五十口径四一式一五糎砲

ポムサイ

五十口径四一式一五糎砲

 親同士が仲良くて幼馴染みという話はよく聞くが、俺と佳乃(よしの)はジイさん同士が仲良くて幼馴染みだ。小、中と同じだったが、俺はチャリ通が出来る近所の共学に佳乃は電車で通う女子高と別々になってしまった。

 ジイさん同士は何でも戦争中、同じ船に乗っていたらしい。子供の頃、戦争の話をよく聞かされたが幼い俺には難しくて分からなかった。高校生になった今ではジイさんの話を聞かされる事もなくなってしまった。


 夏休みを間近に控えた月曜日の朝、眠さとダルさに脳ミソを攻撃される中、ジイさんの声が我が家に響く。

「昭人(あきと)!!学校行く前にノブさんとこにマドレーヌ持ってとくれ!!」

 清水昭人、俺の名前だ。ノブさんとは佳乃のジイさんで、佳乃の家は俺の家から自転車で10分ほどだが高校とは逆方向だ。

「どうせ今日も行くんだろ?それに何だよマドレーヌって。」

「なんだ。マドレーヌ知らんのか?それに今日は行かれん。」

「マドレーヌくらい知ってるわ!!何でだって事だよ。」

「石井さんとこのタカシさんが知り合いから大量に貰ってウチにもくれたんだわ。」

石井さんとこのタカシさんて誰だよ…と思いながら、これ以上の口論は時間と労力の無駄と感じ渋々引き受けた。

 正直、佳乃の家には行きたくなかった。正確には佳乃に会うのが気まずいのだ。事の発端は先月に遡る。


 高校に入学して間もなく俺に奇跡が起きた。彼女ができたのだ。

 相手は隣の席になった飯島華(いいじまはな)で3つ隣の街から通っている子だった。

 遠方から来ているせいで知り合いがいなく寂しそうにしている彼女に俺は話しかけるようになった。笑顔を見せるようになった頃、彼女もクラスに馴染み、女子の友達も出来た。そんなある日の授業中、華が俺の机にそっと四つ折の紙を置いた。そこには小さいが綺麗な文字で感謝の言葉と好きですと書いてあった。


 斯くして、俺達は付き合う事になった。

 女の子と付き合った事のない俺はどうしたら良いかわからず友人達に助言を求めた。最も助かったのが佳乃のアドバイスだった。男共のどこかの雑誌から引っ張り出したようなポンコツアドバイスの中、女子が好むような話題やら気の使い方やらを教えてくれた。

 そんなある日、駅まで華を送って行った時、ちょうど学校帰りの佳乃が駅から出てきた。

「よっ!!昭人。」

「おう。」

いつもの調子で挨拶すると佳乃がニヤリと笑う。華ともこんにちわ、と言葉を交わすと俺を見て

「この子が華さん?昭人にこんな可愛い彼女が出来るとは思わなかったわ~。」

とからかう。

「うるせぇ。」

ボキャブラリーの乏しい反撃するも佳乃は「はいはい。」とあしらい、お邪魔しました~と手を振りながら去って行った。佳乃を見送り、華に行こうかと促すが、うつむき動かない。どうした?と聞くと華は小さいが強い語気で言った。

「あの女、誰?」


 その後が大変だった、不機嫌な華に佳乃が幼馴染みである事だとか、男友達みたいなものだとか、得意技はドロップキックだとかを駅前で道行く人にチラチラ見られながら延々と説明する。黙って聞いていた華が急に「帰る。」と一言だけ発し、駅の中に消えて行った。俺はただ見送るしかなかった。


 その夜、華から滝のようなSNS のメッセージが送られてきた。。

“幼馴染みでも他の女の子と仲良くされるのは嫌です。”

“あの子に私の事話してるのに私にはあの子事話してくれなかったよね。”

etc.etc…。

そして最後に

“もう、あの子と話したりメールしたり、もちろん会ったりしないで。”

と締められいた。

 初めて見る華の感情的な文面に正直軽く引いたが、俺の事が好きだから言っているのだと納得して返信した。

“分かった。華の言う通りにするよ。”


 華にはああ言ったものの佳乃をいきなり無視する訳にはいかない。大事な友人だからだ。

 佳乃にSNS で事の次第を説明し、そんな訳でこれから連絡とか遊んだりとかは控えたいと伝えた。佳乃は

“そうか~。仕方ないね。”

と、思いの外あっさりと承諾した。友人として、もっと残念がって欲しかったのが正直な感想だ。

“彼女と仲良くね。フラれたらすぐに連絡しろ。立ち直れないほど笑ってやる(。-∀-)ニヤリ”

