暁のデスペラード

飯来をらくa.k.a上野羽美

CHAPTER:1 THE DAWN

第1話

 土砂降りの夜がもうじき明ける。

 既に雨は止んではいたがとうにウォレスの体温を奪い去った後だ。構えたライフルを握っているその感覚すらない。自分が引き金を引けているのかどうかも分からない。銃声が闇夜を裂き、そのたびに誰かが悲鳴を上げて絶命していく。銃声に怯えいななき人間を振り落とす馬が跳ね上げる泥は弾丸がこちらの身に当たったのだと思わせるほど鋭くコート越しに突き刺さる。

 生きているのか死んでいるのか、その場にいる誰もが分からなかった。息をしながら、生きながらにして自分は今地獄にいるのだとウォレスは実感していた。


 東の空が白みがかり、それはすぐにあけに染まる。

 振り落とされた体が馬の蹄で蹴り上げられ踏みつけられ、体中に穴が開いた死体が朝日に照らされようとしている。しかしそれがすべての終わりを告げるわけではない。まだ銃声は荒野の至る所で鳴り響く。地獄へと参列するものは後を絶たない。


 ウォレスはその中でただじっと見ていた。恐怖していた。暁の下で踊るように戦う人間たちを。

 見えるかウォレス。自分にそう問いかけるように心の中で呟く。

 見えるかウォレス。あの悪魔たちが。

 奴らは笑っている。燃えるような暁の下で、笑いながら敵に命を差し出して敵の命を奪い取っている。


 見えるかウォレス。暁の下の無法者デスペラードたちが。






 冷え切った風と共に真っ白な朝がやってくる。しかし雪原のような静寂の白さとは別の、砂埃にまみれた白い朝だ。西風とともに訪れた荒野の砂が空気中を舞い朝日に照らされて街を霞がからせている。

 フローディア大陸の中で南東に位置する港町サンタモレラ。フローディアの中では珍しく、多くの建物がレンガを積んで建てられたこの町はアメリカ東部や欧州の街並みに似ていて、中心部には小さな、それでもこの町の中では一番背の高い時計塔がそびえ町全体を見下ろしている。フローディア大陸に訪れる移民や観光客は最初にこの街を訪れ、そこから開拓者たちがもたらした恩恵を駅馬車や列車で追っていく事になるのだ。おかげでこの町はいつも人でごった返している。


 いくつもの客船が船着き場を占領し、十数台しかない駅馬車を何人もの人が行列を成し待っている。その多くが貴族のようななりをした人々。こしらえたスーツやドレスに身を包み、むせかえるような香水の香りが町に充満しているかのようだった。


 南北戦争以前に始まった合衆国の隣に浮かんだフローディア大陸(実際に言えばフローディアは一つの大きな島だがあまりの面積の広さに人々は大陸の名を使っている)の開拓から半世紀以上たった今では、野蛮な先住民からの被害はなくなったと大勢の人々がこの地に足を踏み入れていく。神話のような世界で一生を終えるために、あるいは神話の一ページを垣間見るために。

 そういうわけで港には「フローディアへようこそ」の文字が書かれた看板がまるで町のもう一つのシンボルのように掲げられている。水兵のセーラー服を着た人々が船から降りる貴族を笑顔で迎え、看板と同じセリフを高らかに叫ぶのだ。


「フローディアへようこそ」


 時は十九世紀末期、産業が世界を変え、武器が世情を変えようという時代。

 妖精が存在し、魔法が存在し、呪いが存在するというこの地に足を踏み入れる彼らの中で、故郷に戻りベッドの上で一生を終えられる者は三分の一にも満たない。






 サンタモレラより北、スプリングスの町。


 木造の家が立ち並ぶこの小さな町の大きな通りで男は立っている。

 浅黒い肌、大半の人が見上げるような身の丈。男の顔にはしわが刻まれ、短く生える無精髭も、風になびく髪にも白髪が混じっている。皮のコートの下のガンベルトに下がった銃に手をかざしながら男は前方を睨みつける。


