頭をかち割ったりするらしいですよ
「……仏像って、年代を確かめるのに、頭をかち割ったりするらしいですよ。
即身仏は割らなくていいんでしょうかね……」
横で懐中電灯を手に、そんなことを呟く志貴の横顔を見ながら、深鈴は、まったく、と思っていた。
何故、こうも晴比古先生を目の敵にするのか。
私が間でちょいちょい余計なことを言うのが悪いのかもしれないが。
そもそも
まあ、こう見えてこの人、私と出会うまで誰とも付き合ったことがなかったみたいだし、その辺の恋愛の機微というか。
そう言ったものがわからないのかもしれないな、と思った。
いやまあ、私も志貴以外の人とは付き合ったことはないんだが……。
そして、たぶん、これから先も、ない。
志貴が怯えているのは、晴比古に、というよりは、『現実』になのかもしれないと深鈴は思っていた。
自分たちは出会ってから今までずっと、特殊な環境下に置かれてきた。
だが、樹海ホテルの事件が円満に解決してしまったせいで、現実に戻ることをよぎなくされた。
あのまま殺人犯になっていれば、あの、家族が惨殺された悪夢のような夜を引きずり続け、志貴と二人だけの世界で生きていけたのだろうけど。
志貴は、私が他の人間と深く関わることをひどく恐れている。
だけど、私以上に、晴比古先生という『現実』の匂いがする人に惹かれているのは、志貴だと思うんだけど。
いやいや、おかしな意味ではなくて。
特殊な能力を持ちながらも、惑わされることなく明るい世界で生きている先生の姿に、私も志貴も、これからどうやって生きていけばいいのか、その指針を見出したいのだ。
そんなことを考えている間も、志貴はまだ懐中電灯を片手に晴比古に難癖をつけている。
先生には迷惑なことだろうけど。
でも、志貴のこの顔に似合わず女々しいところも好きだな、と思っていた。
全然違う状況で出会っても、私は志貴を好きになっていただろう。
でも、志貴は私のことを好きにはならなかったかもしれないな。
あの雨の夜――。
あんな出会い方でなかったら、志貴は私のことなんて目に留めることもなかったんじゃないだろうかと思うことがある。
そんな私の不安になど気づかぬように、志貴は今も楽しく先生をなじっている。
……困った人だ、本当に。
深鈴がそんなことを考えている間に、鍾乳洞の入り口にたどり着いた。
鍾乳洞とは言っても、あまり大きくはないようで、入り口に看板があるものの、特に観光地化はしていないようだった。
「地震で少し崩れたんで、奥の方は立ち入り禁止になってるんすよ」
と女子高生たちが言っていたことを俊哉もまた教えてくれる。
山の斜面にぽっかりと空いた穴。
特に灯りもないようだった。
上からはシダのように木々が覆いかぶさっている。
「……鎧武者も出るんでしたよね」
と幕田が怯えたように言い、晴比古が、
「いや、祇園精舎は生きた人間だったし、鎧武者も霊とは限らないだろ」
と言っていた。
いやいや、鎧武者の格好した人がその辺に立ってる方が怖いだろう、と思いながら、晴比古や志貴が照らす洞穴の中を見る。
あの穴を思い出していた。
罪深き人が閉じ込められていた樹海の穴を。
一歩前に出ようとして、深鈴は、ぬるぬるとした鍾乳洞の地面に足を滑らせる。
「深鈴っ」
とちょうど側に居た晴比古が抱き止めてくれようとしたのだが、間に合わず、深鈴は転んでお尻を強打した。
「いたた……」
大丈夫かとみんなが言ってくれる中、志貴だけが冷ややかにこちらを見下ろしていた。
「よかった」
と言ったあと、大丈夫? と申し訳程度に言ってくる。
思わず、もれた、よかった、の方が本音だろう。
「僕以外の誰かに抱きつくくらいなら、すっころんだ方がいいよ」
「いいわけないだろ」
と横で晴比古が言っているが。
……どうしよう、こんな志貴が好きなんだが、と思っていた。
志貴がモテ過ぎて不安になるときもあるのだが、こんな風にちょっと異常なくらいの愛情を見せられると、安心するというか。
たぶん、晴比古に言っても、幕田に言っても、
『お前らおかしいぞ』
と言われてしまうと思うのだが。
「ほら」
とまだ機嫌悪そうな素振りのまま、素っ気なく志貴が手を差し出してくる。
深鈴は、そっとその手を取った。
なんで、罵られて幸せそうなんだ……と思いながら、晴比古はいそいそと志貴の手を取り立ち上がる深鈴を見ていた。
……俺も一応、手は出してみたんだが。
王子様の前では影が薄いな、と思う。
なんだか本当に莫迦莫迦しくなってきた。
深鈴に操を立ててもなにもいいことなんてありませんよ、と言う志貴の言葉を思い出していた。
まあ、確かにそうなんだが……。
だが、志貴もこちらに対して文句を言いながらも、なんだかんだで合わせてくれている。
深鈴を亮灯と呼ばないでくれていることもそうだ。
……俺が亮灯と呼べる日は来ないんだろうな、とそのとき、ちょっと思った。
しかし、深鈴が滑るのもわかる気がする、と晴比古はおのれの足許を見た。
観光地化された鍾乳洞と違って、きちんと整備されてはいないので、足許が悪く、歩きにくい。
