第633話 『ピアノソナタ第19番ト短調作品49-1』 ベートーベン

 ちょっと、飛びますが、そこは、もともと、順番のことは、考えていないものですから。


 ピアノを習っていない私には、学習過程というものは、わからないのですが、これは、わりかし易しく書かれている作品で、学習用にもよく使われるようであります。


 つまり、ピアノを習っている、あるいは、習った方は、よくご存じのはず。


 二つの楽章から成りたつさくひんですが、第1楽章が、かなり、じゅわじゅわな、癒し度があります。(個人差あります。)


 けっして、底の浅い作品ではなく、上げ底でもなく、なかなか、深いものを秘めております。


 こうした作品は、ピアニストさまのお力で、未知の魅力を引き出されたりもします。


 簡潔ですが、第1楽章の展開部から再現部に移るあたりには、あの、『月光ソナタ』(第14番。1801年)を思い出させる動きが、覗くような気もいたします。


 作曲されたのは、あまり、はっきりした日付はわからないらしいですが、おそらく、1796年ころから書かれていて、完成は1798年とか。


 出版は、大分あとで、1805年。


 1804年には、すでに、ワルトシュタイン・ソナタが書かれ(第21番ハ長調)、1805年には、第3交響曲が初演されます。


 しかし、オーストリアは、ナポレオンからの圧力にさらされ、やがて、1809年5月12日には、ウィーンは、フランス軍の攻撃にさらされたまま維持できず、降伏し、占領されます。


 大砲が撃ち込まれたので、ベートーベン先生も、弟さん宅の地下に避難もしたとか。


 かつて、師事したアルブレヒツベルガーさまが、3月7日に亡くなり(73歳)、さらに、フランスの攻撃や、占領に苛立ちながら、まさしく、生きるヨーロッパの宝、ハイドン大先生が、5月31日に、亡くなります。(77歳)


 フランス軍は、ハイドン邸の前には、敬意を表すため、もしかして、事故防止の観点からも、衛兵をつけていたようですが、ハイドン先生は、相手にしなかったような。


 6号15日に、やっと、ハイドン先生の葬儀があり、これには、フランス軍も参加したとのこと。


 ウィーンの貴族の多くは、避難してしまい、ベートーベン先生の年金支給が滞ったりもあったとか。


 映画もアニメも、闘いだらけですが、戦争なんて、そこだけにして、実際は、やらないでくださいな。 


 かなり、迷惑です。(えらそに、言うな❗)




・・・・・・・・・うつ  ⚔️ うつ・・・・・・・・・・・・


 



 


 






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