と最後に佳乃らしく毒を吐いた。

 

 あれから一ヶ月、佳乃とは連絡を取っていないし、偶然会うこともなかった。佳乃とこんなに長く接点がないのは人生初だ。

 自転車の前かごの中で身を震わせていた鞄とマドレーヌがピタリと止まる。時間的に佳乃はもう学校に行ったはずだ。気まずい思いはしなくてよさそうだな…と思いインターホンを押す。程なく扉が開き私服の佳乃が出てきた。

「よっ!!昭人。どうしたの?」

会わないはずと思った10秒後に会ってしまった。

「お前こそ何でこんな時間に家にいるんだよ。学校は?」 

「人に質問する前にまずこっちの質問に答える。それ以前に挨拶がない。おはようございますは?」

「あっ。おはようございます。」

「はい。おはよう。で、どうしたの?」

佳乃のペースに巻き込まれるのはいつもの事だが、今回はそのお陰で気まずさを感じることなく有り難かった。

「ああ。ジイさんがノブさんにって…マドレーヌ。」

ビニール袋を佳乃に差し出す。

「何でマドレーヌ?」

「石井さんとこのタカシさんが大量に貰ってウチもたくさん貰ったからお裾分けだ。」

「石井さんとこのタカシさんて誰?」

俺も知らんと答え、今度こそ聞いた。

「それで、お前今日学校は?」

佳乃は少し困った用な顔をして「う~ん」と言った後、

「ちょっと制服にトラブルがありまして、本日欠席させていただきます。」

と敬礼して言った。俺も敬礼し「よく分からんが了解した。」と答え、自転車を発進させた。

 佳乃の様子がおかしいと思いながら…。


 駅に華を迎えに行き一緒に学校に向かう。

 華とは上手くやっている。嫉妬深い一面が見えたものの女の子らしくて優しい自慢出来る彼女だ。

 もうすぐ始まる夏休みの予定なんかを話していると華が地元の友達に俺を紹介したいと言い出した。拒む理由はないのでOK すると夏休み初日にしようと日取りまで決定してしまった。


 学校が終わり家に帰ると珍しくジイさんが話があると俺を部屋まで呼んだ。

「今朝はありがとう。…で、ちょっと話したい事があってな…。」

そう言うと「まあ食え。」と茶菓子入れに山盛りのマドレーヌを俺にすすめた。俺は1つ取って袋を開け口に運ぶ。あまり美味くはない。

「ノブさんからお礼の電話があってな。その時に聞いたんだが、佳乃ちゃん学校でイジメにあっとるみたいなんだわ。」

思いもよらない言葉に俺は固まった。

「今日が月曜だから…え~と金曜日か。体育の授業が終わって教室に戻ったら制服がなくなってたらしい。そんで探してたらゴミ箱の中にズタズタに切られて捨てられてたんだと。」

お茶を一口すすり、続ける。

「まあ、そんなもんに負けるような子じゃないのは分かってるんだがな…。お前に佳乃ちゃんの力になってやれとは言わん。言わんが気に止めて話くらいは聞いてあげろ。」

俺は「ああ。」とだけ言うと自分の部屋に戻った。


 部屋に戻ると華との約束も忘れ佳乃にメッセージを送った。

“今朝は邪魔した。ジイさんから聞いた。何か大変だな。”

既読がすぐに付いたがなかなか返信が来ない。5分ほど経った頃、返信が来た。

“知ってしまいましたね( ̄▽ ̄;)

いやお恥ずかしい。私は大丈夫!!制服代は痛いけどね(笑)”

明るいが、5分のかけた割りには短すぎるその文に佳乃が考えに考えたもののような気がした。

“俺に出来る事があったら何でも言え。文句でも八つ当たりでも受けて立つ。”

あまり重くならないように冗談交じりにメッセージを送る。すぐに既読が付くがやはり返事はなかなか来ない。15分が過ぎた頃、俺は堪らず佳乃に電話をかけた。10回ほどコールして諦めかけた時、佳乃が出た。

