土曜日の昼下がり

 午前中の授業が終り、土曜日の短い拘束時間が終了する。

 するとせいりゅうくんが近寄って声を掛けてきた。


「おっさん、昨日の昼休みの時の約束覚えてる?」


「ああ覚えてるよ、たしか河原の市民グラウンドに午後1時に来てくれだったっけ」


「うん、カケルとかも来るから」


「カケルさんとはどなたです?」


「昼休みにいっしょに遊んだでしょ、野球帽をかぶってた子だよ」


「あの少年ですか、わかりました」


「あと、動きやすいかっこうでお願いね」


「了解しました」



 実家に戻って手早く昼を食べる、そして出かける準備をするが、


「動きやすいかっこうか……」


 どうしたものだろう、着ていく服が作業着か部屋着に使っているジャージくらいしかない。

 運動場に作業着を着ていく訳にはいかないだろうから、残された選択肢はジャージに絞られる。

 この格好は変に思われるかもしれないが、よくよく考えてみれば、私の格好を気にとめるヤツもいないだろう。

 それに近所のグラウンドへ軽めの運動をするのだから、これはこれでもいいのかもしれない。


 ヨレヨレのくたびれたジャージを着て外に出かける事となった。しかしこうして羞恥心が徐々に無くなっていき、身も心も少しずつおっさんになっていくのかもしれない。




 グラウンドに向かって歩く途中に考える。

 何をするのだろうか? たいしたこと無さそうなのであえて内容は聞かなかったが、とりあえず運動なのは間違いなさそうだ。

 昼休みにやっていたプラスチックのバットとビニールのボールでの草野球をやるんだろうか?

 もしくはサッカーなどの違った球技かもしれない。授業で行うドッチボールの練習という線もある。

 他に考えられる事は…… 何かの審判が足りないとかだろうか?

 遊びの中で審判とはハズレ役でつまらないものだが、楽そうなので私はべつにその役回りでも構わない。



 考えながら歩いているとあっという間に市民グランドに着いた。


 うちの市では川沿いの土地を少しだけ整備してグラウンドとして解放している。

 田舎なので土地が余っているのらしく、サッカー広場と野球広場とテニスコート広場とゲートボール広場がそれぞれ別にあり、なにやらとても広い。

 この広大な土地は、グラウンド以外に使い道の無いのかもしれない。なぜなら大型の台風とかが来た時、確率でいえば5年に一度くらいだろうか。あたり一体が水浸しになるので、ほかの利用方法もあまり考えられないのだろう。


 グラウンドは川沿いの低い位置にあり、土手の上の道からは辺りを一望できる。見渡すと既にせいりゅうくんとカケルくんは正装に身を包んで練習をしていた。

 正装といってもスーツではない、野球のユニフォームである。それはそのまま公式試合に出てもおかしくない格好だった。

 他にもユニホームに身を包んだ子供達が熱心に練習をしている。

 さてこの中にジャージ姿の私が入っていっても良いものだろうか?



