少年(?)野球 1

 日曜の朝、いつもなら昼過ぎあたりまで寝ているところだが今日は約束がある。

 少年野球の練習試合に出かけなければならない。


 とはいえ、試合に参加はできないだろう。その理由はもちろん37歳という年齢だ。

 私が小学生に混じって試合するなどということは不可能だろう。



 ジャージに着替えスニーカーを履き、近くのグラウンドまで散歩がてら向かう。

 試合に出なくて良いので気楽なものである。


 グラウンドにたどり着くと、既にウォーミングアップをかねた練習がはじまっていた。

 相手のチームも既に到着していて、おなじく練習を始めている。そのユニフォームには見覚えがあった。

 屈指の強豪チームで、よく新聞の地方欄に載っているのを見かける。県内の大会ではかならずベスト4に食い込んでくるような有名なチームだった。


「コレは分が悪いな」


 相手チームの練習をみているとすぐにわかる。守備が形として完成されていて、動きにあまり無駄がない。その様子は少なくとも小学生には見えなかった。中学生の連中と試合をしてもさして問題は無いだろう。

 一方うちのチームは小学生らしく、ボールを取りこぼしたり、あせって変な位置に送球したりと、初歩的なミスを頻繁にくり返していた。



 とりあえず監督の木藤きどうさんのもとへと行く。


「おはようございます、監督」


「おはよう、鈴萱すずがやさん」


「また、相手はすごいチームですな」


「そうです、子供の前では言えませんが、うちに勝ち目はありません」


「そのようですね……」


「ところであなたの試合について参加できるどうか、教育委員会に問い合わせたところ、少し困った答えが返ってきました」


「どのような答えでした?」


「過去にあった出来事なのですが、大ケガをしてしまった子供がいまして、その子は親の意向もあって小学校を留年したそうです」


「ほう」


「その子は野球をやっており、リトルリーグに所属していたそうです。

それで、『怪我を負ってしまった事でチームに参加できなくなるのは無慈悲でなないか、それに練習はリハビリにも繋がる』という話になり、

『年齢制限はあえてしない方針にした』との回答でした」


「なるほど、でもその例だと1年くらい、おおくて2年くらいですよね?」


「そうです、あなたにも適用して試合に出して良い物やら、悩みどころですな」


「私の方では、文部科学省の担当の方にこのようなメールを投げてみました」

そういって携帯を監督に見せる。


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確認のお願い


○月×日


地元のXXという小学生だけのリトルリーグに誘われたのですが、年齢的な制限などで私は試合に出られませんよね。

念のため確認をお願いします。もし参加できるようならご一報を下さい。

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「返事ですが、まだ返ってきてません」

 確認がまだ取れていない事を告げる。

 監督も余計なトラブルに巻き込まれたくないようで、


「まあ、それなら今回は様子見という事にしますかね、いいですか?」


「そうしますか」


 こうして大人の話し合いで『先送り』という当たりさわりの無い回答がでた。

 まあ、普通の大人だったらこの無難な答にたどり着くだろう。



 となりでは、小学生たちが声を張って熱心に練習している。

 秋の空は澄み切っていて、スポーツ観戦にはもってこいだろう。本来ならタバコのひとつでも吸いたいところだが、実家の敷地以外では禁止されていることが悔やまれる。


 ほどよい、すこやかな風と日の光を味わっていたら、キキッと控えめの車のブレーキ音がした。

 思わず音がなった方を見てみると、河原のグラウンドには似つかわしくない黒塗りのハイヤーが止まっており、中から人がでてくる。


 車から降りてきた人物は、あたりを見渡すと真っ直ぐとこちらへ向かってきた。

 なにやら見覚えのある人影だ、その人は文部科学省の再教育課に所属する桐原きりはらさんだった。

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