第2章 巫女と勇士と犬(2)

「どうぞ、こちらへ。遠方からいらっしゃったのでしょう? 私は沢霧の村のアキと言います」

「ああ、そうだった! あたしが子供の時に来たのは、沢霧の村だったわ。ねぇ、アキ。あたしたち行く場所がないんだけど、あなたの村に住まわせてくれないか村長に聞いてみてくれない?」

 随分と不躾なお願いだと雪也は思ったが、アキは「もちろんです」と力強く答えた。なぜ二つ返事で快諾したのか、その理由はすぐにはわからなかった。

 アキという女はエナと雪也の間くらいの年に見えたが、やたらと落ち着きなくそわそわして足早に歩いている。アキの抱えている籠の中には、胡桃がたくさん詰まっていた。しばらくついていくと、村が見えてきた。

(やっぱり縄文時代なんだ……)

 宮畑遺跡で見た復元された竪穴住居とそっくりの家が十軒くらい経っていて、集落の出入り口の近くにある家の軒下にはずらりと土器が並んでいる。そして、雪也が最も驚いたことは、その景色だった。

(あれ、この景色、見たことがある。……そうか、あの山と森は宮畑遺跡の入口に立った時に見えたのと同じだ!)

 三方を低い山々に囲まれ、遠く南西方面にも山が見える。山や集落の林は鮮やかに色づき、華やかさを添えていた。北側に流れている川は現代では見当たらなかったが、地形が変わってしまったということなのだろう。つまり、雪也は再び宮畑遺跡に戻ってきたのだった。ただし、それは縄文時代で沢霧の村と呼ばれていた頃の姿なのだ。

 アキは籠を適当な場所に置き、雪也たちについて来るよう言うとそのまま歩き出した。ある竪穴住居の前に連れてこられると、アキは一人で中へ入っていった。その住居は、他のものと違って、玄関口に真っ赤に塗られた仮面がぶらさがり、家の周りの地面も赤く着色されている。

「ここ、特別な人の家なの?」

「村長の家。あたしが巫女だってことは見ればわかるから、アキが村長に報告してるのよ」

「へぇ。歓迎されるのかな、それとも――」

 雪也が言い終わる前に、家の中からアキと共に誰かが出てきた。

「ようこそ、我が沢霧の村へ。私は村長のカケルと申します」

 村長というと、勝手に中年男性を想像していた雪也は面食らった。自分と同じくらいの年の若者が村長だったのだ。家も他とは違うが、彼自身の姿もやはり特別だった。鮫か何かの歯を連ねた首飾りをして、腰には鹿の骨で作られた三十センチメートルほどの棒を下げている。

「あなた方は我が村を救いに、神が遣わしたのでしょう。なんでも、行く場所がないとか。是非、沢霧へ留まってください」

「本当?! それはありがたいわ。でも、神が遣わしただなんて……」

「いいえ、沢霧に古くからある言い伝え通りなのですよ。まぁ、遠方からお疲れでしょうから、まずは休んで。もちろん、その犬も一緒にね」

 目鼻立ちのくっきりした青年はにっこり微笑んだ。

 また大ごとになったような気がする。神だの言い伝えだの、まるでロールプレイングゲームの世界だ。沢霧の村長があっさりと見ず知らずの余所者を受け入れたのには、何か訳がありそうだ。

 簡単な自己紹介が済むと、アキが雪也たちを空き家に案内してくれた。

「巫女様はこちら。勇士様は隣の家をお使いください」

「ちょっと待った。その勇士って、俺のこと?」

「はい。巫女様を守る勇士です」

 一体いつから俺はこの女王様のお守り役になったんだ……。雪也は頭を抱えた。

 エナに提供された家は竪穴住居ではなく、掘立柱式で少しだけ床が地面よりも高い特殊な建物だ。それに対して、雪也の家は普通の竪穴住居。やはりエナが巫女だからだろうか。

「あの、あたしたちをこうして受け入れてもらえるのはすごく嬉しいんだけど、どうしてなの? 神が遣わしたっていう話、ちょっとよくわからないわ」

 雪也も疑問に思っていたことを、エナがアキに尋ねると、アキは「そうですね。お食事されたら、村長からお話してもらいましょう」と答えた。

 出された食事は、ドングリのクッキー、川魚の干物、そして果実だった。縄文時代の食事として、多いのか少ないのか、質が良いのか悪いのか、雪也にはわからなかったが、エナは美味しそうに平らげていた。

 再びアキが迎えにきて、村長の家へ連れていかれると、酒のようなものを振る舞われた。米ではなく、果実を酒にしたもののようだ。

「我が村はだんだん人口が減っているという危機に直面しています。その上、先日、巫女が死んでしまい、村の力が衰えるばかり……。しかし、沢霧には古くから言い伝えがあって、危機の時には救い人が現れることになっているのです」

「それが、あたしたち?」

「はい。遠方より来る巫女、それを守る勇士、そして神聖な犬。この二人と一匹が、沢霧の村に大いなる力を授けてくれると、そういう言い伝えです」

「それは偶然だよ。俺たちは初めから連れ立って来たわけじゃないし。エナは小滝の村から逃げてきたけど、俺なんか、どこからどうやってここに来たのかさっぱりわからないんだよ。昨日初めてエナに会ったばかりで、犬のミウも気がついたらそこにいただけ」

 雪也はカケルの期待を否定しようとしたが、逆効果だった。どうやってここに来たのかわからないということは、やはり神の意思だと。エナもまたカケルの言うことを肯定し、雪也を勇士に仕立て上げてしまった。

「あたしが大鵥の男たちに連れて行かれそうになった時、突然、ユキヤが現れて助け出してくれたのよ! あっという間に男たちを倒してしまって、これで勇士でなかったら何なの? 本当に強かったわ」

 女の子にこうも褒められて悪い気はしない雪也だったが、今さら自分が伝説の勇士ではないと主張できなくなってしまう。

「俺、この世界の人間じゃないんだ。明日や明後日や、そのまたずーっと先の未来から来たらしくて。だから、言い伝えの勇士っていうのは――」

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