第5章 ふたつ星の誕生(7)

「あ、新しい精霊像できたんだね。エナにそっくりだなあ」

 祭壇に置かれた像を手に取り、雪也はまじまじと見つめた。歴史の教科書なんかでよく見る土偶と同じで、腹部が大きく膨らみ、臀部もふくよかに強調されている。

「だって、お腹に赤ちゃんがいるんだもの似てて当然でしょ。でも、顔はあたしじゃないわ。あたしの精霊の顔よ」

「へえ、そうなのか」

 精霊像をそっと祭壇に戻し、雪也はエナの隣に座った。エナの腹部はかなり大きく、あと二か月もすれば母親になるのだ。

 沢霧の村に戻り、勇士との絆を受け入れたエナは、間もなく身籠り、雪也はカケルにエナを妻にしたことを告げた。二人の間でエナを共有することになるのかはまだわからない。結局はエナの意思次第だからだ。

 ともかくも、雪也とエナは幸せな時間を過ごしていた。二人が夫婦になってからというもの、エナはホオヅキとの対決などなかったかのように自信に満ちた巫女として村の平穏と繁栄を祈るようになった。奇怪な行動をとることはほとんどなくなったし、素直に甘えるようになった。

 孤独ではないという安心感が、エナを成長させたのかもしれない。

「ユキヤ、あんたはずっとここにいるつもりなの?」

「どうして?」

「元の世界に戻りたいって思わないの?」

「戻らなくていいって言ったらそれは嘘だけど、エナと子供を置いてどこか他の場所にいくなんて、できないし、俺の望むことじゃないよ」

 雪也はこの問題をほとんど諦めていた。アセビ爺が言っていたように、雪也が縄文時代に来てしまったことには意味があるのだろう。それは愛する人を獲得したことかもしれないし、別の意味なのかもしれない。

 棚の上に置いてあるバックパックや電池のなくなったスマホが、自分が現代人であることをまざまざと突き付けるのだが、もはやU-125Aのラジオオペレータとして働いていた記憶がぼやけてしまい、その方が夢の中の出来事だったのではないかとさえ思い始めている。

「ね、もし、ユキヤが元の世界に戻っても、あたしのことちゃんと忘れないでいてくれる?」

 いつの間にかエナが隣にやってきて、真剣な顔で雪也を見つめる。

「誓って忘れないよ。ほら、前に言っただろ。俺は向こうの世界では精霊と交信できるんだって。だからエナとだって、精霊を通じて交信できるかもね」

 後半部分は冗談だが、エナは真実だと思って微笑んだ。ユキヤはあたしをいつでも見つけてくれるんだわ。たとえユキヤがこの世界からいなくなっても、巫女と勇士の絆は絶対に切れない。だって、精霊の力が導いてくれるから――。


 とうとうその日がやってきた。

 雪がしんしんと降り続ける夜、エナが産気づいた。この時代の出産には大きな危険が伴う。出産のことは全く無知だが、雪也は自分が救難隊で得た衛生に関する知識を総動員して、出産を助けてくれる村の女性たちにアドバイスをした。

 巫女自身が子を産む時は、長老であるアセビ爺が広場の祭壇で祈りを捧げることになっている。巫女の家の周囲には精霊の血が撒かれ、何体もの精霊像がエナの寝ている頭付近に置かれた。

「大丈夫よ、巫女様! しっかりね」

 既に母親となったアキと、続けて妊娠したキララが傍で励ます。雪也はといえば、男は入ってはいけないと言われ、仕方なく村長の家で待機をしている。

 始めのうちはカケルと会話をして過ごしていたが、夜が更けるにつれ無言になり、いつの間にか眠ってしまっていた。だが、夜明けが来ても、何の知らせもない。

「アキはすぐに子を産んだけど、長くかかる場合もあるようだから」

「ああ、そうだね」

 焦る気持ちを抑え、雪也は待った。

 そして昼過ぎ、昨夜から続いていた雪が止んだ頃、村人がエナの出産が終わったことを告げに来た。

「それは本当なのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る