勉強をして「運が良ければ資格が取れればいい」くらいに軽く考えていたのだが、 なにやら大事になってしまったかもしれない。これは本腰を入れて勉強をしなければいけないかもしれない。



 翌日、教本や問題集が速達で届く。さっそく包装を解いて基本的な学習から取りかかる。

 問題には電気工事に使う、特殊な器具の名前が数多く出てくる。

 社会人に成り立てのころはコレらが何を指しているのかサッパリと分らなかったが、現場監督を長年やってきたので、おおよその機能と値段の察しが付くようになっていた。

 ……まあ、値段は試験とは関係ないのだが。


 回路図などは意外と早く覚えられた。昔勉強したのが幸いしたのか、現場監督で配線板などをチェックしたのが幸いしたのかは分らない。ただ、教本を読むと「あの時、電気工事士の職人はこんな事をやっていたんだな」と頭の中で理解できるのが楽しくなってきて、勉強は思いのほかはかどった。


 こうして座学ざがくの方は滞りなく学習が出来たのだが、実技の練習の方はサッパリである。

 このままだと、技術の試験には確実に落ちそうだ。




 冬休みに入る三日前の昼休み、桐原さんから電話がかかってくる。


「こちら再教育課の桐原ですが、鈴萱さんですか」


「はい、こちら鈴萱です」


「電気工事士の資格所得の件ですが、冬休みにセミナーのような講義を受講する気はあるでしょうか?」


「それは実技の練習もありますかね?」


「ええ、むしろ実技試験の為の講義なので、お役に立つかと思います」


「是非、お願いします。費用はどのくらいかかりますか?」


「費用はかかりません、では申し込んでおきますね、詳細は後日連絡をします」


 そう言い残すと電話は切れた。


 どうやら冬休み中に、ちょうどいい講座があるらしい。再教育課もなかなか良い仕事をする。

 しかし、費用がかからないと言ったな、どういう事だろうか?

 まあ、安いに越したことはない。



 そして冬休みに入る。



 一般の小学生は休みだ。

 だが私は冬休みの初日から、電気工事士の講座を受講をする。

 再教育課から送られてきたメールによると「住所はXX、朝8時に作業着で集合」との事なので指示通りの場所へ向かう。


 学校などの建物だとおもっていたのだが、そこは外装工事がほぼ終わった工事現場だった。

 スマフォの地図と送られてきた住所と確認するが、ここで間違いないようだ。


 入り口で作業着で立ち尽くしていたら、おそらく現場監督と見られる人から声をかけられた。


「あなたが鈴萱さんです?」


「はい、そうですが」


「いや、年末のこの時期、人手が足りないからね、助かりますわ」


「ええと、私は文部科学省の方から電気工事士の講義という事できたのですが」


「大丈夫です、配線とか教えながらヤルんで。やはり覚えるのに手っ取り早いのは実践でしょう」


 まあ、たしかに実地訓練のほうが身につくが……


「日当は8千円でるんで、あと残業代もでるから安心して下さいな」


「はぁ、素人ですがよろしくお願いします」


「では早速、簡単な作業から入りますか」


 こうして私の電気工事士の習い事が始まった。習い事というより労働だったが。

 作業の内容も『習うより慣れろ』といったぶっつけ本番の作業が続く。

 この特訓は朝の8時から、夜8時までみっちりと。1月1日をのぞいた冬休みの期間、ずっと続いた。


 このバイトは、私以外にも専門学校の生徒がいたのだが、参加した事にだいぶ後悔していたようだ。

 大晦日の残業のときの泣きそうな顔が印象に残っている。



 こうして私の冬休みは臨時収入に置き換わった。

 しかし正月くらいはゆっくりと過ごしたいものである。




 なお、後日受けた電気工事士の試験は驚くほど簡単だった。

 実技では、設定された時間の半分ほどで出来るような、ごくごく簡単な課題しか出なかった。

 周りはなぜだか苦戦をしていたようだが、理由がまるで分らない?


 ともあれ私は電気工事士の免許を手に入れる事ができた。

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