第15話  シベリウス:交響曲第四番・そのほか

 ぼくがシベリウスさんの作品の中で一番好きな曲は「交響曲第六番です」(別稿「第六交響曲」をぜひどうぞ)。しかし、ここではある思い出話を書きたいこともあって、「第四交響曲」を出してまいりました。


 シベリウスさんの交響曲の中で、第六番と共に(でも第六番はどちらかというと敬遠されていたのに、第四番はあからさまに「わからない~~!」と言われていた感じです。第三番も人気があまりありませんでしたが。)人気がなかった作品です。最近は、大分風向きが変わって来ていますけれども。

 

 ここでご了解もなく、実名を出してしまうのですが、もうかなり昔、そう、三十五年以上前位まで、神戸の三宮に「マスダ名曲堂」というレコード店がありました。ご主人はもうずいぶん昔にお亡くなりになったようですが(レコード雑誌に訃報の記事が出ていました。)ぼくは、人生でたった一回だけ、ご主人にお目にかかりました。それはたぶん22歳の事で、当時ぼくはセールスマンをしていましたが、休日(水曜日だったと思います。実はその気になれば、その年月日まで記録もあるのですが、そこは省略)に、半日かけて神戸まで出かけ、その小さなお店に入りました。気に入らない生意気なお客さんには、売らないこともあった、という記事を雑誌で見ていたものですから、少しこわごわでしたが。


 お店の中は、一般のレコード店のような展示は一切ありません。

 ご主人が一枚一枚作製した、単語カードよりは大きめの、手書きのカードが置かれていて、それをめくって、気になるレコードを出してきていただくのです。

 ご主人は、もう、それなりのご高齢になっておられました。

 社会に出たばかりで、しかも自信なさげにおどおどしているぼくの内心まで、さすがに見抜かれたのでしょう。

「あんた、友達がいないでしょう?」(本当は関西弁、ぼくは関東系の言葉で、ちっとうまく書けないのでご容赦を。)

 と聞かれました。


「はい・・・・まあ。」

「でもね、それは仕方がないのですよ。クラシック音楽を聴くと言うことは、哲学をしているということです。友達ができない引き替えにね。だから気に病んではいけない。」

「はい・・・。」

「あんた、お名前は❓ 記録しとこ。」

「やましん(実際は本名を言いましたよ)です。」

 そう、これがこの本当の一期一会となった時の会話です。

 このとき、購入して帰ったのが、ジョン・バルビローリさん指揮の、シベリウスさんの「交響曲第四番」と、アルビノーニさんなどの、バロック音楽の作品集でした。(CDはまだない時代ですから、LPレコードです。)

「さすが、いいものを見つけ出しますなあ。」

 と言われて、うれしかったことを思い出します。


 きっと、長年の常連だった方も、たくさんいらっしゃるでしょうし、そうしたネット上の記事も見受けますが、ぼくの記憶が消滅する前に、少し書いておきたかったのです。(いまや世界的な有名人も、いらっしゃったような・・・)


 この時のレコードそのものは、いまも、この家の一階に、大事に保管してあります。ビニール袋で包んで、ガラス棚の中に入っていますから、ぼく本人とは違って、ほとんど劣化はしていないはずです。


 ちなみに神戸には、もう二軒、よく(といっても遠隔地なので時々)まだ若い時代から利用させていただいたレコード店があります。一軒は現在もお付き合いがあります。もう一軒は、大震災の半年ほどあと、音楽関係のコンベンションで神戸に行った際、建物がなくなってしまっていました。お元気ですか?


 さて、せっかくですから、音楽について。

 この曲は、シベリウスさんの作品の中でも、「マリンコニア」とならぶ、二大「うつうつ」音楽であります。

 最初から最後まで、暗く冷たい世界が永遠に続くように、普通は感じられるに違いありません。事実初演当時も、そう感じられたようで、聴衆は相当困惑した様です。


 ところが、割と最近、フィンランドのある「オケ」の皆様にインタビューした記事を読んでいましたら、実はこの「第四交響曲」とか「第六番」とか、このあたりが、一番人気があったというのです。


 なるほど。ぼくにとっては、とても心強い結果なのであります。

 けっして、ぼくだけが「ちょっと変」なわけではないという事ですからね。

 けれども、実際に日本でも、人気があるのは、やはり「第二交響曲」なのです。統計調査でも、そういう数字が出ていました。これは、たぶん今もそうなのでしょう。日本シベリウス協会の20周年記念誌を見ますと(2005年。日本のプロオーケストラ22団における定期演奏会での演奏回数の統計)第二番が圧倒的に第一位です(139回)。第二位はヴァイオリン協奏曲で98回。第三位は交響曲第一番ですが、第二の半分以下の55回。あと、「フィンランディア」「交響曲第五番」「第七番」「トゥネラの白鳥」と続いて、その次が「第四番」ですが、わずか19回にすぎません。


 その後、CDの普及もあったので、少しは二番・一番以外が増えてきているんじゃないかなあ、とは、ぼくも勝手に思いはしますけれど。

 しかし、東京など大都市圏以外の地方では、シベリウスさんが演奏されること自体が、もっと少ないでしょう。


 でも、まあ、これは、「うつうつ」としては余談であります。

 ところが、この「第四番」ですが、よく聞いていただくと、意外と「うつうつ」だけじゃやないと言うことが、聞こえるようになって来ると思うのですね。

 とにもかくにも、旋律が実に美しいということです。

 シベリスウさんの音楽自体が、ブロックを綿密に組み立てて行くような作曲法なので、少し聞き取りにくいのかもしれませんが、最初から最後まで、美しい旋律がずらりと並んでいます。第四楽章や第二楽章などには、多少ユーモアも感じられて、なかなか面白い音楽です。第三楽章は、重苦しいですが、大傑作です。(ぼくには・・・ですが)


 もちろん、明るく楽しい音楽では、ありません。

 のどの腫瘍と言う病気を抱えていたしべ先生が、「死」を意識しながら書いたに違いない作品なので、基本的には深刻な音楽です。

 (それでも、実際は91歳まで、長生きしたのです。)


 鎮静効果が、かなり期待されますが、シベリウスさんの音楽がお好きな方以外には、いきなりこれを聞くと、危険度も高いようにも思いますので、他の作品で慣れてから聞いたほうが良いかもしれないです。


 とはいえ、20世紀交響曲の、最高傑作のひとつに間違いないと、ぼくは思います。

 この曲を聴くときは、次の「第五番」とペアで聞くといいかもしれません。「第五交響曲」は、先ほどの統計からも分かるように、結構人気作です。演奏は相当難しそうですが、開放的で明るい響きが多く、心が慰められる場面がいっぱい出てまいります。


 にもかかわらず、「第四番」なしには、「第五番」はなかったと思われるのです。

 

 


・・・・うつ ☃️🌨️ うつ・・・・

 



 



 

 






 

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