第4話 拝啓ご両親、世界が滅べば良いのにと祈ったことはおありでしょうか

 皆様は拳銃という代物をご覧になったことがあるでしょうか。モニター越しにであれば、映画にせよドキュメンタリーにせよ日々活発に流れている昨今では、毎日というほど見ているかもしれません。


 また僕はそういった趣味は無いのですが、玩具として非常に精巧な拳銃模型を持っている友人が居たので、似たような物を手にした事がある人も多いのでしょう。中には趣味が高じて、高い費用を投じてまで外国に実銃を撃ちに行く人もいると聞きます。


 そんな人からすれば、今の僕は羨ましい境遇と言えるのでしょうか。


 「扱いを間違ったら手前が死ぬ分にはまだマシだが、他人を殺したらえらいことだからな。細心の注意を払うように。責任者も責任とらされるが、一番重い責任は手前にあるってことを絶対に忘れないよーに」


 WPS関西事務局の小会議室。10人前後での使用が前提となるそこに、僕は他9人の同期達と共に集められていました。目の前には厳重にロックされたプラスチックケースが一つと、鍵が一つ。それに合わせて、鍵預証明書と宣誓書なる書類が添えられておりました。


 そしてホワイトボードの前に立つのは、僕のメンターたる長身の女性。傍らには補助役なのか、何時も通りの鉄面皮を貼り付けた先輩もいらっしゃいます。


 ホワイトボードに書かれている、どこか女性らしくないはっきりした文字を読めば、そこには“火器取り扱い基礎実習”とあります。


 はい、そうなのです。如何にもゾンビ映画で序盤に壊滅しそうな組織だけあって、僕たちWPSの強制執行官は小火器の取扱及び携行が許可されているのです。銃刀法の第三条二項に執行官も含まれているため、一部の業務に就く際には僕らは火器の装備が許されます。


 たとえば大っぴらに死体に接するケースですね。ええ、直面したくありませんが。


 そして今日の実習は、執行官として現場に出る前に受けなければいけない実習の一つです。実働レベルで知っておかなければならない法律や規則、一般人や関連組織への対応方法も大事ですが、僕らは何においても死体の処理と処置を業務の最重要課題とされているのですから。


 「さて、と言うわけで早速実習を始めよう。その前に誓約書に各自記名押印するように。できたら隣の陰気な男のところまで持ってこい」


 きっと僕のメンター二人がここに居るのは、WPS内での銃器インストラクター資格を持っているからでしょう。組織内資格というのも色々とありますから。


 ああ、とはいえ、あまりこの顔を見たくなかったのも事実。忘れたかった金曜日にあるという実習、その準備段階である実習を受ければ、否応なく逃げたくなる運命を直視せざるをえなくなりますから。


 陰鬱とした気分で銃器管理ケースの鍵を一時的に借り受けたという書類に記名し、ついで実習終了後には間違いなくケースと共に返納し、実習以外の一切に使用しないという誓約書に記入しました。一々こういうことをして、責任の所在を明確にしなければならないのは組織としてどうなのでしょう?


 「よし、全部集まって各員鍵も受け取ったな? 結構、じゃあ始めよう。まだケースに手は触れないように」


 まるで教師のような口ぶりで――いえ、実際に指導官ではあるのですが、イメージがどうにも――班長はホワイトボードに大きな模造紙を貼り付けました。


 「これがWPSの執行官が携行する通常装備拳銃の一つ、P228だ。名前だけ言われてもしっくり来ないだろうが、日本でも警察の特殊部隊が装備してるのと同じ物だと認識しとけば問題ない」


 要は普及してて信頼性が高いブツってことだ、と前置きしながら、班長は模造紙に描かれたスマートで小柄な形状の拳銃を指さします。そして、噛み砕いてスペックを説明してくれました。


 世界でも一般的な9mm口径の拳銃弾を使っており、ダブルアクションという引き金を引くだけで次の弾丸が装填される自動装填式の駆動方式を採用。弾丸もたっぷり13発も入って、高い工作精度のおかげで精密性も抜群と褒めちぎっています。やっぱり採用品だけあって、誉めなければならないのでしょうか。