「どうした昭人。」

こっちのセリフだ。だが意外と声は元気だった。無理している可能性もあるが。

「どうしたじゃねぇよ。返事もないし、電話もなかなか出ないから心配したじゃんか。」

「ごめんごめん。ちょっと親と話してたからさ。」

「その件でか?」

「まあね。今日ウチの親、学校に行って担任やら校長やらと話してきたんだよね。あからさまにイジメだし。」

佳乃の声は少しトーンダウンした。そして続ける。

「考えてみたら何かちょこちょこ物がなくなったり汚れてたりしてたんだよね~。あんまり気にしてなかったけどさ。」

お前らしいなと合いの手を入れる。

「別にクラスから無視されてたりしてる訳じゃないんだよ。仲良い友達もいるしさ。多分、個人または一部の人間の仕業と私は推理しているのだよ。」

「お前は探偵か!!。でも今日休んだじゃんか?やっぱり行き辛いんじゃないのか?」

「正直、落ち込んでないとか傷付いてないって言ったら嘘になるけど、今日休んだのは親が休めって言うからだし、制服以外で学校行くのも目立つから嫌だしね。」

休んだ理由はともかく、佳乃から落ち込むとか傷付くという言葉が出た事に驚いた。仕方のない事だが、彼女からは縁遠い単語だったからだ。あまり深く聞くのは今の佳乃には酷だと思った。

「本当に大丈夫なんだな。」

「うん。大丈夫。制服今日届いたから明日から学校行くわ。ありがとうね。」

少しは役に立てただろうか。じゃあなと電話を切ろうとする。

「あ。ちょっと待って。」

佳乃が引き留める。

「どうした?」

「出来る事なら何でもしてくれるんでしょ?」

確かにさっきメッセージにそう書いた。

「出来る事ならな。何して欲しいんだ?」

「分かんない。」

おいっ!!心のなかでつっこむ。

「分かんないけどスッキリしたい。ドカーンと景気良く。何かないかな?」

そんな事言われても…と思いながら子供の頃聞いたジイさんの話を思い出した。

「そういえばさ、俺達のジイさんが戦争の時、船乗ってたじゃんか。その時の話で大砲撃った時すげぇスッキリした話聞いた事ないか?」

「あー。あったあった。何とか何とか砲って長い名前だったよね。じゃあ、それにしよう。」

「それって?」

「スッキリするために、その何とか何とか砲撃ちたい。」

「馬鹿言うなよ。兵器だぞ。」

「出来る事なら何でもするって言ったじゃない。嘘つき、ヘタレ、え~と…カタツムリ。」

ツッコミません。

「出来る事ならする。それは出来ない事の部類だ。」

二人で笑いながら「じゃあね」と電話を切った。

 佳乃と電話している間に華からSNS メッセージが入っていた。すぐに返信できなかった事を罪悪感はあったが、寝ていたと嘘を付き謝った。

 

 駄目元で…本当に駄目元でジイさんに大砲の事を聞いてみた。

「昭人がそんな話聞きたがるなんて珍しいな。ワシが撃ったのは五十口径四一式十五糎砲(50こうけい41しき15せんちほう)だ。軽巡洋艦阿賀野の副砲で……」

話が長くなりそうだ…聞く覚悟を決める。

 40分後、ジイさんの話は一段落したところでしつこい様だが駄目元で聞く。

「その50口径15センチ砲っていうのは…」

「五十口径四一式十五糎砲だ。」

「うん。それは、どこかで撃てたりする?」

馬鹿言うなと一蹴された。分かっていたし、同感だ。



 数日が経ち夏休みに入った。初日、俺は華との約束のため電車に乗って華の住む街に向かっていた。空は生憎の曇り空だ。

 あの日以来、佳乃の様子を伺いがてら連絡を取っている。もちろん華には内緒だ。


 駅に着くと改札に華が待っており、俺に気付くと満面の笑みで手を振った。

 駅前のファミレスに入ると3人の女子がすでに席に着いていて、こちらを笑顔で見ている。彼女達が華の友達らしい。

 俺も座ると挨拶と自己紹介をし、華が友達を一人一人紹介してくれた。その後、代わる代わる様々な質問をされた。なかなかの居心地の悪さだが、華はニコニコして楽しそうにしていた。

 2時間程でその場はお開きになり俺と華は3人と別れた。時刻は12時半、俺はてっきりファミレスでランチをするのかと思っていたのだが、華は俺を連れていきたい店があると商店街に向かった。

 商店街にある洋食屋は古いが雰囲気の良い店だった。地元ではちょっとした名店らしい。メニューに目を通すと値段も手頃だし、テーブル一つ一つに仕切りがあり周りを気にしなくて良いのも嬉しい。

「ごめんね。みんなうるさくて…。」

華は申し訳なさそうに言った。

「大丈夫だよ。俺も楽しかったよ。華も楽しそうでよかった。」

店員を呼び、華オススメのビーフシチューのセットを注文した。

 しばらくして運ばれてきたビーフシチューは想像の上を行く美味さだった。華が連れていきたいと言うだけのことはある。これでパンとスープとサラダに食後のコーヒーが付いて1200円は破格だ。華と他愛ない会話をしながら食事を楽しんでいると隣の席に客が通された気配がする。華と会話の音量を少し下げた。