いつの間にか前を歩いている志貴が懐中電灯で先を照らしながら言ってきた。
「此処、怪談が似合う場所ですね。
してみましょうか、怖い話」
いや、俺にとっての、今、一番の怖い話は、お前が凶器になりそうなデカイ懐中電灯を持っていることなんだが、と思いながらも、
「そういえば、菜切もタクシーでしてくれたっけな、怪談」
と言う。
幽霊タクシーですか、と志貴の後ろを歩いている深鈴が呟いた。
「その話も一から整理し直した方がいいな。
まず、人気のない通りから、霊園まで乗せていけ、という幽霊が出たんだよな。
雨も降らないのに傘を差している、男の」
「でも、そのうち、みんな警戒して、そこで怪しい人を乗せないようにしていたら、傘を巻いて見えないように隠した男の人が菜切さんのタクシーに乗ってきたんですよね」
と幕田が言う。
「そしたら、菜切さんのタクシーは横転して。
気が付いたら、後部座席はぐっしょり濡れてて、傘だけが置いてあったと」
「その傘の所在は今はわからないんだったな」
と晴比古は幕田の話に付け加える。
深鈴が、
「そのあと、菜切さんの車にびしょ濡れの持田さんが乗ってきて、霊園まで行ってくれと言ったんでしたね。
それで、菜切さんはたぶん、持田さんに一目惚れした」
と言う。
「なんか影のある女性っていいですもんね」
と幕田が場違いなことを言い、俊哉が、
「いやー、俺は明るい方がいいっすけどね」
と更に脱線させていた。
「菜切は持田に、何故、幽霊と同じように霊園に行こうとしたのか、追求してみたんだろうか」
「菜切さんは、持田さんにいろいろと協力してたわけでしょう?
もちろん、事情は訊き出しているんじゃないんですか?」
そう言う深鈴に、幕田が、
「いやあ、美女に頼まれたら、つい、聞いちゃいますよ~。
事情は訊かないでって言われたら、訊きません」
と、えへらえへら笑いながら言っていた。
……今にも深鈴に利用されそうな奴だ。
「そういえば、その菜切の横転事故のあとに、マスターがあの通りを傘を持って走ってる男を見たって言ってたよな」
それは霊ではないのかと言ったら、あんな必死の形相で走っている幽霊は居ないと笑っていたことを思い出す。
「わかったっす。
菜切さんが車を横転させたときに、客は死んで、菜切さんがその死体を霊園に埋めたんすよ。
その菜切さんの車がまた同じ場所を通るのを見かけて、幽霊が、待てーって走って追いかけてたんすっ」
「……その話、菜切にして来い」
と言うと、嫌っすよーと笑っていた。
そこで、ふと、という感じで、幕田が言ってきた。
「幽霊は何故、霊園に向かってたんでしょうね」
「死んでるからでしょ?」
と俊哉が言う。
自分で墓に入りに行ったとでもいうのか。
「俺は大上さんが言ってたことが気になってる。
あの霊園の先の集落に亡霊が行こうとしていたっていう」
そして、霊園の先に、歩いて消えた仏像が居たという。
何処かですべてが繋がっているような。
傘を差した亡霊。
菜切、持田、支配人、大上さん。
そして、ハルさん。
仏像は何故消えた?
霊園の先、集落の下にあったという木製の仏像とじいさんのところから消えた仏像は同じものだったのか?
時系列的に言えば、まず、集落の下にあって、それがじいさんのところに現れ、それから、また消えたことになるのだろうか。
一体、誰が集落の下から動かしたのか。
そして、じいさんのところから動かしたのは、本当に菜切なのか?
なんのために?
菜切は持田の言いなりだ。
もしや、持田が菜切に持ち去らせたとか。
或いは、持田が持って逃げた罪を菜切が被ったとか。
それなら、持田が、血まみれの仏像が出たと言ったのもわかる気はする。
仏像を呪いでもかかっているかのような禍々しい存在に仕立て上げ、消えたことをうやむやにしようとしたのかもしれない。
「大上さんかハルさんがなにか喋ってくれればいいんだが」
そう呟いたとき、
「先生」
と足を止めた志貴が懐中電灯を持ち上げ、少し離れた場所を照らす。
そこに、妖怪『祇園精舎』は居た。
いや、仏像のように見える人間が居た。
結跏趺坐の形で座り、仏像の衣のように黄ばんだシーツを巻かれた男だ。
地面から伸び上がっている太い石筍に寄りかかるようにして座っている。
男の額には血がこびりついていたが、それを上の鐘乳石から滴り落ちる水滴が溶かし、流していた。
このまま男を置いておいたら、その水により、炭酸カルシウムによって固められてしまうのだろうか。
何万年もの歳月をかけて、石筍と一体化した仏のようになってしまうのだろう。
即身仏とはまた違った、荘厳な風景だな、と晴比古はぼんやり思ってしまう。
志貴がその男の顔を照らした。
いや、照らす前からわかっていた。
これは若い男だ。
「……誰すか、これ?」
と俊哉が言う。
そこに居たのは、古田支配人ではなかった。
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