背の高い転入生 4

 校長先生につれられて5年2組の教室の前にいる。

 この場所が今日から私の通う教室になるらしい。


「ここですよ」


 そういうと、校長先生がドアを開ける。


 教室に入ると、どこか古くさくて懐かしい感じがする。部屋の構造はおそらく昔から変わっていない。

 先生と生徒達の視線がこちらに向けられた。


 子供達がさわがしくなる。

「ほんとうにおっさんだ」

「でけぇ」

 ここでも私の事はすでに伝わっているようで、素直な感想の声がきこえてくる。


 喧噪けんそうの中を校長先生が進み出て、担任となる教師を紹介してくれる。


「こちら昼の会議で話をした転校生の鈴萱すずがやさん、

こちら担任の桜屋 美和子さくらや みわこ先生です」


「よろしくお願いします」

 美和子先生が挨拶をしてくれた。


 すこし小柄で優しそうな女性の先生だ、まだ若く見える。すこし年齢が気になるが女性に年齢を聞くなどといった失礼な行為は私にはできない。


「こちらこそ、ご迷惑を掛けると思いますがよろしくお願いします」


 すると子供達の方から声が上がる。

「なにもしてないのにあやまってる、へんなのー」


 大人どうしではありきたりの挨拶なのだが、子供たちには少し珍しいやりとりに写ったらしい。

 あまりよくない流れだと思ったのだろうか、担任の美和子先生がすかさずフォローをいれる。


「ごくごく普通のあいさつですよ、みなさんも大人になればこういった挨拶をするようになります」


 子供達がざわつく。

「ほんとうかな?」

「でも親戚のおばさんが来たときには、お母さんあんな感じだよ」

「そういえばそうかも」

 そういった声が上がる。


 校長先生が子供達を落ち着かせるようにゆっくりと話しかける。


「はいみなさん、なかよくおねがいしますね。それでは美和子先生あとはよろしくお願いします」


 美和子先生に主導権をたくすと、校長先生は教室から退出していった。


「はい、ではまずは自己紹介ですね、お名前を黒板に書いて下さい」


 授業中の黒板にはすでに文字が書かれており、その内容から察するとどうやら国語の授業だったらしい。

 チョークを渡され黒板の余白に名前を大きく書く。


 鈴萱 良介すずがや りょうすけ


 名前を書き終わるかどうかのタイミングで美和子先生が次の指針をしてくれる。


「では自己紹介と挨拶をおねがいします」


 挨拶ときた、まるで考えていなかった。

 子供向けの挨拶などとっさにはでてこない、しかし何かしらしゃべらなければならない。


「え~、前職は建築会社に勤務していた鈴萱 良介と申します、色々とご迷惑をおかけすると思います。

至らない点も多々あると思いますががんばりたいと思っていますので、どうかひとつよろしくお願いします」


 とっさに出てきたのは、工事現場が変わるたびにいつもしている無難な挨拶であった。

 ところが挨拶をし終わると、子供達はシーンと静まり返ってしまう。


 静寂の中からぽつりと声が出る。

「『いたらない』ってなに?」


 ああ、そうか、子供にはわからないのか。

「至らない、つまり至るに届かない、ええと、完成されていない不完全なモノという感じかな

まだ不完全なので、がんばってそれを完成させていきたいと思っているっていう事です」


「ふーん」とか「へーえ」とかいう声が聞こえてきた。

 上手く説明できたのだろうか、変な汗をかいてしまった。



「では、すこし質問タイムにしましょう」


 私が口下手くちべただと思ったのか、転入生に対してのいつも通りの流れなのかは分らないが、美和子先生が発言件を子供達にゆだねた。

 すると一斉に手があがった。

 まあ、こんな転入生など見かけたら質問せずにはいられないだろう。


 先生が適当に一人の生徒を指さす。


 すると元気な声で、「おじさん、いくつなの?」


「37歳です」


「うちのお父さんより年上だ」


 そうか、君らのお父さんより年上か……

 しかし次の質問は思わぬほうに矛先ほこさきを向けた。


「先生はいくつだっけ」


「えっ、私は28ですね」


 照れくさそうに美和子先生が答える。女性に年齢を聞くことはタブーだが小学生にその理屈は通じない。

 先生は28歳とかなり年下だった、年上の部下をもった上司といった感じで、これだけ年が離れていると先生としてはちょっとやりにくいだろう。



 子供たちから次々と質問が飛んでくる。


「身長は?」


「179cmです」



「建築会社ってなにをするの」


「ビルを建てたり、直したりします」



「どこに住んでるの?」


「こちらに引っ越してくる予定ですが、それまで私はどこどこに住んでおりました」


 ここでどっと笑いが起きた、なにかおかしな事をいっただろうか?


「『私』だってへんなの」

「おとこなのに、おんなみたい」

「女子みたい」


 確かにいわれれば、小学生のときは『私』というのは女子くらいのものだった。

 教室がざわついていて、いつまでも静かにならない様子を見て、先生がさとすように言う。


「でもみなさん聞いて下さい、社会にでれば男性でもほとんど『私』というようになりますよ」


「ほんとうかな」

「そういやお父さんも電話では『私』っていってたよ」


 だいぶ静かになったが、まだ話し声が聞こえてきた、しかしそれをさえぎって先生が授業を仕切る。


「もうこんな時間ですね、最後にいつもの小テストをします」


「はーい、わかりました」



 いきなり小テストをする事になるらしい、でも小学生のテストくらいは訳はないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る