 隣の客が注文を終えると会話が聞こえてきた。

「…で、正直どんな感想ですか?」

「65点。」

「厳しい!!私は75…いや、78点は付けて良いと思うよ優しそうだし。」

若い女性数人が笑いながら楽しそうに会話をしている。

「確かに優しいかも知れないけど、他の女と仲良くするような男はいかがなもんだろうね。」

「幼なじみだっけ?あんたの高校にいるんでしょ?名前何て行ったっけ?」

「ヨシノ。」

俺と華の動きが止まる。華は表情が固くなり咳払いを何度かする。

「そうそう、ヨシノ。どんなヤツなの?」

「私は嫌い。勉強出来てスポーツ出来て明るくて面白くてって完璧に見えるけどさ~、そういうヤツほど裏で何やってるか分かんないじゃない?現に人の彼氏にちょっかい出してるワケだし。」

「ハハハ…。確かにね~。」

華が席を立とうとしたが俺は腕を掴み、放さなかった。華の顔は青ざめている。

「…で、華にそいつ気に食わないから何とか潰せないかな~って相談されちゃってさ。他ならぬ親友の頼みだからヤってやったわ。」

「え~。何したの?」

「色々嫌がらせしたのに全然気にしなくてさ~。アイツかなり鈍感だね。…で、これは中途半端は駄目だと思ってね。体育の時に制服カッターで切り刻んで捨ててやったわ。そこで知ったんだけどウチの高校の制服ってスゴく丈夫なの。切るの苦労したんだから。」

「うわ~。酷い事するね~。」

彼女らはケタケタと笑った。

 俺は華の腕を放した。華はうつむいたまま微動だにしない。今どんな顔をしているのだろうか…まあ、どうでも良いかと思い、俺は財布から5000円札を取り出し、テーブルに置いた。立ち上がり店の扉に向かう。彼女らの席の前を通ると笑っている彼女らの一人が俺に気付き表情が凍り付くのが分かった。それを脇目に俺は店の外に出た。

 雨が降ってきた。

「そうか…。佳乃がイジメられたのは俺のせいだったのか…。」

独り言が口から流れ落ちる。

「謝りに行かなくちゃ…。」

俺は軽くふらつきながら駅に向かった。


 我が町の駅に着く頃には雨が本降りになっていた。傘はない。駅の駐輪場に停めてあった自転車にまたがり、佳乃の家に向かってこぎ出した。


 佳乃の家に着く頃にはパンツまでぐっしょりと濡れてしまっていた。

 インターホンを押そうとすると、傘を差し、コンビニ袋を下げた佳乃が帰ってくるところだった。

「どうしたの昭人?びっしょりじゃない。入って入って。」

と、家に入るよう促す。俺はパンツまで濡れてるし、すぐに済むからここでいいと断った。すると佳乃は近づいて俺を自分の傘に入れた。

「ごめん佳乃…。お前が嫌がらせ受けてたの俺のせいだった。」

佳乃は「は?」という顔をした。俺は今日の出来事を話し、もう一度ごめんと謝った。

「そうだったんだ~。分かったよ。教えてくれてありがとう。」

そう言った佳乃は笑顔だった。

「怒らないのか?」

「何で?」

「俺のせいだぞ?」

「違うでしょ?」

「俺がもっとしっかりしてれば…」

そこまで言うと佳乃は「待て待て」と言葉を遮った。

「昭人は悪くない。悪いのは実行犯と…言いたくないけど華ちゃんでしょ?」

そして「昭人は悪くない。」ともう一度言った。

佳乃はそう言ってくれたが俺はとても情けなく惨めな気持ちだった。

「ありがとう…。じゃあ、またな。悪かったな。」

俺は目を伏せ佳乃に背中を向け自転車にまたがろうとした。次の瞬間、パーンッと弾ける様な音がして尻に衝撃と痛みが走り、俺は自転車と一緒に地面に倒れてしまった。振り向くと佳乃が口をへの字にして目に涙を溜めていた。そして、佳乃に蹴られたのだと理解した。