 とりあえず二人に近づいてみると、どうやらこちらに気がついたようだ、手を振ってくる。


「ここであってますか?」


 カケルくんが返事をする。

「あっているよ、会わせたいひとがいるんだ」


 そう言うと手をつかみ、ぐいぐいと引っ張っていく。

 その先にはカケルくんたちと同じユニフォームに袖を通した、唯一の大人の男性がいた。


 その男性は、年齢は60近くだろうか、やや日に焼けた肌色をしていた。

 おそらく定年退職後の趣味だろう、子供達につきあって野球を教えているらしい。

 私をみて少し驚いたようだが、しっかりと私の目をみて右手を差し出し挨拶をしてきた。


「監督の木藤きどうです、よろしく」


こちらも右手をさしだし、握手をする。


鈴萱 良介すずがや りょうすけと申します、よろしくお願いします」


 カケルくんが横から口をはさむ。

「こいつの投げる球はすごいんだぜ」


 せいりゅうくんがその話題に乗っかった。

「うちのチームの秘密兵器になるよ」


 監督は子供達からの催促に、ややあきれた顔をして、

「とりあえず、ピッチングを見せてもらえます?」

 と言ってきた。


「わかりました、投げてみます」


 私はピッチャーマウンドに立ち、すこし肩慣らしをしてから久しぶりに全力で投げ込んでみた。

 硬球のボールはズバンと音を威勢の良い音をたててキャッチャーミットに収まる。

 そのスピードはおそらく小学生が打つのは難しいだろう。


 こうして少しばかりピッチングを披露したら、監督によばれた。


「昔、野球をされてました?」


「ええ、高校時代に少々、ただ2軍でしたけど」


「いやいや、なかなか凄いピッチングでした、しかし問題があって……」


「ええ、わかります、このチームは小学生だけのリトルリーグですよね」


「そのとおりです」


「私が役にたちそうな事と言えば、練習専門のバッティングピッチャーくらいですかね」


「おお、是非ともお願いします。

うちのチームはお金がなくて、ピッチングマシンを買う予算がないので、引き受けてくれるとたすかりますわ」


 カケルくんが、怪訝けげんな表情を浮かべて、話に割り込んでくる。

「このおっさんは、これでも小学生なんだぜ、試合にだぞうよ」


 監督は唸りながら、

「うーむ、いや、でもな、いいのかこれは?」


 せいりゅうくんが横やりを入れてくる

「ほら、ルールブックをみてよ、小学生としか書いてないよ」


 見ると確かに、小学生とだけしか書いてない。

 たしかに私は身分上は小学生なのだが、これはおそらくダメだろう。

 だが、子供たちは聞き分けがない。


 カケルくんが

「いいじゃん、だそうよ、ね、だそう」

 と駄々をこね始める。


 せいりゅうくんが、

「あした練習試合じゃない、練習だったらいいでしょ?」

 と食い下がる。


 監督は説き伏せられたのか、はたまた面倒になったのか分らないが、

「まあ、たしかに練習試合だったら、いいのかもしれないな。

よし、じゃあ、ちょっとだけ教育委員会の方へ確認をとってみよう」


 と折れてしまった。おそらく子供達の相手が面倒になったものだと思われる。

 しかし監督は上手い逃げ方をした、責任を教育委員会の方へと押しつけている。ひとつ私も監督を見習って、責任を役人に押しつけてしまおう。


「私も文部科学省の担当の者に確認をとってみますよ、おそらくダメだと思いますが……」


 すると監督も話を合わせてくれる。

「わたしもそう思うが、念のため確認をしましょう。出られなくてもルールなので仕方ないですな」

 と、多少強引だが責任転換するような形で無難に話しをとりまとめた。


 子供達はあからさまに不満な顔をしていたが、抗議しようにも抗議をする相手がいないのでどうしようもない。

 うまいこと煙に巻くことができた。


 ふてくだれている子供達の前で、文部科学省の再教育係へメールを打ち込む。


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確認のお願い


○月×日


地元のXXという小学生だけのリトルリーグに誘われたのですが、

年齢的な制限などで私は試合に出られませんよね?


念のため確認をお願いします。もし参加できるようならご一報を下さい。

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 こんなものだろう、こうしておけばたとえ返事が来なくても参加は出来ない。

 今日は土曜日なので役所は休みのはず、返事は月曜までは返ってこないだろう。

 少々ずる賢いようだが、これも大人の知恵というやつだ。



 その後、わたしは少しばかり練習相手としてバッティングピッチャーを努めた。

 小学生を相手に軽めに投げ込んでみる。するとおもしろいようにストライクが取れた。

 しかし初めのうちはかすりもしなかった子供達だったが、後半にさしかかると、目がなれて来たのか、疲れで私の急速が衰えたのか分らないが、なんとかバットにかすめられるくらいに成長を遂げていた。

 このまま成長を続けていけば、もしかしたらかなり強いチームになるかもしれない。



 帰り際に監督から呼び止められた。

 近寄ると両脇にはカケルくんとせいりゅうくんが監督を監視をするようにぴったりとくっついていた。

「試合にだせるかどうかまったくわからないが、明日練習試合があるので、ここに10時にきてもらえるかな?」

 その様子から察すると、どうやら子供たちに言わされているようだ。


「わかりました、でれるかどうかわかりませんが、明日も来ますね」


 そう返事をすると、両脇にいる子供達がニマッと笑う。


 とりあえず参加を受ける事にした、もし断れば子供達に駄々をこねられて面倒なことになるだろう。監督は下手をすると信頼を失うことになるかもしれない。

 子供達と本気で付き合うのも何かと楽ではなさそうだ。

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