さすが超イケメンっすねー

 


 お前が犯人だ、間違いない、と幕田の手を握り、言い切る晴比古を見た菜切が深鈴に、


「あ、あれは一体なんなんですか?

 なんで手をガッチリ握ってるんですか?


 先生はそういう趣味がおありなんですか?」

と矢継ぎ早にまくし立ててくる。


「あの印象の薄い人より、日下部刑事の方がお似合いですが」


 いや……似合いでも困るんだが、とまだ揉めている幕田と晴比古を眺めながら、深鈴は思う。


「そういうんじゃないです。

 先生は手を握った相手が犯罪を犯しているかどうかがわかるんです」


「えっ」

と菜切が身構えた。


「僕、先生に手をつかまれましたが」


 菜切は動揺しているようだ。


「どうかしたんですか?」

と問うと、菜切は周囲を見回したあとで、小声で言ってくる。


「たまに客待ちのフリして、寝てるとか。

 そういうのもバレますか?」


「……自分が犯罪だと思って申し訳なく思ってれば、反応するんじゃないですか?


 っていうか、そんなの見えても先生、いちいち報告しないと思いますけど」

と言うと、ほっとしたようだった。


「ところで、僕、もう戻っていいですかね?

 紗江さんたちが心配なので」


「紗江さんって?」

と言うと、菜切は小声で、


「フロントに居た美人です」

と言ってくる。


 だから、何故、小声……。


「菜切、待て。

 もうちょっとしたら移動するから」

といきなり振り返った晴比古に言われ、菜切は、ええっ? と足を止めていた。


「堂々とサボれていいだろうが」


「いやー、でも、僕、紗江さんが。

 此処で頼れるところを見せておかないと……」

と菜切は、ぐずぐず言っていたのだが、


「いいところなら、戻ってから見せろ。

 協力してやるから。


 すぐ終わるから、ちょっと待ってろ。

 この田舎で他の足捕まえるの大変じゃないか。


 この莫迦、なんのために来たのか、車じゃねえし」

と晴比古は幕田を罵る。


「パトカーで来いよ。

 移動速いのに」


「来れるわけないじゃないですか」

と文句を言う幕田に、深鈴が、


「幕田さん、どうやって来たんですか?」

と訊くと、幕田は頭を掻き言う。


「電車です。

 駅で墨田すみだのじっちゃんに出会って乗せてもらって」


「役に立たない奴だろ?

 というわけで、菜切、幕田にお得意の怖い話でもして待ってろ」

と言いながら、晴比古は、じいさんと家の中に入っていく。


 渋々、

「わかりましたよ~」

と言った菜切は、


「じゃ、幽霊タクシーの話でも」

と突然、幕田に言い出して、幕田に、


「なんで怪談っ!?