 「まぁ、色々言ったが精密性は高く小型で取り回しも楽、マニュアルセーフティーこそがないが安全性も十分。オマケに銃弾も自衛隊や警察から融通して貰えるよう共通規格だから文句の付け所も無い代物だ。嬉しいだろ?」


 僕には全く分かりませんが、言われてみれば確かにそうです。弾数が多いと言うことは、万が一パンデミックが発生した時に隙が少なくて済みますし、精密だというのは全てにおいて重要です。狙っても当たらない銃なんて、お話にもならないでしょう。


 有名な銃なのか、何人かの同期は嬉しそうに感嘆の声を上げています。不純ですが、銃器を扱いたいからこの業界に入ったという人も居るのでしょう。なにより界隈からして、警察官よりも扱いが緩く、実銃射撃訓練も多いと噂でしたし。


 これを使えるのかとテンションが上がる人の気持ちは理解できません。しかし、次の瞬間に冷や水をぶっかけられる心境だけは……少し理解できました。


 「が、貴様らにはこんな高級品は基本来ないと思え」


 誰だってがっかりしたくはありませんからね。班長が大仰に言って、マグネットで貼り付けた模造紙を引っぺがした時、彼等はどういった顔をしたのでしょうか?


 「こいつの調達価格は結構なお値段でな。言いたくないが大所帯である日本の事務局だと執行官と比べると配備数が極端に少ない。タスクチーム編成要員くらいにしか使用許可はおりん。恨むなら貧乏を恨め」


 ええ、まぁ何となく予想はついていました。性能の素晴らしさは価格と正比例の関係にあるのですから。WPSは各国からの出資で設立・運営されているとはいえ、無尽蔵に収入がある訳では無いのです。予算配分はどうしてもパンデミックの危険が高い所、つまりは死体の扱いが緩い第三世界や、犯罪で死体が発生しやすい地域に偏りがちです。


 となると、当然パンデミックを未然に防ぐ機構が十分に働いている地域では、再起した死体への物理的な強制執行を想定した装備への予算が削られるのは自然な流れですね。実際にぶっ放すことなんてそうそう無いのですから。


 何より日本では、自衛隊や警察との連携を想定している所もあるので、尚更我々だけでパンデミックの矢面に立つわけでは無いこともあり何をか況んやという話ですね。実際、アメリカでも衆軍の協力が前提とされており、米WPS事務局ですら人員数も武装も家と大差ないそうですし。


 世界には武力を持った組織が沢山いるのです。いざ大量の火力投射が必要になった時には、専門家にお任せするのが一番。要は我々は下支えであり、最前線で戦う兵卒になる必要はないのです。


 まぁ、色々と政治的に微妙な所や、対処への即応性が必要とされる事態のためにタスクチームが組織されることはあるのですが、概ねそういうことなのですよ。世界とは上手く省エネルギーで回るようにできています。


 「えー、ということで我々日本事務局で一般的な装備は、この二種類だ」


 班長が引っぺがしたP228の模造紙を折りたたむ後ろで、先輩が黙々と二つの模造紙を目一杯背伸びしながら――可愛いと思ってしまったのは不敬な話ですが――貼り付けました。


 荒い解像度でプリントされているのは、異なる印象を受ける二種類の拳銃。一つは妙に古くさく、もう一つは比較的近代的な拳銃です。どちらも円形のパーツを持つ、一般的にリボルバーと呼ばれるものでした。


 「えー、我々は基本貧乏所帯……ってことはないが、医療・研究部門に金を取られがちでな。この国では基本的に予防措置に重きをおいていて、予算の殆どは研究費と人件費だ。何よりも……あれでな、うん、大っぴらに武装してると印象悪いんだよ、何故か」


 言わんとしていることは分かります。我が祖国は、暴力とか軍事とかが嫌いであると声を大にして主張する人達が妙に居ますから。自衛官や警察官として奉公している両親や兄姉、血族の諸氏も色々と苦労をしてきたと話に聞いています。それと同じで、WPSに良い印象を持たない人も多いのです。


