第5章 ふたつ星の誕生(8)

 喜ばしい知らせだが、雪也とカケルは驚きを隠せず、その内容を二度も確認してしまった。

「ええ、私もこの目で見ましたもの。元気な男の子が二人ですよ!」

 エナは双子の母親になったのだった。

 それからというもの、村中が大騒ぎになり、祭りが始まるのではないかというくらいに皆が祝いの準備に取り掛かった。

 巫女が双子を授かった――。

 ただ一人でさえ、子を産むことは難儀で奇跡的なのに、二つの新しい命をこの世にもたらした女は、特別な存在である。しかも、巫女である。やはりエナは精霊から絶大な守りを得ているらしい。勇士と巫女が沢霧に現れ、危機を救うという伝説は本物だった。村人たちはそう信じた。

 さらにその数日後、別の村の若い娘が双子を産んだという奇跡によって、エナは畏怖の眼差しを集めることになった。

「良かったな、カケル。もっと賑やかになるといいな」

「ああ、本当にエナのお蔭だよ。生まれた赤ん坊たちも元気で……」

 そこまで言ったカケルは、複雑な表情で雪也を見た。微笑もうとしたが、心からそうできない事情があった。

「それで、エナの具合は?」

「まだ出血が止まらないみたいなんだ。貝の煮汁くらいは口にできてるけど、あまり食べない」

「そうか……。アセビ爺は何て?」

「精霊の守護以上に、力を使いすぎてしまったんだろうってさ。ホオヅキとの対決でかなりの力を消耗してたみたいだし」

 この時代の出産は文字通り命懸けだった。その儀式を無事に通過した女性は長生きするようなのだが。

 雪也は村長の家に入り、自分の子供たちの様子を確かめた。エナが寝込んでいるため、授乳などの世話は、ここでアキとキララがやってくれている。

「大丈夫よ、たくさんお乳を飲んでるわ。それより、巫女様の側についていてあげなきゃ。それが勇士の役目でしょ」

 キララに半ば追い出されるようにして雪也は自宅に戻った。

 家の奥に毛皮の敷物を置き、エナはそこに横たわっている。室内は十分に湿度と暖かさがあったが、エナの手を握ると石像のようにひんやりとしていた。

「気分はどう?」

「今日は少し楽よ。ずっと外の様子を見てないから飽きちゃった」

「そうだね。もうちょっと顔色が良くなったら着込んで外の空気を吸いにいこう。何か食べるものは?」

 雪也がエナの美しい解いた黒髪を撫でながら訊ねると、エナは軽く頭を横に振った。ほしくない、と掠れた声で言う。

「赤ん坊たちは?」

「元気だよ。すごい勢いで泣いてた」

「早く会いたいな。ね、名前は考えた?」

「今いくつか考えてるところだよ。双子だから、それとわかるようなのがいいかなって」

 エナは子供の話を聞くと穏やかな顔になり、雪也の手のぬくもりに安心して目を閉じた。しばらくして規則正しい寝息が聞こえると、雪也は起こさないように、妻の元を離れた。

 自宅の外に並べてある薪をいくつか取り入れたり、狩の道具の手入れをしたり、夕食の支度をしたり、それなりにやることはあった。

 エナは数日間、小康状態にあった。ほんの数分間だが、雪也がエナを横抱きにして晴天の野外に連れ出すと、エナは太陽の光を眩しそうに感じていた。

「ユキヤにこうしてもらうの、癖になりそう。いつまでも一緒にいてね」

「もちろん」

「あたしが生きてる限り、側にいてね」

「うん」

「ユキヤがユキヤの世界に戻っても、あたしを見つけてくれる?」

 以前にもエナは似たようなことを訊いてきた。それほど、雪也に対する強い想いがあるのだろう。

「もう一度誓うよ。俺は絶対、君を見失わない」

 エナは大きな丸い瞳を細めて微笑み、両腕をさらに雪也の首に巻きつける。しゃらしゃらと、エナの腕に重なる貝輪が音を立てた。


 このところ、エナは雪也に抱きかかえられて、ほんの少し真冬の晴天を楽しむことができるようになった。

前日よりかなり暖かく、この日は、アキとキララがエナの双子を一人ずつ抱っこをして、エナに見せにきた。

 ようやく出産してから初めて、エナと雪也は一緒に子供と対面し、小さな小さな四つの掌を指先でつついたりした。

「名前、考えましたか?」

「いくつか候補はあるよ。明日の朝までには決めておく」

 生まれたばかりの時にはよくわからなかったが、双子は本当に鏡のようによく似ていた。しかも、目鼻立ちのくっきりした母親の造りを受け継いで、愛らしい姿をしている。双子だからか、しぐさや笑うタイミングが同じで、雪也とエナは面白がって久しぶりに心の底から笑った。

 双子と別れる時、エナはそれぞれを包んでいる布の隙間に、小型の精霊像を押し込んだ。健やかに育つように、巫女の力を込めたものだった。

「ねえ、名前、楽しみだわ」

 夜、エナは床に就くと、雪也にそう言った。

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