「・・・・とうとう尻尾を掴みやがったな」


 風が砂を巻き上げる。巻き上げられた砂の向こうにいる相手を男は見据えている。見える影は三人。いずれも男のたくましい風貌に退くことは決してない、鋭い瞳を持ち合わせている。


「・・まぁ、どうだっていいことだ。すべてはこいつがものをいう。後悔させてやるぜ。この俺をここまで追い詰めたことをな」


 相手の大きな瞳を見つめながら、男は鋭く銃を抜く。


「バンバンバン!!」


 合わせて小さな声が小さな町に響き渡る。


「ぐおおおおっ!」


 男の銃弾が相手に被弾することは無く、代わりに自分が弾をその身に受けることになる。一発必中の避けられるものがいない、無敵の弾丸。子供たちが放つ、この世で一番の命中率を誇る見えない弾丸が当たると男は膝から砂上に伏してピクリとも動かなくなる。


「いよぉぉっし!悪の親玉のフランクを倒したぞ!!」


「賞金の三千ドルは俺らのものだ!!」


「街に平和が訪れたぞ!」


 子供たちの歓声を余所に男はゆっくりと起き上がり砂埃を払った。


「あっ、フランク!何起きてるんだよ!!お前さっき死んだだろう!!」


「あぁ、なんだ?お前ら。賞金が欲しくないのか?今の俺は連邦保安官だぞ」


「えっ、なに!?賞金くれるのか?」


「・・ほらよ、俺の首にかかっていた賞金を山分けして一人千ドルの報酬だ」


 男は皮のジャケットから紙に包まれた飴玉を三つ取り出してそれぞれの手に乗せる。


「フランク・・。これ千ドルじゃないよ?」


「ガキのうちからンなもん欲しがるなよ・・ロクな大人にならねぇぞ?」


「確かにフランクみたいな大人にはなりたくないな!」


「言うじゃねぇかこいつ!」


 子供のを抱え上げてぐるぐると回すと沸き上がるような嬉しい悲鳴があがる。


「だってー!フランク仕事しないでこんな昼間から俺たちと遊んでるんだぜ!?町の大人はみんな昼間はちゃんと働いてるよ!」


「あーはいはい!お前の言う通りだよ!!俺はろくでなしだ!!反面教師にして立派に育ちな!!」


「反面教師ってなんだよ!大人みたいにわけわかんないこと言ってごまかすんじゃねぇよ!!」


「ちょっとあんたたち!いい加減にしなさい!フランクにお客さんが来たからあんたたちはそれくらいにして夕食の準備手伝って!!」


 フランクたちが声のする方に向くと一人の若い女性が町の奥から出てくる。まだ艶のある黒く長い髪、ワインレッドのドレスの下の肉付きにも無駄のない彼女はどんなに多く見積もっても二十代前半にしかみえなかったがこれでもすでに未亡人であり、子供たち三人の母親だった。子供たちは元気よく返事をしてフランクに手を振ると女性が出てきた方向へと急いで駆けていく。


「いつもごめんねフランク。あの子たち、今が一番相手するの大変な年頃でしょう?」


「まったくだ。でも楽しくていい。アマンダ、それで俺に客ってのは?」


 アマンダは目を伏せてから言う。


「すごく綺麗で若い女の人よ。もしかしてあなたの恋人?」


「あぁ・・」フランクはすぐに訪問者の正体を知る「仕事仲間だよ」


「・・本当に?」


「ああ、本当だ。どう考えたって俺に見合う歳じゃねぇさ」


「・・でも、フランク。あなたも心の落ち着ける相手を探した方が良いと思うわ。こんなこと言うのもなんなんだけど、一人で死んでいくのよりも傍に誰かがいてくれる方がいいでしょう?私だって、子供はいるけれどやっぱり夫が必要だと感じることがあるもの。・・・ねぇ、フランク。考えてみたんだけど、」