 色々な煽りを受けて、表側に見える武器の予算が削減されてしまったのでしょう。考えてみればなんと世知辛い。有事の際に自分たちを守る盾にして脅威を払う矛にもなるというのに。中々理解に苦しみますね。


 「という諸般の事情もあって、警察の払い下げで装備を充足させているのが現状だ。私達執行官が通常業務で携行するのは、基本的にこの二つのどっちかだ。おい、露骨に残念がるなよガンマニア共。これを弄くるのが仕事じゃないんだからな」


 そういいながらも、何処か不満そうに見える班長。僕が思うに過激な所がある彼女は、実際の所ではもっと火力の発揮できる武器が欲しいのでしょう。それこそ先ほどの拳銃よりも大きくて、もっと沢山ばらまけるようなのが。


 立派な物を見せられてからだと随分と貧弱に見える二つの拳銃の解説が始まりました。とはいえ適当な解説ではなく、内容は真面目そのもので非常に分かりやすい内容です。好きこそものの上手なれと言いますから、何やかんや言って班長もガンマニアなのでしょうか。


 古めかしい方の拳銃はM60ニューナンブ、つまりはお馴染み警官の装備する拳銃だそうです。38スペシャルという小さな口径の弾丸を比較的遅い速度で撃ち出す弾を使っていて、必要最低限の威力はあるとか。装弾数は五発ですが、ばんばか撃ちまくる必要が無いなら十分な数と言えましょう。


 というより、撃ちまくるような目に遭いたくありません。


 ただ、如何せん古い銃なので非常に重いそうです。見た目はコンパクトなのに弾丸を装填すると700g以上にもなるので、実際に持ってみると取り回しが大変だと班長は仰りました。ほんの何百グラムぽっちで、そんなに違う物なのでしょうか。


 その古さと相まり警察では装備更新が随分前から始まっていて、このニューナンブはどんどんと新鋭の拳銃に入れ替えられているそうです。まぁ、80年近く昔に作られたと言えば宜なるかな。むしろ今までよく使い続けたとも言えましょう。


 といった流れで不要になったが使える分が、WPSの各事務局に勿体ない精神でお安く流れてきたそうです。何とも我が祖国らしいお話ではありますよね。


 対してニューナンブと比べると垢抜けた感じがする拳銃はS&W社のM360、その日本警察モデルと同じ物だそうです。流石に全て中古品で賄うのには無理があり、銃弾の口径を統一化し、いざという時は部品を融通して貰えるように今警察が採用している拳銃と同じ物を仕入れたとか。


 ニューナンブよりも2cmほどコンパクトかつ重量も200g以上ダイエットに成功していて、グリップもプラスチックのニューナンブと比べて握りやすそうな形状と素材で出来ています。何よりマットな質感の黒に塗られていて、失礼な話ですが高級感もこちらの方が上と言いましょうか。玩具っぽさがあるニューナンブと写真で見比べると、武器という印象が強くなっています。


 「どっちも実用には問題は無いぞ。ちゅーか基本こいつを抜くことそんな無いし、逆に抜いたら怒られるからそのつもりで」


 本当になんというか、この国はどんな組織でも武器を使わせたくないのでしょうか。必要なら使うべきだとは思うのですが、なんともはや……。


 「じゃあ資料を見ながら構造と使い方を教える。その前に基本だ、これだけは死んでも守れ? 守らないとお姉さんが死んだほうがマシって目に遭わせてやる」


 先ほどまで何が楽しいのか笑みを浮かべていた顔が、俄に鋭く険しい物に変わりました。殺気すら滲む強烈な眼光に場が冷えていくのが分かります。拳銃を触れると楽しそうにしていた面々も押し黙り、何処かで唾を飲む音が聞こえました。