「悪くないって言ってるでしょ!!何で嫌がらせ受けた私よりあんたが傷付いてんのよ!!」

倒れたままの俺を今度は持っていたコンビニ袋で何度も叩いた。何か固い物が入ってるらしく、3回に1回くらいそれの角が当り痛い。

「おい!!止めろ!!痛いって!!」

襲いかかるコンビニ袋を手でガードしながら何とか立ち上がりるとやっと攻撃が止んだ。

「え~と…その…ごめん。いや!!このごめんは、さっきのごめんじゃなくて…」

佳乃の目から堪えきれなくなった涙がポロポロと流れ落ちていた。佳乃の涙を見るのは6年前、彼女の祖母が亡くなった時以来だ。

「申し訳ない。本当にツラいのは佳乃だもんな。」

俺は佳乃が自分の方が辛いのにと言っていると解釈してそう言った。 

「解ってないな~…。」

そう力なく言いながら佳乃は家に入って行こうとしたがこちらに向き直りコンビニ袋からプリンを1つ取り出し俺に渡した。

「叩いてごめん。お詫びです。」

そう言うと今度こそ家に入って行った。

 渡されたプリンはカップの中でぐちゃぐちゃになっていた。「痛かったのはお前か。」と、手の上のプリンを見ながら、まだ少し痛い肩口を擦った。



 見事に風邪を引いた。原因は…言うまでもない。

 昨日、身も心もずぶ濡れで帰ってきた俺は体を拭いて着替えた後、スマホと実に6時間に及ぶ耐久にらめっこを繰り広げた。佳乃にメッセージを送るべきか、佳乃からメッセージは来ないだろうかと悶々と悩み、待ち、そして寝落ちした。

 朝起きると頭痛と喉の痛みがあり、食欲もない。今日1日部屋にいると家族に宣言し横になった。何か食べた方が良いかな?と思い、何なら食べられるかと考えていたが皮肉にも昨日貰ったぐちゃぐちゃプリンが今の俺には最適だった。かつてプリンだった物を流し込み薬を飲んだ。

 スマホを確認するが佳乃からのメッセージはない。因みに華からもない。ほとぼりが冷めるまでダメかな…などと思っていると薬の副作用の睡魔が団体で押し寄せてきた。


 目が覚めると午前10時過ぎだった。

「!!」

スマホのランプが点滅している。佳乃からのメッセージかと思い、慌ててSNS のページを開いた。それは佳乃からではなく華からだった。そこには、私は悪くないとか、恵美ちゃん(よく覚えていないがおそらく佳乃に嫌がらせをしていた子)が勝手にやっただとかの言い訳が長々と書かれていた。そして、最後に学校や警察には、お願いだから言わないで欲しいと綴られていた。それを決めるのは佳乃だと俺は独り言を呟いた。

 華に対する一切の恋心は俺の中のから消え去っていた。いや、そもそも俺は華の事が好きだったのだろうか?独り寂しそうな彼女を放っておけず話し掛け、告白され付き合う事にしたあの時、そこに俺自身の「好き」という感情があったのか自問する。考えても答えが出ないということは、きっとそういう事なのだろう。だとするなら、華にも悪い事をしたな…と思った。そんな中で佳乃は嫌がらせを受けた事も加えると自分が情けなくなる。

「最低だな…俺…。」

「そうかもね。」

突然の声に俺は体をびくつかせ、声の発せられた方を勢いよく振り向いた。そのせいで首に鈍痛が走る。「痛!!」と叫びながら首をおさえる。

「大丈夫!?驚かせてごめん。」

そこには、昨日のデジャヴかと思えるコンビニ袋を持った佳乃が立っていた。ポカンとしている俺を気遣いながら佳乃は袋を勉強机に置くと椅子に座り、

「昨日は取り乱しました。」

と頭を下げた。俺は、まだ状況が理解できずに「あ…うん。」としか返せなかった。

「昭人の部屋に入るの久しぶり。以外と片付いてるじゃん。」

部屋をゆっくりと見渡す。ようやく佳乃が自分の部屋にいる実感が湧いてきた。ベッドの上に正座し、言葉を探した。

「昨日は…何と申しましょうか…色々と…え~…御迷惑をお掛けしまして…」

探したが見付からず歯切れの悪い謝罪会見の様になってしまった。ぷっと佳乃が吹き出した。

「なんだよ。笑うなよ。」

「今の笑わないでいつ笑うのよ。もうお互い謝ったりするのは止めようよ。私も昨日ボコボコにしたの謝らないから。」

そう言うとコンビニ袋からスポーツドリンクを2本取り出し、1本を俺に投げて渡した。

「ありがとう。…で、今日はそれを言いに来てくれたのか?」

「ん~…まあね。昨日あんな風になっちゃったからさ。あの後、凄く後悔して今日はちゃんと話したくて来てしまいました。先伸ばしすると会い辛くなりそうだったし…。」

佳乃はスポーツドリンクを一口飲むと続けた。

「…で、来てみたら風邪引いて寝込んでるっていうから、そこのコンビニでこれ買ってきたワケさ。」

そう言いながら佳乃はスポーツドリンクを振る仕草をし、コンビニ袋からシュークリーム、柑橘ののど飴、酢こんぶを出した。酢こんぶはボケだろうか?つっこんだ方が良いか悩むところだ。

