タイムリープは始まらない 2

 突然の電話で呼び出されて、文部科学省へとおもむく事になった。



 文部科学省に行くために霞ヶ関という駅で降りる、この街は日本の政治の中枢をになう場所で、それにともない各省庁の建物もここに集中している。新聞やニュースなどでよく聞く名前だが、私は生まれてはじめてこの駅で降りた。


 駅から外に出ると、効率のよい同じ形のビルがつづいてならんでいる。

 しかしどうも無機質で殺風景な場所だ、なんというか遊びがない。

 こうも同じような無愛想ぶあいそうなビルが続いて居ると、派遣先のちょっといびつな風変わりなビルも個性があって悪くない気がしてくる。


 しかしどういうわけか、その派遣先の会社を首になりそうな事態になっているわけだが……

 たしか『教育再生法きょういくさいせいほう』とかいうプロジェクトがどうのこうのと言っていた。すでに私の参加が決定された事のような口ぶりだったが、これから断ることができるのだろうか?

 課長は『正社員の席を空けて待っている』と言っていたから、さっさとこのプロジェクトを受けてしまって、正社員として採用されるのも悪くないのかもしれない。



 スマフォの地図をみながら、文部科学省の建物へと向かう。するとそんなに歩かず目的のビルに到着した。

 国の省庁なので馬鹿でかい高層ビルを想像していたのだが、思ったよりはこじんまりとした普通のビルだった。でもその建物は良い建材けんざいが使われていて金がかかっていることがわかる。職業柄こういった事が気になってしまう。

 

 落ち着いた深い黒色の御影石みかげいしを使用した玄関を抜け、ロビーに入りあたりを見回す。正面の壁にはでかい案内図が掲示してあり、その中で『再教育課さいきょういくか』という文字を探すが、そんなものは見当たらない。

 仕方ないので受付の女性に話を聞いてみる。


「すいません、文部科学省の再教育課はどちらにありますか?」


「『再教育課』ですか、そちらは別庁舎となっております、地図を用意しますので少々お待ち下さい」


 『別庁舎』との回答が来たこれは想定外だ。この建物の一室に入れば済むことなのに何か別にする必要性があるんだろうか?


 いままでは会社が首になるかならないかで精一杯で、余計な事を考えている余裕はなかったが、そもそも再教育課とはなんなのだろうか? 普段はなにを行っている部署なのだろう?

 まあ、受付の人なら何かしら知っているので聞いてみよう。


「ところで、教育再生法の対象者とやらに私が選ばれたらしいんですが、どういったものだかご存じですか?」


「概要くらいしかしらないのですが、小学生あたりから教育をやり直すとか、そういった話だったと思います」


「小学生ですか?」


「ええ、でも詳しい話は分らないので、詳細は現場の職員に聞いて下さい」


「はぁ、わかりました」


 受付の人が地図をくれた、目的の場所はここからは少し離れていて、霞ヶ関というよりとなりにある新橋駅に近い。

 はじめからこの場所を教えてくれれば良いものを。まったく役人というのは思慮しりょが欠けているとしか言いようがない。


 受付の人に軽く別れの挨拶をして、渡された地図の場所へと向かう、おそらく徒歩で15分程度はかかるだろう。



 歩いている途中、これからどうなるのか気になってしょうがない。


 小学生からやり直すとは、どうするんだろうか?

 こういう場合は小説や漫画だと知識と記憶はそのままに、意識だけが小学生に戻ったりする。タイムリープというやつだ。しかしはたしてそんなことが可能なのだろうか?

 非現実的に思える。しかし相手は国家で、わざわざ別の場所にきょを構えている。

 もしかしたら、なにかしらすごい研究をする秘密の機関で、その発明は既にに実用化レベルに達していて、この『教育再生法』とやらを実行に踏み切る事になったのではなかろうか。


 すこし話が飛躍しすぎているな、でも相手は教育と科学をつかさどる国家機関だ、何が出てくるかわからない。


 あと考えられそうな事は…… すこしだけ現実的になろう。

 ある国民的なマンガに出てくる『薬を飲まされると体が縮み、体は子供、頭脳は大人の名探偵』というやつだ。

 いや名探偵にはなれやしないだろうが、とりあえず見た目と体は小学生になれるような薬のようなものがあるかもしれない。



 さまざまな憶測を建てようとするが、どれも夢物語ゆめものがたりの域を出てこない。


 あれやこれやと考えていると地図の場所に到着した。

 広大な研究施設を想像していたのだが、それはくたびれたちいさな雑居ビルで、地図の住所はそのビルのワンフロアをしめしていた。


「こんな小さな場所なのか、いや上のビルはダミーで地下にすごい施設があるのかもしれない」


 妙な期待を抱きつつ、私は小さなビルの中に入っていく。

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