第22話 「シンフォニア」ニ短調 W.F.バッハ
世の中の物質というものは、いざ必要だから探さなければ、という時の直前になると、どこかに逃走してしまって、みつからなくなるという性質があるようです。
この曲のCDさんもLPさんも、先日まで、ぼくの目の前でちょろちょろしていたのに、今回、ちょと参考にしようと思い立ったとたん、どこに行ったのやら、さっぱりわからなくなっております。
こういう場合は「いいよ、もういなくても、そのまま書くからね!」と宣言すると、ふっと現れることが多いのですが、今回はよほどご機嫌が良くないのか、出て来ません。
まあ、人間界の場合も、「あいつがいたばっかりに、大切なものが無くなったり、後々まで面倒を残したりして、大迷惑だ。悪いやつだ!」と、揶揄されるような歴史上の人物が、幾人もいらっしゃるものです。
ま、『歴史上』までにならなくても、十分あるかと思いますし、ここにもひとりおりますが。
ウイルヘルム・フリーデマン・バッハ先生(1710~1784)も、そのおひとりでした。
大バッハ先生のご長男にして、ご子息中、最高の才能があったといわれ、お父様からも非常にひいきにされていた天才です。
ところが、死後、評判の悪さでも最高で、いまだにネット上の記事を見ても、どうもぱっといたしません。もうちょっと、いい事も書いてあげてもいいんじゃないかと思ったりもいたします。
わがままで、チャンスも生かせず、せっかくの才能を持ち崩し、父親の大切な楽譜などを売り飛ばして、さらに父の作品の模作をして、自作だと、言ったりしたうえ、大酒を飲んで健康を損ねて、貧困のうちに亡くなった、と。
ただし、研究者の方によっては、いやいや必ずしもうそうではない。彼は彼で必死に偉大な父の遺した財産を維持しようと頑張っていた形跡があり、後世の人が批判する以上に、まず努力を認めるべき余地があるのでは、という記事も拝見したように思います。(これまた、あのでっかいCD本が、どうしたわけか見つからなかったのですが、かつて出版された「大バッハ全集」の分厚い解説書の中にあったと思います。)
しかし、ここはやはり「うつうつ」でございまして、バッハ先生のご子息たちのご案内ではございません。
かつて大震災の半年後に、まだ、あちらこちらでビルやお家が倒壊したり、地面がぎざぎざに隆起したりしている中で訪れた神戸で、偶然に、ある演奏会で聞いたのが、この不思議な作品との出会いでございました。
楽章は二つ。(もう一楽章あったのでは?という声も・・・)
第一楽章は、二本のフルートと弦楽合奏が奏でる、まったく異世界のような音楽です。
混沌とした、つかみどころのない、まだ形成されていない大地のような音楽であります。これが延々と続くのです。(といっても、そう演奏時間自体は、長くないですが、そう言う感じなのです。)
やがて、緊張感に満ちた、非常に短いモチーフによるフーガが始まります。
フルートは沈黙し、ただ舞台上でたたずむのみ。
もはや最後まで、出番はありません。
少し高揚しては鎮静化するということを、幾度か繰り返した後、突然終結となります。
「うううん・・・・これは、天才の作品だ!」
大震災後の、非常に厳しい状況の現場で、ぼくは圧倒的な沈黙を余儀なくされました。
これは、いったい何なのだろうか?
それから、その日からCD探しに取り掛かり、たしか京都あたりで、すぐに見つかったのが、ハルトムート・ヘンヒェン様の指揮による録音でした。
当時の写真に写るヘンヒェンさまも、まだお若くて、実にカッコいいです。
その後、新しい古楽器演奏のCDも見つけたりして、一時期かなり、この曲に凝っておりました。(くりかえしますが、すべて行方をくらましております。)
不思議な癒し効果があるのでございます。
ただし、大好きな、この曲の、終結のさせ方は、少し問題です。好き嫌いですが。
ヘンヒェンさまは、かなりかっこよく、決然と終わらせています。
ぼくは、このやり方が好きです。
でも、これは、ややロマンティックな方法かもしれません。
どちらにいたしましても、現在でも、まだ不遇なこの作曲家に思いをはせながら、名誉回復の確たる証拠が出て来て、「ああ、そうだったのか・・・長年苦しませてしまって、ごめんなさい。」と、人々から言われるようなことに、なってくれたらいいのにな、と思うのです。
それは、ぼくをなぐさめてくださったことに対する、お礼の気持ちでもございます。
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案の定、投稿したとたんに、探しても見当たらなかった場所から、CDさんがおずおずと出て来ました。まあ、よかったような、でも、なんで?というような感じでもありますが・・・怪奇現象でしょうか? それともやはり・・・
(2023年4月5日。内容に、いささか、誤りがありましたようなので、修正しました。)
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