背の高い転入生 3

 校門を通り抜け校舎の中へと入る。ずらりと並んだ下駄箱のそばにあるスリッパ置き場から、一つ拝借をして廊下に進んだ。

 周囲を見渡すと建物は古くさく、昔から変わっていないように感じるがすこしだけ違和感を感じた。


「こんなにも小さかったのだろうか?」


 下駄箱のある玄関は、当時はもっと大きなホールのような空間だと認識していたが、今いる場所はそんなことはなく、一般的な部屋より多少は広いものの特別な広さと高さは持ち合わせていない。

 私がでかくなっただけかもしれないが、それだけで学校の印象がこうも変わるとは思ってもみなかった。



 入ってすぐの部屋には職員室という表札がかかげてある、この場所は昔から変わっていない。意外と覚えているものだ。


 職員室の引き戸の取っ手をとり、開けると「カラカラ」と年代物の懐かしい音がした。

 いまは授業中だろうか、本来は教師で賑わうはずの職員室はがらんとした空の机が並んでおり、数名の先生方とみられる人々がおられる。

 教師の机はちらかっているものが多く、なかには今時珍しい灰皿が机の上にある、どうやらこの場所で喫煙していいらしい、うらやましい限りである。


 だれに声をかけようか。とりあえず目に入った方の中から、いちばん年配の身なりのしっかしとした方に声をかけてみる。


「あの、文部科学省の再教育課というところから、紹介されたのですが……」


「ああ、話はきいております、再生教育法のプロジェクト参加者ですよね。

私はここの校長を務めている山沢やまざわと申します」


鈴萱 良介すずがや りょうすけと申します、ご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」


 ここも説明が通っているので助かった、私からでは正直なんと説明していいのか想像できない。



 校長先生が奥の机に行くと、書類を持ってきた。


「ちょっとだけ、書類の記述をいいでしょうか」


 書類には転入届とあった。こうして書面として出されると改めてここに通うという実感がわいてくる。

 一通り書類に記述すると、校長先生に手渡す。


「これでよろしいでしょうか」


 校長先生はさっと目を通すと


「はい、大丈夫のようです」


 そう言うと、コンビニ袋にはいった複数の本を渡してもらえる。

 大人の私にはたいした事はないが、それはずしりと重かった。


「こちら教科書になります、そのほかにも必要なモノがありますが、そちらはこのプリントに書いてあります

なるべく早めに用意してください」


「はい、わかりました」


 プリントにはノート、鉛筆の他に上履きとか書道の道具などが記載されている。


「それでは教室の方へ移動しましょう、5年2組になります。私の後に付いてきて下さい」


「はい」



 校長先生と共に廊下を進んでいく、授業をしている風景が目にはいると学校という建物に入っていう認識がわいてくる。

 社会人になると学校という建物に近づく機会はなくなる、こういった光景を目にするのはいつぶりだろう、高校以来だろうか? 大学の授業もあったがあの光景とは少し違う気がする。


 校長先生の口が開いた。


「ところで、なぜこのプロジェクトに参加することにしたんですか?」


 困った質問が投げかけられた、どう答えていいものやら。

 まあ、無理によそおう必要もなさそうなので正直に答えよう。


「上司が応募して受かってしまったような形ですかね。じつはこのプロジェクトの事を知ったのは今日のことなので……」


「私も今日初めて知りましたよ、担当の方たしか桐原さんでしたっけ、なにやら張り切っていましたね」


「そうなんですか?」


「ええ、どうやらこのプロジェクトを是非とも成功させたいようです。意気込みを感じましたね」


「そうですか」


 私はあまり意気込みを感じなかったのだが……

 彼女にはきちんと事細ことこまかに説明をして欲しかった。しかし思い返せば説明を端折はしおってもらうように頼んだのは私だったな、こうなったのは自業自得かもしれない。



 廊下の途中、若いジャージ姿の男性教師と出会う。


「校長先生、お疲れ様です」


「お疲れ様、こちらお昼に話した例のプロジェクトの参加者で鈴萱さんだ」


「体育を受け持っている楠田くすだと申します、これからよろしくお願いします」


「こちらこそお願いします」


「では、失礼します」


 そう言うと颯爽さっそうと消えていった。

 おっさんならではの感想が口からでた。


「若いですね」


「ええ、まだ24歳だそうですよ」


「うらやましいですね」


「そうですね、うらやましいかぎりです。うちの教師陣はどちらかというと年配の方が多いので、彼がいて助かっています」


「たしかに、年をとると色々と辛くなってきますね」


「私からすると見ればあなたはまだまだ若いですよ」


「ははは…… お世辞でもありがたいです」


 校長先生と何気ない話をしていると、もう4年生の場所まできている。

 目的の5年2組まではあと少しというところ、廊下から授業中の風景を見てふと思う。


 しかし私はこの中でやっていけるのだろうか?


 学校という閉鎖空間のなかでは異質な存在は嫌われる、私という存在は異質そのものでいじめの対象となってもおかしくない。

 さすがに体格差があるので、殴られたり蹴られたりといった事はないだろうが、無視されたり、机にいたずら書きをされることぐらいは覚悟しておかないといけないだろう。



 校長先生が立ち止まる。


「ここですよ」


 5年2組の教室のドアはカラカラと音を立てて開く。

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