第2話 メタルビースト
麒麟と遼太郎の二人はエレベーターに乗って上階にある第三開発室に向かっていた。
少しくらいコミュニケーションをはかった方がいいかなと思うが、遼太郎は年下である麒麟の殺すぞオーラに若干びびっていた。
「あなた歳はいくつですか?」
「20です!」
「どいつもこいつも年上なのにいい加減な人ばっかり」
「真田さんはおいくつなんですか?」
「19です」
「お若いですね」
「1つしかかわりません」
「でもその歳ですと、まだ学生なのでは?」
「海外の大学を飛び級で卒業してますから」
「凄いんですね」
「少なくともあなたよりかは」
初対面なのにすんごい噛みつかれてるなと思いながらも、遼太郎と麒麟は第三開発室へと入った。
中は開発用の機材と、人一人が入れるくらいの巨大なVR用の専用筐体が複数のパソコンに囲まれていた。
「凄いですね、こんな開発機材第四にはないですよ」
「当たり前です。ウチは第四と違って実績を上げてるので」
「第三人いないんですか? 誰も見当たりませんが」
開発室には人っ子一人おらず、聞こえてくるのは大型筐体からのファンの音だけだ。
「私が帰って来ると知って皆サーバー室に逃げ込んだんですよ。私嫌われてますから」
「なるほど、嫌われそうですもんね」
「…………」
麒麟はちょっと不機嫌になりながらも、自分で言った事なので気にしないようにしながら遼太郎にVR用ヘッドマウントディスプレイ通称ヘッドギアを放り投げる。
「なんですか?」
「ヘッドギアです」
「それはわかります。はは~ん、さては見くびってますね?」
バカにしたつもりだが、更にイラっとする返しをされて麒麟の頭部にビキっと怒りマークが入る。
「平山さん、第三のゲーム、メタルビーストはどの程度ご存知ですか?」
「確かロボゲーですよね? ガンニョムオンラインのパク」
麒麟がすんごい怖い顔で睨んだので遼太郎は黙った。
「完全オリジナルです。あっちは据え置きでVR対応してませんから」
「はい」
「とりあえず私も一緒に入るので、少しこのゲーム勉強してください」
「任せて下さいやるのは得意です!」
「いつまでもユーザー気分なんですね」
麒麟がチクリと刺すが遼太郎が気にした様子はなく、同じようにヘッドギアを被る。
自身の頭をすっぽりと覆い隠すヘッドギアは被ると自動で半透明のアイカバーが下りてくる。
遼太郎が側頭部にある電源ボタンを押し、目を閉じると意識が夢の中に落ちるようにぼやける。
その直後、彼の体は別の空間へと移動していた。
仮想世界専用VRゲーム。約三年前に大手ゲームハードメーカーから販売されたPSVRXは従来のバーチャルとは一線を画すほどのマシンパワーを持ち、不可能と言われていた精神のデジタル化に成功、自身の意識をゲームの中へと送り込むことを可能にする夢のゲームハードであった。
しかしながらゲームの開発は難航し、一つのゲームを作り出すのに膨大な費用と人員を必要とし、大手ゲーム会社以外からではとても開発に手を出せるような代物ではなかった。
遼太郎の在籍するグッドゲームズカンパニーも昨年ぐらいからようやくVRゲーム開発が軌道に乗り始めていたのだった。
「VRのこの感じはいつまで経っても慣れないな」
そう思いながら自身の体を見ると先ほどまでの私服ではなくなり、肌にフィットしたSF世界に出てくるようなパイロットスーツへと変化している。周りも会社の開発室ではなくなり、巨大ロボットの並ぶ格納庫が映し出されていた。
慌ただし気に整備班らしきNPCが声を上げており、臨場感や迫力は据え置き機の比ではない。まさしくプレイヤーはゲームの主人公と化しているのだ。
どうやらここが最初のチュートリアルステージのようだった。
「来ましたか」
既に聞きなれつつある冷たい声に振り返ると、そこには真っ赤なスーツに着替えた麒麟の姿があった。
片手にヘルムをもっており、そのぴっちりとしたスーツに少し戸惑う。
「真っ赤なスーツいいですね」
「課金装備です」
「……ちなみにおいくらですか?」
「2500円です」
「…………結構高いですね」
「これでも他社に比べればずっと良心的ですよ」
「さっきまでの私服がいきなりパイロットスーツになるとコスプレ臭が凄いですね」
「オフゲならプレイヤーの見た目を好きにいじくれるんですけどね。オンゲじゃしょうがないです。オンゲのアバターエディット機能は法律で制限されてます」
「相手の顔が見えないとトラブルに発展しやすいんですよね」
「匿名掲示板と同じですね。自分と特定されなければ平気で他のプレイヤーを中傷する人が増えるので。オンラインゲームで治安の悪化は致命的です。そのかわりある程度太い人をスリムにしたり、細い人を筋肉質にするくらいのエディットはできますよ」
「なるほど。オフ会で出会うと実は憧れの姫ちゃんがピザだったってオチですね」
「顔はあまりいじれないんで、痩せれば美人になるってことですよ」
「あの、人が誰もいないんですが過疎ってるんですか?」
