そいつは何処かで聞いたことがある

 

 町に聞き込みに行くのに、深鈴もついて来るようだった。


 一緒にラウンジから外を見ながらタクシーを待つ。


「なにやってんですか、まったく」

とまだ文句を言っている深鈴に、


「菜切を呼び出すのを止めさせただけだろ。

 ついでに見えたんだが、水村の中に見える影は薄くなってるな。


 持田の意識が戻り、和解したせいだろう。

 つまり、これ以上の隠し事はないってことだ」

と言ってみたのだが。


 やはり、なんだか怒っている。

 そして、その怒ってる深鈴の横では、志貴が怒っている。


「深鈴がついて行くのなら、僕も行きますからね」


 いや……お前ら、効率よく動けよ、と思っていた。


 


「正直言って、先生が他の女性の手を握っていると、面白くなかったりするんですが」


 三人でタクシーの後部座席に乗っているとき、深鈴がそんなことを言い出して、ぎょっとした。


 菜切以外と頼んだせいで、運転手は普通のおじさんだった。


「でも、好きなのは志貴なんですよ。

 なんて言うんですかね、こういうの」


「それ、あれだろ?

 水村さんと同じ現象」

と志貴が勝手に解説を始める。


「いつもちやほやしてくれている男が別の女と親密そうだったから、なんだかムカついたってやつ」


 それは、自分が幕田に説明したときと同じセリフだったのが、自分のことを言われていると思うと、腹立つなーと思っていた。


「……俺は深鈴をちやほやしてないぞ」

と往生際悪く反論してみる。


 だが、志貴の前で堂々とこんな話をする時点で、俺に気はない、ということなんだろうな、とは思っていた。


 ただ、本当に疑問に思っているだけなんだろう。


「そう、なるほどね」

と深鈴は納得していた。


 出来るなら、納得しないで欲しいんだが、と思いながら、運転手に訊いてみた。


「すみませんが。

 あの、幽霊とかって乗せたことありますか?」


 すると、そんな唐突な問いにも驚かず、今まで真面目な顔で運転していた運転手は笑って言い出した。


「あるあるー、いっぱい。

 どれがいいー?」


「いっぱい……」

と深鈴が苦笑いを浮かべて呟く。


「いやあ、こんな仕事してるとさあ。

 この人生きてんのかなあって人、乗せることなんて、度々あるよー。


 あとでお金計算したら合ってるから、生きてたのかなあなんて」


 運転手は、バックミラー越しにこちらを窺いがら、笑顔で訊いてきた。


「お客さん、どれから訊きたい?」




「ちょっとした夏のホラーでしたね」

 町にひとつだけあるコンビニで降りた深鈴が呟く。


「だが、あの運転手は菜切の言う幽霊は乗せたことはないようだったな」

と言うと、


「ところで、先生。

 なんで、コンビニなんですか?」

と深鈴が訊いてくる。


「普通なら、ファストフードとかで張るんだが。

 ねえじゃねえか、この辺には」

と愚痴る。


「もしかして、女子高生を待ってるんですか?」


 そう志貴が訊いてきた。


 そういう言い方をされると、なんだかいかがわしい感じがだか。

 噂話を仕入れるなら、やはり、女子中高生に限る。


 志貴も仕事柄、わかっているのだろう。


「怖い話なら、小学生も詳しいですよ」

と深鈴が言ってくる。


「じゃあ、小学生女子を待つか」

と言ってみたが、ますます怪しい感じになってしまった。




 店の中で、フランクフルトとチキンと珈琲を買って、外で三人で齧る。


「ずっと立ってるのも疲れますね」

と深鈴が言うので、


「しゃがんでみたらどうだ?」

と言うと、志貴が、


「僕らがヤンキーみたいになっちゃいますよ」

と言う。


 いや、年齢的にもうヤンキーとかないだろう。

 警察と行動を共にしたりもしていた志貴は、スーツだし。


「志貴、お前、ひとりで此処に居ろよ。

 その方が女子高生だろうが、小学生女子だろうが、OLだろうが、ペラペラ喋るだろ」

と言うと、


「嫌ですよ。

 そんなこと言って、深鈴と二人で何処行く気なんですか」

と文句をつけてくる。


 そんなことで揉めている間に、向こうから、女子高生の集団が来た。


「……意外と美人のお姉さんが話しかけた方が、女も安心して喋るかもな」


 行け、深鈴、と言ったが、

「すみません。

 私、今、ケチャップまみれです」

と意外に不器用な彼女は手や口許を赤くして言う。


 ……ホラーだ、と思いながら、仕方なく自分が行こうとすると、目の端に、

「もう~、仕方ないなあ」

と言いながら、深鈴の口許や襟元を拭いてやっている志貴が見えた。


 殺スッ!


 凶悪になりかけた表情をなんとか抑え、女子高生たちに話しかける。


「ちょっと君たちすまないが」


 彼女らは、何故か赤くなり、

「は、はいっ」

と勢い良く返事してきた。


「ちょっと訊きたいことがあるんだが。

 ああ、怪しいもんじゃない」


 探偵だ、と言おうとして、……それもまた、怪しいな、と気づく。


 志貴を振り向き、

「警察だ」

と志貴を前へと突き出した。


 嘘は言っていない。


 女子高生たちが志貴を前に騒ぎ出す。


 よかった。

 あとは志貴に任せよう、とほっとして、深鈴の側に戻ろうとすると、すごい形相で見られてしまった。


 ……すまん。




 結局、深鈴も交え、女子高生達に幽霊タクシーの話を聞いていた。

 やはり、地元では有名な話のようだった。


「他にも怖い話ありますよ、イケメンの探偵の先生」

と女子高生のひとりが言い出す。


「いや、俺は怖い話集めてるわけじゃ……」


 そう言いかけたが、

「近くの鍾乳洞にも鎧武者の霊が出ますよ」

と言ってきた。


「鍾乳洞?」


「山の方にあるんです」

とあの宿の近くを指差す。


「地震で中が崩れたらしくて、今は入れないんですけどね」


「そういえば、歩く仏像の話知ってる?」

と他の子がその子に向かい、訊いていた。


「歩く仏像?」


「なんか山の中の仏像が或る日、突然、居なくなったんだって」


「あー、聞いたことあるー。

 でも、その仏像、そもそもそこにはなかったのが、突然現れたって聞いたけど。


 それがまた、ひょいと消えたから、歩いてきて、また、歩いてどっか行ったんだろうって」


「旅人か……」

と晴比古は苦笑いする。


「あれ?

 仏像だっけ?


 お地蔵さまじゃなかった?」

と一人が言うと、別の一人が、


「なんかしんないけど、木彫りだって言ってたよ」

と言った。


「木なのか? その仏像」

とそう言った少女を晴比古が見つめると、彼女は赤くなって、少し後ずさる。


「た、確かそう言ってましたよ。


 えーと。

 おにいちゃんが誰かから聞いたって言ってました。


 バイク仲間の、ほら」


「あっ、あの、ちょっと格好いいっていうか、可愛い人じゃない?

 ヤンキーっぽいけど」


「あ、俊哉さん?」

と他の子らが言う。


 ヤンキーっぽい俊哉?


「……それは、もしや、ヤンキーっぽいが、ヤンキーって年じゃない俊哉なんじゃないのか?」

と晴比古が問うと、


「さあ?

 でも若いよね、まだ」

と誰かが言い、


「よく知らないけど。

 そういえば、俊哉さんって童顔だって、おにいちゃん言ってた」

と最初の子が言い出した。


「兄貴」

と志貴を見る。


「俊哉に電話しろ」


 えーっ、と志貴が苦笑いする。




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