パンやの娘さん 5

 ガレージをイートインスペースに変えるというリフォームは終わったのだが、明るい色の壁紙は売り切れていて、暗いダークブルーの壁紙を貼り付ける事となる。ただでさえ暗い室内は、余計に暗く寂しく見えてしまう。


 そこで、のりとくんに絵を描いてもらう事になった。はたして彼はどんな絵を描くのだろう。



 週末の土曜日の午後、のりとくんと私はパン屋のガレージに居る。これから壁に絵を描く為だ。

 絵の具の代わりに水性のペンキを使う。

 のりとくんは初めての画材に手こずっていたが、すぐに慣れたようで、のびのびと筆を運び始めた。


 描いているのは、町の風景。ただし建物は腰の下くらいの高さまでしか描かない。

 それは、空白を残し上半分は夜空と見立てる為だ。


 何もなかった暗い夜の空に、次々と建物がはえてくる。


 こうして殺風景さっぷうけいな風景は、少しだけ賑わいを見せるようになった。

 だがこれで完成ではない、ここからはクラスのみんなの協力が必要となる。




 月曜になり、いつも通りに授業が進み、終る、そしてホームルームの時間となる。

 いつもならホームルームはすぐに終わるのだが、今日はゆめちゃんから告知がある。


 「うちのパン屋でイートインスペースが出来ました。でもまだ完成はしてません。

 できれば今日の放課後、来られる人は協力して下さい。待ってます」


 男の子が質問をする。

「お前のうちに行けばいいの?」


「うん、午後5時に来て」


「わかった」「おれは塾だから行けないや」「私は行けるからいくね」

 クラスのみんながバラバラに返事を返した。


 騒がしい教室が少しおとなしくなって来た頃を見計らい、美和子先生が別れの挨拶をする。

「では、本日の授業はここまでです、皆さんさようなら」


「先生、さようなら」




 午後5時になり、私を含めたクラスメイト達がパン屋の前に集合する。

 その日、パン屋は定休日なのだが、厨房からは香ばしいパンの匂いがただよってきた。


 時間がくると、ゆめちゃんと、そのお兄さんの男の子が両手に荷物をもって出てくる。

 それは丸や四角や星形の蛍光シールで、集まった子供達に配り始めた。

 これから夜空に見立てたガレージの壁に、これらを星に見立てて貼ってもらうという趣向だ。


 シールを手にした子供達は、はしゃぎながら、さわぎながら、たのしそうに貼る。

 暗いガレージに星が、ひとつ、またひとつと増えていった。


 これなら暗い室内でも、雰囲気が良くなるだろう。


 私は遠目から眺めていたのだが、子供から声を掛けられる。

「おっちゃん、あそこにシール貼って」

 指が示している場所は高く、子供には届かない。しょうがないので私が変わりに貼る事になった。


「ここらへんかな?」


「いや、もっと右」


「ここらへん?」


「もうすこし上、そう、そこでいい」


 こうして、この空間に私も一つだけ、記念を残すことができた……


「おじさん、こんどは私ね」「その後は僕ね」「おれもおれも」


 訂正する、一つなどという数字ではなかった、このあと43個も星を貼らされた。これなら子供達に協力をあおがず私が適当に貼っていった方が早かったかもしれない。



 小一時間ほどが経ち、シールを一通り貼り終えて解散となるのだが、子供達にお礼の品が配られる、焼きたてのパンだ。これはじつは宣伝も兼ねている。

 この町にパン屋は一つだけだが、スーパーやコンビニで出来合いのパンで済ませている人も居る。そういった層にたいしてのアピールもコレは兼ねている。温かいできたてのパンの味は格別だろう。ゆめちゃんのお父さんは、なかなか抜け目が無い。




 数日後……


 ゆめちゃんの家にパンを買いに行く。ガレージのイートインスペースをオープンして以来。小学生、中学生がパンを買うとおまけで蛍光シールがもらえる様になった。

 その蛍光シールは持って帰って自宅の壁に貼ってもよいし、パン屋のイートインスペースの壁に貼ってもよい。

 このシール目当てに少しだけ売り上げが増えたらしい。


 ちなみにこのアイデアはのりとくんが提案してくれた。

 芸術面だけではなく、なかなか商売っ気もあると思う。



 無論むろん、小学生である私もシールがもらえる。

 私は背の高さを誇示こじするように、常に高い位置に張るように心がけている。

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