なんのためにお前を雇ってると思ってるんだ

 

「でも、妖怪、祇園精舎っす」

と俊哉が教えてくれたとき、菜切が舌打ちした気がした。


 一見、しょうもないことを言っているようだが、かなり大事なことだった。


「そうか。

 ありがとう」

と言うと、菜切が、


「はい、ありがとうございました。

 晴比古先生。


 俊哉くん、帰りもよろしくね」

といきなり場を閉めようと言い出した。


 ところが俊哉は、

「いやあ、帰りは菜切さんで」

と言う。


「ええっ? 僕っ?」


「菜切さん、お姫様抱っこで」

「出来るわけないじゃんっ」


 しろって言うのなら、その筋肉分けてよっ、とよくわからない文句を言っていた。


「じゃあ、おんぶならいいよ。

 俊哉くん、僕しゃがむから、先生乗せてよ」


「いいよ。

 歩くから」

と晴比古はその言葉を遮る。


「手を引いてくれ、菜切か俊哉」


 はっきり言って、頭の紙袋なんて、ぱっと取ってしまえばいいのだが、わざわざこんなややこしい手順を踏んで、真実を確かめようとした菜切と俊哉に敬意を払って、取らないでおいた。


「じゃあ、俺が手を引きます」

と言った俊哉は、迷いなく晴比古の手を握ってくる。


 俊哉に手を引かれて歩きながら、晴比古は彼に呼びかけた。


「……俊哉」

「なんすか?」


「お前、すげえよ」


 手を握るとその人の罪がわかると言われたら、誰でも握るのを躊躇する。

 だが、俊哉にはその迷いが一切ない。


 菜切も同じこと考えていたようで、

「世の中の人が全部俊哉くんみたいだったらいいですね」

と言ってきた。


「……いや、それはちょっと」

とつい、言ってしまう。


 しばらく歩くと、足許が硬い場所を抜け、草になった。


 見た目通りに熱い俊哉の手を頼りに歩いていた晴比古は足を止めて言う。


「菜切」


 俊哉も止まってくれたようだった。


 草を踏む音から、菜切の居る場所の見当をつけ、呼びかける。


「なにがあったか知らないが、早く決断を下さないと、あの手を握った祇園精舎。

 そう長くは持たないぞ」


 ……わかっています、と菜切は言ったようだった。


 神妙な菜切の側から常にマイペースな俊哉が口を挟んでくる。


「なにがあったか知らないがって、それ、推理すんのが探偵なんじゃないんすか?」


「莫迦だな、俊哉」

と晴比古は言った。


「うちは推理は助手がするんだよ」

と――。




「はい」

と菜切が紙袋を外してくれた。


 もう、すぐそこに宿の灯りが見えた。


 自分が謎の衣類を追っていった場所に、深鈴たちが待っている。


 俊哉が志貴の姿を見て、なにを妄想したのか。


「俺、志貴さんだったら、緊張して、手も握れないっすねー」

と言ってきた。


 おい……。


 そういえば、まだ手を繋いだままだったと気づいて、離させる。


 菜切はもうなにも語っては来ず、口止めもしなかった。


 紙袋を被せ、音を聞かせず、地面の上も歩かせまいとした菜切だが。


 あそこが何処なのかバレないようにすることはもう諦めているようだった。


 まあ、俊哉があれを祇園精舎だと言った時点でバレバレなのだが。


「菜切」

と呼びかけるとこちらを見る。


「俺があの紙袋を被った祇園精舎を真っ黒だと言ってたらどうした?」

と訊くと、


「……もっとわかりにくい位置に動かしたかもしれませんね」

と言う。


 やはり、もう見つかってもいいと思っているようだった。

 そして、こちらを見て言う。


「やっぱり嘘なんですか?

 あの人が黒くないって言うの」


「いや。

 俺は嘘はつかない。


 ま、これからのことを決めるのは深鈴だよ。

 推理するのはあいつなんだから」


「どんな他力本願ですか」


 まあ、僕もですけど、と菜切は少し笑っていった。




「わしが乗せたのは幽霊だ」

とその運転手はメーターを上げた。


 その優しさに逆らい、自分はタクシーに乗り続けた――。




 菜切は新田に頼まれ、持田の病院へ彼を乗せて行った。


 本当は新田が菜切を見張るために言ったことのようだったのだが、ついでに本当に持田の様子を見に行くことにしたようだった。


「じゃあ、深鈴。

 部屋に来い」

と廊下で晴比古が言うと、俊哉が、


「あ、いいっすねー」

と言い出した。


「……お前も呼んでやりたいところだが。

 敵か味方かわからないうえに、お前自身、いろいろ追求されたら困るだろ」

と言ってやる。


 紙袋を被った祇園精舎、以外にも俊哉は見聞きしていることがあると思うのだが、それを喋ると、菜切を裏切ることになってしまうから。


「そうなんすけどねー。

 見たかったです。

 深鈴さんが推理するところ」

と俊哉は残念そうに言う。


「えっ? 私?」

と深鈴が言った。


「今回は先生がするんじゃなかったんですか」


「なにを言う。

 なんのためにお前を雇ってると思ってるんだ。


 お茶淹れさせたり、暑い日にアイス買いに行かせたりするためじゃないぞ。


 ……っていうか、買いに行ってるの、俺だよな?」


 そうですね、と深鈴もそこは素直に認めた。


「ほらみろ。

 お前に出来ることは推理することだけだ、来い」

と深鈴の手を引き、志貴とともに部屋に行く。


 どんな探偵ですか、と菜切が居たら、突っ込んでくるところだろうな、と思っていた。




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