過疎ってるという言葉に麒麟はむっとする。
「ここは開発サーバーだから人はいないんです」
「なるほど」
「そんじゃ適当に乗り込んでください」
「えっ?」
「ここ本当はナビゲートしてくれるNPCがいるんですけど、私がいるんでカットしました」
「その、乗り込むというのは?」
そこに並んでるでしょう? と指をさす。その先には見た目の違う人型の巨大ロボットが何体か並んでいる。
「どれも初期段階で性能に大差ありませんが。アタッカー、ディフェンダー、SJと別れているのでそこだけ注意してください」
全くそれ以外の説明をしてくれない麒麟であったが、長年ゲームをプレイしている遼太郎である、恐らくアタッカーは攻撃主体の機体で、ディフェンダーは防御であることはわかったがSJが何かわからなかった。
「あの、SJとはなんですか?」
「あぁすみません、ウチのゲームの造語なんで。サポート&ジャマーの略で主に支援機です。MMOならバッファーなどと呼ばれる機体ですね」
「なるほど」
どうやら味方の能力を強化したり、敵を妨害することができる機体のようだ。
「機体のカスタマイズもできるんですが、まだ後のパートなんで。見た目で選んで結構です」
「わかりました」
言われて遼太郎は大きな機械の羽を背中につけた鳥をモチーフにした機体を選択する。
「メタルウイングですか。ディフェンダーですね。敵の攻撃を背中のウイングで防御することができます」
「強そうですね」
「……今はアタッカーの方が強いですよ」
「いえ、これでいいです。いえ、これがいいです」
遼太郎はメタルウイングの胸部にあるコクピットに座ると、中は意外にもシンプルで左右に操縦桿が一本ずつとAT車みたいなギアレバー、フットペダルにレーダーらしきサブウインドウ、0~9までの数字の書かれたボタンが右の操縦桿脇についているくらいだ。
右側の操縦桿の親指が当たる位置に指と同じサイズのジョイスティックと〇、×、□、△の基本四ボタン、人差し指の位置にR1R2と刻印がされた二つのトリガーがある。
左側の操縦桿は右とほとんど同じだが、〇、×、△の基本ボタンはなく、かわりに上、下、左、右のボタンがついている。
どうやらこの二本のスティックでコントローラー一つ分の役割を果たしているようだ。
戦闘機のようなゴテゴテとしたものを想像していたがすっきりとしたデザインになっている。
遼太郎はよしと意気込んで、何も考えずにギアレバーを全開にした。
その瞬間機体の背面ブースターが火を吹き、盛大に吹っ飛んで壁に激突する。
「なにやってんですか。あなた全く説明書見ずにゲームをプレイする方でしょ」
目の前に通信モニターが開き、呆れた表情の麒麟の顔が映る。
「真田さんは説明書熟読するタイプっぽいですね。思いのほかスピードが出たので驚きました」
「ちゃんとヘルプが出てるでしょ?」
確かに目の前のモニターには、スティックを握りスロットルレバーを1に設定しましょう。左側のスティックで頭部カメラを動かせますと大きくイラスト付きで解説されている。
「ほんとあなたみたいな人がいるから機体が動かないっていきなりサポートコール鳴らしてきたりするんですよ」
「はは、さすがにそこまでクレイジーじゃないですよ」
「どうだか、ヘルプ作ってるUI班が泣きますよ」
ハンガーから麒麟の乗った真っ赤なモノアイの機体が動き出す。
脚部に馬の蹄のようなものがついているのと、肩に一角獣の角が見える。
恐らくユニコーンをモチーフにした機体なのだろうが、遼太郎には某有名アニメのライバル機にしか見えなかった。
「なんですかそれ、シャアザヌですか?」
「いちいちガンニョムに紐づけるのやめてください。ロボゲー作るとすぐガンニョムだマゾンガーだ、ゲッピーだって言われるんですよ」
「それは機体の差別化が出来てないのでは?」
「デザイナーにそのまま伝えておきます。新人が生意気言ってるって」
「すみません勘弁してください。でも角、赤、モノアイはやっちゃダメでしょう」
「そうですね、カラーリングくらいはデザイナーと相談します」
「あの、これどうやっておこすんですか?」
「右
遼太郎は操縦桿を引きながらペダルを思いっきり踏み込んだ。
すると背面のブースターが炎を上げ、後ろ向きに麒麟の機体に突っ込むと二機はまとめて格納庫の壁へと激突する。
衝撃で二人の体は大きく揺さぶられる。
「何やってんですか! 」
「あれ、おかしいな」
「おかしいのは貴方です。いきなりこんな下手な人初めてみました」
「いやはやお恥ずかしいかぎりです」
「褒めてませんよ、なんで照れてるんです」
二人はやっとの思いで格納庫から出ると、外は見晴らしの良い草原地帯になっており風が静かに吹いている。
「チュートリアルステージで特にギミックもありませんから」
「了解です、それでどうすればいいんですか?」
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