「アマンダ」フランクは煙草を一本取りだして火をつける「あんたは今のままでいい」


 フランクの隣を歩くアマンダの足取りはだんだんと遅くなり、やがてその歩みは止まる。


「・・今度はいつ帰ってくるの?」


「・・いつにしたって、約束は出来ねぇ。けど、また帰ってくるさ。近いうちにな」


 フランクは帽子を被りなおして町の入口へと向かう。やがて日傘をさして佇む一人の少女が彼の目に入る。





 カフェテリアの席からコーヒーを口にしてサンタモレラの時計塔を眺める男は周囲の空気を変えそうなほどに気品に満ちている。朝日に照らされる眩しいまでのブロンド。他の貴族とは一線を画す一級品の真っ白なスーツ。何物にも染まることないほどの純粋な白が男のトレードマークだ。


「フローディアの中で二十世紀を一番最初に迎えるのはこの町だろうな」


 男は時計塔から視線を外し目の前に座る初老の男に語り掛ける。後ろに流した白髪、整えた髭、彼の思慮深さを表すような深い緑の瞳。この初老の男もまた周囲の貴族よりもワンランク上の風貌だ。サンタモレラの中で一番小奇麗なこのカフェテリアですら彼らに見合うものではなかった。


「左様ですな」


「そして二十世紀を迎えることができるのもこのサンタモレラだけだろう。・・今のところはな」


「そのサンタモレラですら無法者に狙われている。悲しい限りです」


「この地には法と秩序の尊さを知らない者が多すぎる。未だに暴力こそ正義だと思い込んでいる哀れな連中ばかりだ。十九世紀ももうすぐ終わりだというのにな」


「・・一般的にはこの地は開拓が成されているという認識がありますが、実際はまだまだ文明ももたらされぬ未開拓地ばかりです。野蛮人が多いのも当然の事かと」


「だがその野蛮人もまた人であり、合衆国北部がもたらした産業の賜物とともに暮らしている。ならば彼らを法と秩序の下に導くのが我々の義務だ。例外はない」


「ですが彼らの中にはそれを拒む者もいるでしょう。いや、そちらの方が多いと断言できます。もうこの記事はご覧になりましたか?」


 初老の男は一枚の新聞記事をテーブルに広げる。ブロンドの男は新聞の文字を読むと静かに笑う。


「・・なるほど。だが私の考えに変わりはない。この大陸のすべての人を法と秩序の下に導くのだ。導く先が処罰による死刑であったとしても」


「・・彼らに関しては私がすでに手を回しております。芽吹く前の連中ですが、芽吹いたら厄介な相手を仲間に入れているらしい。一気に叩き潰してごらんにいれます」


「・・そうか。よろしく頼んだぞ」


 男は席を立ち、サンタモレラの街並みを見回して駅馬車の列へと消えていく。初老の男はそれを見送るとまた町の中へと戻っていった。






 サンタモレラ保安官事務所。


 『強盗団「暁」またしても輸送中の現金を強奪!被害額は十万ドルにも』


 小さな机の上、数日前に発行された新聞記事を目にしながら保安官のウォレスは生え揃った髭を撫でる。東洋の言葉で夜明けを意味する暁の文字を冠したその強盗団は、数年前に姿を現してからフローディア全域に活動域を広めている。もともと合衆国西部同様、荒くれたちが蔓延っているこの大陸の中ではまだまだ名をあげていない部類に入るのだが、その進歩の一つがこの新聞記事の文字だ。


「保安官殿はその記事をどうお思いですか?」


 机を挟んでウォレスの目の前に立つのは黒いコートに身を包んだ初老の男。シルクハットに黒縁の眼鏡をかけ、その下では艶めいた口ひげが朝日に照らされて輝いている。突然やって来た男にウォレスは心当たりがない。パイプを吸ってから煙とともに男に返す。


「今に始まったことじゃないさ」


「しかし、十万ドルですよ?決してはした金じゃない。ぽっと出の野盗では到底手に入らない金額です」


「そうだとして、俺とあんたに何の関係がある?用があるならさっさと言いな。表に出てるカンバンは見たのか?ここは世間話をする所じゃねぇ」


 不愛想なウォレスに男は静かに笑う。


「関係ならありますよ。あなたは保安官、彼らは強盗団、」


「だから奴らを捕まえろってか」ウォレスは彼の話を遮って強く言う「生憎強盗が起きた場所は俺の管轄外だ。今、このサンタモレラで強盗が起こったってなら話は違うがそうじゃねぇ。あんたは何か大事なモンでも取られたのかもしれねぇが俺には関係ないんだ。今はな」