 ああ、これが殺気というものでしょうか。心が殺されるかもしれないと怯えているのが分かります。きっと班長の言葉に嘘は無いのでしょう。下手なことをしたら本当に死ぬような目に遭わされるという、言葉に従い説得感がありました。


 「こいつは武器だ。弾を篭めて引き金を絞るだけで人が死ぬお手軽な代物だが、お手軽に扱われちゃ困る。いいか、何があっても銃口を“人間”に向けるな。そいつは私達の仕事じゃない。胆に命じておけ」


 実際に使ったことがある人間だけが出せる凄味とでもいうのでしょうか。本当に重い物だと分からせるよう、精神に刻ませるように一言ずつ班長は告げます。分かったなと問われ、誰もが首を縦に振ることしかできませんでした。


 まぁ、その後先輩がぼそっと「お姉さん……?」と呟いたのに誰かが吹き出して、全部うやむやになった訳ですが…………。






 拳銃実習そのものは先輩が班長からヘッドロックをかけられて首の筋を痛めた以外につつがなく進み、同じようにつつがなく終わりました。


 まぁ、資料通りに構造を解説されて組み立てと分解を習うだけなので、荒れようが無いのですが。トラブルらしいトラブルと言えば、不器用な誰かが小さなスプリングを一つすっ飛ばして紛失しかけた事くらいでしょう。


 そこから実銃射撃……とは行きません。拳銃の取扱規則から管理方法、携行時の諸注意といった心がけやら手続きなどの座学講座が延々と続きます。一つ無くしたり一発暴発するだけで上の方で数人の首が飛ぶような代物ですから、軽々に扱えないし扱うべきでは無いのは当然のこと。弾を込められるようになるまでみっちりと仕込まれるのは、どの組織でも同じなのでしょう。


 実際に発砲させてもらえるのも、携行できるようになるのもずっと後の事だと長い長い実習が終わった後に班長が教えてくれました。曰く「メンターのケツにくっついて業務覚える段階の貴様らがぶら下げる必要の無いもんだ」とのこと。


 ええ、まぁ、ですよね。僕らが今望まれていることは、要らんことをせず大人しく後ろに続き、仕事を覚えることなのですから。実際に僕らがこれを腰にぶら下げて表に出るのは、本当に先のことなのでしょう。


 漫画やゲームみたいに武器をポンと新人に預けて現場に放り出すほど、国際組織は無謀でも冒険的でもないのですから。


 今日の実習は現場に出るにあたり、執行官が拳銃を持つ意味と理由を認識させるプロセスの一つ。もしくは、万が一先輩執行官に何かがあった時、緊急避難的に拳銃を貸与されることが無いとは言い切れないので、そのケースを考えてのことでしょう。


 一日丸まる使った実習の後、実銃射撃を間近で見ておいた方が良いと僕たちは射撃レンジへと連れて行かれました。幾つものレーンが仕切り板で分けられた、海外ドラマや映画で良く見る環境そのままの部屋がWPSにもあるのです。


 硝煙の残り香が強いそこは、終業時間が近い今は無人でした。何でも実包を使った射撃訓練は警察よりも頻度を多くても、四六時中やっていい程ではないので、そこまで混み合うことは無いとか。まぁ、年間で一回くらいしか実包訓練がなく、その射撃数も三桁に大きく届かない警察よりはマシでしょう。我々もいつ海外で発砲件数が多い所に飛ばされるか分からないのですし。


 「ここ以外にもパンデミック時の市街戦を想定した施設もあるが、そこはタスクチームでもないと使わんからな。執行官として出世したいなら、月に一回は練習しとけ」


 ま、規定回数以上の訓練申請すっと弾代を給料から引かれるが、と愚痴のような感想を零しながら班長はガンケースをレーンの一角に置いてある机に載せました。そして、慣れた手つきで鍵を開け、ケースの中身を僕たちの前に晒しました。


 何人かが感嘆の声を上げました。管理と責任、そして誰が使ったかを明確にするため銃器は一人一挺使うものが固定されているのですが、何とそのケースにはお高いから普通は縁が無いと班長自身が言い切ったP228が収納されていたのですから。