「昭人はこれからどうするの?その…華ちゃんとは…。」

佳乃には珍しく、言葉に切れがない。

「もう無理かな。」

「即答だね。本当に良いの?あんなに可愛い子。」

「じゃあ、聞くが逆の立場だったら佳乃は付き合い続けられるのか?」

「無理。」

「だろ?」

2人同時に飲み物を飲む。

「そうそう。華からメッセージが来たんだ。」

画面を見せても良かったのだが、俺に宛てられたものを見せるのは少し気が引けたので口頭で伝えた。

「恵美…恵美…。谷村か!!あのヤロ~。」

佳乃は拳を握りプルプルした。怒ってはいるのだろうが、深刻さはない。本当に吹っ切れているようだった。だとしたら昨日の涙はなんだったのだろうか?ふと佳乃の「解ってないな~。」という言葉を思い出した。

「佳乃、昨日俺に解ってないなって言ったけど、あれは何だったんだ?俺鈍いからよろしければ、お教え頂きたい。」

と、頭を下げた。「鈍いのは知ってる。」と答えた後、佳乃は少し考える素振りをして

「あれは、まぁ、もういいよ。」

と言った。

「何だよ。気になるじゃんか。」

俺がそう言うと、また考え出した。先程より少し長い間があり、「よしっ。」と頷き話し始めた。

「そうだね。お互いモヤモヤした気持ちは

今日の内に解消しよう。

 あの時さ、そりゃ私だって多少は落ち込んでたワケよ。…で、昭人がずぶ濡れになりながら謝りに来てくれてさ。もちろん真実が分かってプチパニック的な事もあったんだけど…ん~…なんていうのかな~。」

ポリポリと頭を掻く。

「悪くないのに落ち込んでる昭人見て、そんな思いさせちゃってる自分が申し訳なくて情けなくて…。落ち込んでる昭人にも何か腹立ってきて…で…気が付いたらボコボコにしてた。」

「ん?」

話が飛躍して理解が追い付かない。

「なに?」

「何かって何だよ?」

「言葉では言い表せない複雑な気持ちよ。」

これはこれで納得するしかなさそうだ。まあ、何となく解らなくもない。

「そうか。」

「そうよ。」

要するにあの時の「解ってない」は、佳乃が自分自身の情けなさから来る複雑な感情だったのに俺が佳乃の方が傷付いているから怒っているのだと勘違いしたからだったのだ。…って解るか!!難し過ぎるわ!!と思ったが口には出さなかった。

「ごめんね。」 

「お互いもう謝らないんじゃなかったのか?」

「そうでした。」

ニコリと笑い、「病気なのに悪かったね。」と言い立ち上がった。「おう。」と答え部屋から出て行く佳乃を見送った。さて、少し横になるかと思った時、佳乃からメッセージがきた。

“酢こんぶ ツッこめや。”

どうやらボケだったらしい。



 貴重な夏休みを2日無駄にした。

 完全復活した俺を待っていたかの様に佳乃から“今から来い。”とメッセージが届いた。何か用かと聞いても“いいから来い。”とだけ返ってくる。どうせ予定もないので佳乃の家に向かった。


 佳乃の家に着いてノブジイに挨拶し、部屋に通された。和室の部屋に座布団が2つ。座るよう促され正座した。佳乃も座るが腕を組み目を閉じ喋らない。眉間に皺まで寄っている。怒ってるのかな?俺何かしただろうか?とビクビクしているとゆっくりと目を開いた。

「第一回作戦会議を始める!!」

佳乃から突然発せられた言葉は意味不明である。

「ちょっと待て、意味が分からん。」

「そんな事で作戦が成功すると思っているのか!!」

怒られてしまった。

「あ…はい。ごめんなさい。とりあえず説明して頂けるとありがたいんですが…。」

めんどくさそうなので謝っておくと「よろしい。」と咳払いを1つして話し出した。

「今回の事で私は学校にも警察にも言わないことにした。谷村や華ちゃんが退学になったり捕まったりしたら寝覚めが悪いからね。偉い?」 

俺は「偉い偉い。」と相槌を打つ。

「だがしかし!!私だって腹が立っているのだ!!何かしらやり返したいのだ!!どんなに小さい人間と思われようが、嫌われようが構わない…やり返したいのだ!!この気持ち昭人に分かるか!!」

