第1061話 『25のプレリュード 作品31』 アルカン
飽和炭化水素ではありません。
シャルル=ヴァランタン・アルカン先生(1813~1888)は、久しぶりの登場です。
こちら、『25のプレリュード』は、第1曲目から、じっつに、じゅわーっ、とした、良い音楽です。
1813年といいますと、ペートーヴェン先生の交響曲第7番が初演された年であります。
また、ワーグナー先生の生まれた年でもありまして、アルカン先生はワーグナー先生と同い年なんですね〰️〰️〰️〰️☺️
ちなみに、ショパン先生は1810年、リスト先生は1811年、シューマン先生は、1810年、メンデルスゾーン先生は、1809年の、お生まれ。
ロマン派の大家のみなさまが、どんどんと生まれた時期ですね。
アルカン先生は、フランスは、パリのお生まれです。
音楽一家で、早くから頭角を表し、なんと、6歳でパリ音楽院に入学。
7歳台にて、ヴァイオリニスト・デビュー。
12歳で、ピアニスト・デビュー。
ピアニストとしては、ショパン先生、リスト先生と並ぶくらいの名人だったのに、なぜか、人生25年残して、ステージからは引退。
グレン・グールド先生(1932~1982 )は、ステージをみかぎって以降は、録音で大活躍しました。
もし、そうしたものがあれば、アルカン先生も、そのような選択肢があったかもしれないですが、それは100年早かった。
そこで、作曲に専念したようです。
パリ音楽院のピアノ科長さんのポストを争いましたが、なぜか、自分のお弟子さん筋に奪われ、仲良しだったショパンさんが早死にし、世の中から退いたようです。
やましんあたりと違って、世間から認められた名人、大家さんです。
それでも、完全に社会と縁を切ったわけではなく、出版社とは、お付き合いが続き、自宅に籠っていることが多いものの、たまには外出したり、ミニ・リサイタルを開いたりもしていたようです。
亡くなった原因も、いまいちはっきりしないようですが、自宅内事故ではあったようです。
さて、たまたま、いま鳴っているのは、第14曲、第15曲あたりですが、たいへんに、素敵です。
とても、ロマンチックなところから、斬新で、神秘的なところまで、幅の広いかたです。
20世紀も後半になって、急に録音で知られ始めたような気がいたします。
ピアノ作品が中心で、そこは、ショパンさまと似た状況ですが、じつは、交響曲もあるようなのですが、出版されていないらしいです。ピアノ協奏曲、あります。
なんとなく、迷宮に隠された、マニア的作曲者さまみたいな扱いですが、そろそろ、お外に出ていただいて良いのでは?
ななめ後ろ向きで、傘をもって、帽子をかぶった、お顔の見えない肖像写真が有名。
聴いているのは、ローラン・マルタンさまのソロ。(マルコポーロ 8.223284 )
◇◇◇◇◇◇◇◇ うつ ⏹️ うつ ◇◇◇◇◇◇◇◇
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