 ふふんと自慢げに鼻を鳴らし、班長は丁寧な手つきで拳銃を手に取ると、実に手慣れた手つきで点検しながら教えてくれました。実は自分はタスクチーム編成要員に含まれているのだと。


 タスクチームとは、要するに特殊隊員のようなものでしょう。平時は通常の執行官として勤務し、有事の際は――建物、あるいは都市規模のパンデミック――特殊な任務のために招集・編成がされる臨時の執行官部隊。


 その部隊が動くときは原則として任意射撃が全面的に許可されます。建物規模ならば、二次感染を防ぐための殲滅命令もあり得るので、そのことも相まってタスクチームは強制執行部隊とも呼ばれます。


 よもや僕のメンターが選ばれているとは。運が良いと見るべきか、それとも頭のネジが多少緩んでいなければ選ばれないと言われる精鋭に付かねばならないことを不運と言うべきか。少なくとも実地に出たい訳では無い僕にとっては、不幸なのでしょうね。


 「さてと、じゃあ見ておけよ。全員イヤーパッド付けろー、慣れて無いだろうから耳ぃ痛めるぞ」


 本当に手慣れているのだと分かる手つきで弾倉を装填し、班長がシューティングレンジに立ちました。そして何やらセットアップをしていた先輩が微かな、本当に微かな笑みを浮かべているのは何なのでしょう。


 レーンに設置されている装置を班長が弄ると、広い空間にイヤーパッドを付けていても耳障りなブザーが鳴り響きました。


 そして、次々に方々から人型の描かれたターゲットが立ち上がります。手を伸ばしながらフラフラと這い寄る、再起死体を模したターゲットが。


 半自動化されたシューティングレンジのターゲットは、人が歩くよりも少し遅い程度の速度で近寄ってきます。それだけではなく、実際の死体の動きに近寄らせるためか些か大げさなほど上下左右に揺れています。まるで力なく歩く身体が、一歩を踏み出す毎に大きく揺れるが如く。


 「おわっ!? 多っ!? てめっ、設定なんにした!?」


 「ええ、ちょっとレベルⅩに」


 「ざっけんな!! 選考会レベルじゃねぇか!!」


 イヤーパッド越しに聞こえてくる罵倒。ああ、かなり沢山出てくるなと思ったら、またそういう嫌がらせを……。きっと新入りの前で失敗したら格好悪いですね、とでもいって煽っているのでしょう。


 本当にこの人達は相性が良いのか悪いのか、僕には今でも分かりかねます。


 怒鳴るのもそこそこに班長は銃をしっかりと構え、見てろよと低く呻って引き金を引きました。


 分厚いイヤーパッドに阻まれて尚、頭蓋の内側によく響く銃声に身体が思わず跳ねました。劇的な爆音というわけでも無いのに、嫌に突き刺さる破裂音。この乾いた音が人を殺す音だと感覚的に分かり、何時までの脳にこびり付くようでした。


 殆ど間を空けない二発の射撃で、一番手近なターゲットの頭部に煙が舞いました。着弾してターゲットの一部が飛び散ったのでしょう。次いで手が僅かに動いて二発、別のターゲットの頭が弾けます。


 リズムよく二発ずつ引き金が引かれる度にターゲットが弾け、少し遅れて後ろに倒れて消えます。後で聞いた話ですが、撃破判定――確実に機能を停止させたと判定される位置への着弾――が認められると的が倒れる設定になっているそうです。


 が、倒れる端から新しいターゲットが起き上がって来ます。四つめのターゲットが倒れると同時に、殆ど目の前と言っていい距離に新しいターゲットが立ちはだかりました。


 「畜生、相変わらずねっちっこいな、この設定!!」


 不機嫌そうな大声を上げながら、班長はマガジンリリースを押して弾倉を排出し、レーンに並べてあった新しい弾倉に手を伸ばしました。はて、まだ遊底は下がりきっていないから、弾は残っているはずなのですが。