 っていうか、なんで僕まで置いてかれるんですか、先生っ」

と悲鳴を上げられていた。


「この辺り、幽霊が出るんですよ。

 傘を差した男の霊。


 雨も降ってないのにですよ……」

と自分達に話したのと、一言一句違わぬ語りを始める菜切の声を聞きながら、深鈴は晴比古に付いて、古い民家の中に入った。




 昨日も思ったが、懐かしいような座敷だ、と深鈴は定行じいさんの家の中を見回す。


 こんなところには住んだことはないはずなのに、不思議と郷愁を誘う。


「あんた、犯罪を犯した人間がわかるのかね」


 テレビのある部屋で腰を下ろした定行が晴比古に訊いてきた。


 晴比古が黙っていると、定行は、

「わしの手を握ってみるがいい」

と言い、皺だらけの手を晴比古に向けた。


「わしは人を殺したことがある」

「知ってる」


 そう静かに晴比古は言った。


「なんでじゃ」


「昨日あんたの手に触れた。

 触れただけでも伝わってくるものがあった。


 それから、あの仏像群を拝んでいるあんたの姿を見た。

 それでだ」


 多くを語らず、晴比古はそれだけを言った。


 彼にはもっと詳しく見えているのだろうと思うが。


 ふん、と定行は鼻を鳴らす。


「面白くないのう。

 驚かんのか。


 まあ、わしらの世代の人間は人を殺しとるものも多いよ。

 あんたにはよくわかってるだろうがな」


 みんな戦地に行ったから、と言う。


「あの仏像はわしの贖罪じゃ。

 わしは、こう見えても、そこそこ名の通った軍人だったんじゃ。


 戦犯にはならずに済んだが……。


 直接手を下さない人間の方が多くの人を死に追いやることもある。


 あの仏像たちには、わしの思いが染み付いとる。


 だからか知らんが、何人もの訳あり風の人間が熱心に拝んでいくのを何度も見たよ」


 なにか感じるものがあるんじゃろうな、と定行は言う。


「だから気になったんじゃ。

 仏像の数が足らんと気づいたとき。


 なにか、こう……嫌な予感がしたんじゃ」


 それで探偵まで雇って仏像の行方を調べようとしたのか、と深鈴は気がついた。


「ところで、あんた、御坂みさかって宿を知ってるか」


「ああ、近所のばあさんたちを誘って、ほら、幕田のばあさんとか。

 ランチに行ったことがあるぞ、ランチに」

と何故か突然、威張り出す。


「あそこの支配人が失踪して、部屋に血が落ちていた」


 ふーん、と定行は眉根を寄せる。


「古田さんか。

 客には当たりがいいが、一癖ありそうな男じゃったの」


「年齢はわりと言ってるが、男前と聞いたが」


「まあ、ぼちぼちかな。

 あんたやわしには劣るかな」

と定行は笑う。


 えーっ。

 晴比古先生と一括り? と深鈴は苦笑いした。


 志貴とはタイプが違うが、晴比古もかなりの男前なのに、と思ったのだ。


 まあ、定行の若いときの姿は知らないので、なんとも言えないが――。




 西島俊哉にしじま としやはその男をぼんやり見ていた。


 なんかすげえ、と思いながら。


 俊哉くん、語彙が少ないねー、とよく女の子に笑われていたが、今はこの言葉しかねえだろう、と思っていた。


 なんかすげえ。

 すげえ男前が居るー。


 じいちゃんのツテで、この御坂に雇ってもらった。


 力があるので、荷物を運ぶときなどには重宝されているが、

『言葉遣いには気をつけろ。

 お前、高校生か』

と言われていた。


 それでも気にせず、せっせと働いていたら、結構みんな可愛がってくれるようになったので、この宿は好きだ。


 あの、客の前じゃないとちょっと嫌味で無愛想な支配人も、たまにオヤツくれるから好きだったのに。


 その支配人が行方不明になり、血が畳に滴っていたと言う。


 手の空いている従業員から、順番に支配人の部屋の前で、警察に話を聞かれていた。


 今ならいいから行ってこい、と言われて、俊哉もその列に並んでいたのだが。


 取り調べをしている刑事たちの横に、その様子を眺めている男が居る。


 確か夕べから泊まっている客のようだが。


 こうして間近に見ると、本当にびっくりするくらいの男前だ。


 男でも、ぼうっと見惚れてしまいそうになる。


 どうも彼も刑事らしいのだが、管轄が違うということで。


 壁際から、なにも聞き逃すまいとするように刑事たちと従業員の会話を聞いている。


 そして、みんなは、そんな彼の真剣な表情を見逃すまいというように、彼の方を見ていた。


 或る意味、事件現場よりインパクトがある男だった。


 俊哉は彼から畳の上の血の痕に視線をずらし、ぼそりと呟いた。


「支配人、死んだんすかね」


 順番待ちをしている前の従業員たちが、ひっ、と怯えたように身をすくめるのが見えた。


「いやいやいや。

 早急すぎだろ、俊ちゃん」

とフロントの林さんという四十過ぎの男が言ってくる。


「そうっすよねー。

 この程度の血、ちょっと角材で殴っただけでも出ますよねー」


「えーと……」


「でも、今んとこ、それで死んだ奴、誰も居ないっすよー」


 あ、そうなの、と少し逃げ腰になりながら、林は言う。


「でも、これ、殴って飛び散った血じゃねえか。

 あんな落ち方しねえもん」


 そう呟いたとき、その『なんかすげえ男前』が振り向いた。


「えーと、君は、確か、西島俊哉くん」


「名前覚えてもらって感激っすっ」

とその男の白い手を握ると、横から林さんが、


「容疑者だから。

 僕ら全員容疑者だからだよっ」

と小声で言ってくる。


「容疑者ってわけじゃないですよ。

 ただ、皆さんにお話伺ってるだけですから」


 にっこりと上品にその男前は微笑む。


「刑事さん、すごいっすね。

 さっきから、女はみんなあんた見てるのに、ぜんっぜん動じてないし」


 さすが超イケメンっすねー、と俊哉は言った。




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