佳乃は立ち上がり拳を振り上げ演説する。俺は「おお~。」と頷きながら拍手をした。

「ところがだ…。」

佳乃は座り直し続ける。

「善良で素直で良い子の私には復讐の方法が全く思い付かないのだよ。」

嫌な予感しかしない。

「そこでだ。姑息な嫌がらせを思い付きそうな小悪党の昭人君にきてもらったワケさ。」

「誰が小悪党だ。」

「何かないかね?昭人君。」

気持ちは解るし、遊んでるようにしか見えない佳乃に付き合ってやる事にした。

「分かったから、その口調は止めろ。疲れる。」

そう言うと正座を崩した。

「俺は、たったさっきまで自分が姑息な嫌がらせを思い付きそうな小悪党だとは知らなかったから、どの程度出来るか分からないけど頑張るっす。」

「よろしくね小悪党。」

「腹立つ。」

笑い合いながら第一回作戦会議の幕が切って落とされた。


 勇んで始めた会議だったがなかなか良いアイデアが出ない。

「落書きとかは?」

「器物損壊だね~。」

却下。

「落とし穴は?」

「攻撃対象だけを落とせる場所ってどこだろ?他の人が落ちるリスクもあるし…。」

却下。

「水かけたりとか?」

「今の季節、逆に気持ち良いんじゃない?」

却下。

 そんなやり取りをかれこれ1時間程続けた。

「意外と難しいもんだな。」

「そうだね。何か相手をびっくりさせて、こっちがスッキリするような…。」

「大砲撃つみたいな?」

俺はスッキリという言葉で先日の会話を思い出して言った。

「あ…。」

「言っておくけど不可能だからな。」

分かってると思うが一応念を押しておく。

「分かってるわよ。例えばだけど、ロケット花火とかはどうかな?」

「人に向かって撃つのか?危険、却下。」

「人は狙わないわよ。当たり前じゃない。」

復讐する時点で当たり前ではないとおもうのだが…。

「例えば攻撃対象の家に撃ち込むとか。」

「火事になったらどうするんだよ。花火だからな。」

「やっぱりダメか~。」

佳乃が仰向けに転がる。衝撃で胸が揺れるのを見て不覚にもドキリとした。それがきっかけではないが思い付く。

「例えばだけどな。ロケット花火って最後にパーンってなるじゃないか。距離とか測って家の近くで音が鳴るように撃てれば火事とか何か壊れたりの心配とかなくなるんじゃないかな?」

と言った後、「絶対ではないだろうけど」と付け加えた。佳乃は勢いよく起き上がり「おお!!」と声を上げた。起き上がった時にも胸が揺れる…一度気になるとついつい目が行ってしまう。哀しい男のサガだ。そんな俺の動揺など気付きもせず佳乃はしきりに感心している。

「今までの案の中では最有力だね。」

すると佳乃は「さてと…」言いながら立ち上がり、早くしろと俺を急かす。

「何だよ?」

「決まってるでしょ。方法が見えて来たなら実現可能か偵察と検証よ。」


 佳乃について行くと電車に乗り、華の住む街に着いた。佳乃はスマホを時々確認しながらどんどん進んで行った。何となく予想がついてはいたが商店街を抜け、更に密集した住宅街も抜けて家が疎らになった所で佳乃は足を止めた。

「あの家ね。」

そう言うとある2階建ての一軒家を指さした。

「あれが谷村恵美の家なのか?」

「そう。」

俺の予想が当たっていたが、これからどうするのかと聞くと何かに気づきスタスタと歩いて行ってしまう。慌てて追いかけると谷村恵美の家の裏の高台をグングンと登って行った。木でできた『美山公園』の看板が目に入る。暫く登ると整地された広い公園があり、遊具が点在しており、夏休みの子供達が大きな声で笑いながら遊んでいた。佳乃が歩みを止めた場所に行くとすぐそこに標的の家が見える。あんなに歩いたのに大して登っていないものだ。

「40…30メートル位かな?良い場所だけど近すぎるかな?」

佳乃が残念そうに言う横で俺はスマホでロケット花火の飛行距離を検索する。

「100メートルとか飛ぶのもあるらしいけど20メートルってのもあるぞ。打ち上げて20メートルだから打ち下ろしならもう少し飛ぶだろ?そう考えれば調度良いんじゃないのか?」

「そうかもね。どこかでロケット花火飛ばしてみて調整してみよう。さて、次行こうか。」

次とはおそらく華の家だろう。

「その前にちょっといいか?」

俺は公園のベンチに佳乃を座らせた。

「なに?」

「言い辛いんだけどさ…。」

「何よ。はっきり言いなさいよ。」

「華にはさ…止めないか?」

沈黙が流れた。佳乃の表情は変わらない。

「華がやった事は許される事じゃない。佳乃が怒るのも当然だし、俺も怒ってる。」

一呼吸置き続ける。

「でもな。俺が華に何かするっていうのは違う気がするんだ。最近考えたんだけど、俺、本当に華の事好きだったのかなってさ。好きでもないのに付き合ってたのかなって…。最低だろ?」