 「P228の装填数は13発なので、確実にダブルタップを続けるなら最後の一発をチェンバーに残して再装填した方が効率が良いんですよ」


 いつの間にか近くに来ていた先輩が教えてくれました。ダブルタップ、つまり頭に二発当てた方が得点が高いのですが、一発当たると的が倒れてしまうので、確実に高得点を取るならそうしなければいけないそうです。


 「ま、実戦なら悠長なことしないで、危ないタイミングなら普通に一発だけ叩き込みますけどね」


 あくまで昇進や選抜のためのテクニックです、という先輩の言葉は次の銃声に半ば掻き消されてしまいました。その後も口は動いていたので、多分実戦では真似しないようにとでも言っていたのでしょう。


 その後もリズムよくターゲットが倒れていき、新しいターゲットが増えるにつれて発砲の感覚も狭まってきました。一本道で次々と群がってくる再起死体と戦っていると考えると、映画のようで中々焦りと恐怖感が掻き立てられるシチュエーションです。


 その場に居る同期全員と見入ってしまいました。圧倒するような勢いで押し寄せるターゲット達。これらが全て死体だったなら、僕らに何ができたのでしょうか? そして、その死体を脅威になるであろう順番を即座に判断して撃破する班長を見て、自分にこれができるようになるのだろうかとも考えてしまいます。


 もしかしたら、これが将来身を置く戦場なのかもしれない。息を呑んでターゲットが倒れる様を見つめる僕らは、きっと皆そう思っていた筈です。


 最後の2弾倉分は殆ど乱射に近い勢いで、それでもきっちり頭に二発ずつ叩き込み続けていましたが、最後の二発を命中させて遊底が後退し弾切れを報せるのと同時に終了のブザーが鳴りました。


 大きく肩で息をする班長。僕らは未だに息をすることを忘れたように押し黙っていましたが、頭上のスコアボードには燦然と輝く100点の文字が。


 「見たかゴラァ!」


 班長は荒い呼吸を整えもせず、銃を置いてイヤーパッドをむしり取るように外しながら振り返ると、怒鳴ると共に右手を天に突き上げました。そして、ようやく自分たちが呼吸しないと生きていけない生き物である事を思い出した僕らは、荒く呼吸し始めつつ、それぞれのやり方で彼女の腕を褒め称えます。驚歎の声を上げることで、歓声を浴びせることで、手を打ち鳴らすことで。


 死体と戦うなんて御免だと思い、この職場が好きでは無かった僕ですら興奮していました。無心で叩き合わせた掌が熱を持ち痒くなるほど拍手してしまうほど。


 「お美事」


 ですが、先輩だけは分かっていたのか、褒め称えると言うより煽るような動作で小さな拍手を送っていました。疲れたからか幾らか乱れた御髪の合間から、怒気に歪んだ班長の瞳が揺らめき、まるで視線で殺そうとしているかのような勢いで先輩を睨み付けます。


 「テメェ後輩、弾もダブルタップできっちりしか用意しないとか良い根性してやがるな……今日は帰るなよ」


 「晩ご飯でも奢ってくれるんです?」


 「ふざけんなどつき倒すぞ! ああ、もういい解散! そろそろ終業時刻だ! 日報書いてさっさと帰れ新人共!!」


 まるで痴話喧嘩のようなやりとりをしているメンター二人に追い散らされ、興奮が残るままに僕らはレンジから追い出されました。国際組織らしく残業には五月蠅いので、早く帰る準備をしなくては。


 ああ、それにしても凄かった。人間の腕前で、あそこまでの事ができるようになるとは思えませんでした。それこそ映画の中での出来事のようです。


 本当に凄かった……。ただ、これが金曜日の実習の下準備で無ければどれほどよかったことでしょう。それさえなければ、素直に手放しで自分のメンターの凄さに驚いていられたのに。


 ああ……本当に、世界でも滅ばない物でしょうか。


 拝啓ご両親、世界が滅ぶのを防ぐ組織に就職しているのに、世界が滅ぶことを望む僕は駄目なやつなのでしょうか…………。

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