「まだ話の途中ですよ保安官殿。何も私はあなたを責めようってわけじゃない。むしろチャンスを与えようとしている。あなたの懐に大金が入るチャンスをね」


「・・・何の話だ?」


「私たちは彼らを追っている。しかし私たちはその足跡すら掴めない。・・私たちと彼らは他人だから」


 ウォレスは男の言葉に眉をひそめる。


「そこで、私たちは彼らにかかっている賞金とはまた別に賞金を用意して、彼らの捜索を各方面に依頼している。賞金稼ぎはもちろん、無法者から法の執行人まで。つまるところはあなたのような人間にも」


「・・なら他を当たってくれ。そんな話、いくらでも転がっている。この大陸にどれだけの私怨が漂ってると思う?」


「持ちかけたのは、単なる仕事の話じゃない。チャンスですよ。最初にそう言ったでしょう?」


「・・話が見えねぇな。はっきりと言えよ」


「フランク・レッドフォードの名に聞き覚えはありますかね?」


 ウォレスはひりひりと感じていた緊張の出所を知る。


「・・ああ、昔ここいらで名を馳せてた賞金稼ぎだ。俺のところにもよく来た」


「彼とは未だに親交がありますか?・・・・・ああ、いや、答えなくても結構ですよ」


 男は軽い笑みとともにかぶりを振る。

 もし本当にフランクが強盗団に関与していて、自分がそのフランクから理由も定かではない賄賂のようなものを毎月受け取っていることが彼に知られているのなら?今のウォレスにはつばを飲み込むのさえやっとだったが、そ知らぬふりをして男に話をかぶせた。


「あいつに賞金は一セントも懸けられてないようだが、それでもフランクが強盗団に関与してるとでも?」


「その答えはどちらもイエスです。だからこそ関与の疑いがある善良な一般市民の彼から情報を聞き出すのが一番早い。そこで彼と親交があり正義と秩序の味方であるあなたの出番だ。強盗団の一味を逮捕できるというなら騎馬隊も貸すことができる」


「騎馬隊だと・・?あんたがいったい何者なのかは知らないがそいつが冗談じゃなけりゃあよほど金を持っているらしい」


「私が、じゃない。我々が、です。捕まえた強盗団のメンバー一人に付き生死を問わずデッドオアアライブで五千ドル、もちろん賞金が懸けられている場合はその賞金を支払いましょう。賞金首が生きていればその首にかかっている賞金の倍額を支払わせていただきます。『暁』の賞金首の中で最高金額の首をご存じで?」


「・・・・・信じられない話だが、五十万ドルだ。しかもそいつは女ときた。顔はおろか名前すら分かっていないがな。本当に存在するのか?」


「・・・ええ、彼女は確実に存在しますよ。我々の目当ては彼女と一人と言っても過言ではない。それで、考えは固まりましたか?」


 ウォレスはパイプを置いて、数分の間沈黙する。そして一つ気にかかることを男に問いかける。


「やってみるが・・失敗する可能性の方が高い。その時は」


「別に構いません。あなたは善良な保安官だ。何事もなかったかのように業務に励んでくれればいい」


「そうか」


 大金と立場の失脚を天秤にかけているウォレスにとって男の一言は天からの贈り物だった。ウォレスは話を承諾するとそれ以上は話を広げないまま去っていく男を呼び止める。


「・・あんたは、いや、あんたらはいったい何者だ?」


 男は足を止めてウォレスに振り返ると、目以外を微笑ませて言う。


「今の我々に名前はありませんが、言うなれば無法者デスペラードが求める無秩序の夜明けとは違って、本当の夜明けを求める者たちの集いです。いい報告をお待ちしております。では、これにて」


 男は朝靄に消えていく。港町の、もうじき始まる活気の中へと。

 ともかくウォレスはその活気の中から眠たい顔をして現れる保安官補佐のデイブとフリオを待つことにした。

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