佳乃は黙って聞いている。

「…でさ俺が言いたいのは…」

「あー!!分かった分かった!!分かったからもう言うな!!昭人に免じて華ちゃんには何もしない!!まあ、大好きな昭人に振られて学校とか警察に言われないかビクビクしてるだろうから充分かもね。」

「ありがとう。」

「その代わり、最後まで付き合ってもらうわよ。」

「もちろんですともボス。」



 あれからほぼ毎日、佳乃と作戦会議と近所の河原でロケット花火の発射実験を繰り返した。その甲斐あってロケット花火の選定、発射台の改良、飛行距離の調整とほぼ作戦決行可能になった。復讐というネガティブな目的だったが正直楽しかった。

 最終調整を終えて二人で夕陽に染まる河原に腰掛けた。

「ついにここまできましたねボス。」

「うん。昭人のお陰だね。」

目的達成が近いはずなのに佳乃の横顔が少し淋しそうに見えた。

「決行はいつにする?」

俺が聞くがすぐに返事が返ってこない。遠くで電車の走る音が聞こえた。静かな時間が流れようやく佳乃が口を開いた。

「やらないよ。」

ポツリとそう言うとまた静かな時間が流れる。

「そうか。」

「うん。おじいちゃん達がさ、大砲撃って何でスッキリしたと思う?」

「そりゃ大きな音で自分で撃てばスッキリするんじゃないのか?」

「そうだけど、訓練だったからだよ。敵に向かって撃った事ないんだってさ。敵をやっつけるために…自分達がやられる前に敵をやるために撃ったらスッキリはしなかったんじゃないかな…。」

そうかも知れないと思った。

「だから私もやらないんだ。昭人と一緒に考えて実験して楽しかった。スッキリしました。ありがとう。」

そう言ってこっちを向きニッコリと笑った。夕陽に照らせれた佳乃を素直に綺麗だなと思った。

「お役に立てたなら光栄です。俺も楽しかったよ。色々あったけどね。」

「色々あったね。昭人ボコボコにしたり。」

佳乃は笑った。

「佳乃が泣いてるのも久しぶりに見たな。レアな姿だったな~。」

俺は笑った。

「失礼ね。昭人が知らないだけで私結構泣いてるんだよ。」

「それは初めて聞いたな。じゃあ、あの時以外にいつ泣いたんだよ?」

「昭人が華ちゃんと付き合った時。」

予想外の言葉に去ったと思えた静かな時間が帰ってきた。

「あれ?私、何言ってるんだろ?」

佳乃はアハハと笑うと続けた。

「でも…まぁ、そういう事です。今は言いません。昭人は優しいからさ。華ちゃんの時みたいに同情でOK しちゃいそうだし…。落ち着いたらね。」

と膝に顔を埋めた。

「それってもう言ってるのと同じじゃんか。」

「もう止めてよ。自分でも何でこんな事になってるか分かんないんだから。」

そう言うと顔を上げた。こちらは見ない。

「………で、どうなのよ?」

「ん?」

「どうなのか聞いてるの!!」

「落ち着いたらじゃなかったのか?」

「ここまで来たら仕方ないじゃない。嫌なら嫌でダメならダメって言えばいいじゃない。」

再び膝に顔を埋めてしまった。

 俺の中で佳乃の存在は大きかった。この夏、それが更に育っていく感覚が確かにあった。佳乃の気持ちを聞いた今、それが何なのか理解した。やはり俺は鈍いんだなと思った。

「こちらこそだよ。俺で良ければ…。」

「やっぱりダメ。」

「なんだよ。」

「同情してる…。」

「してないよ。」

「してる。」

お互いに顔を合わせて言い合いになったが何だか可笑しくなって2人して笑ってしまった。

「あ~可笑しい。まあ、ゆっくりとね。」

「ああ、ゆっくりとな…。」

二人の間を涼しい風が通り抜けて行った。

「そういえば私達、大砲大砲言ってたけど本当は何て名前だったっけ?」

「確か…五十口径四一式一五糎砲だったかな?間違ってたらごめん。」

「どんな物なんだろうね?どこの部分が15センチなんだろう?」

そう言うと佳乃が体をずらし近付いた。

「15センチってこの位かな?」

「もっと近いんじゃないのか?」

今度は俺が近付く。

「この位だろ?」

「もう少しじゃない?」

ぴったりとくっついた二人の影が夕陽と共に薄まり、そして消えていった。











 


























 

 

 



 

 









 


 




 







 

 

 

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五十口径四一式一五糎砲 ポムサイ @pomusai

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