まさか、全部ネタなんじゃ……
「さすが超イケメンっすねー」
なんだろう。
超イケメンって、と思いながら、志貴は、異世界から語りかけられているような不思議な語り口調の俊哉の言葉を聞いていた。
言葉遣いは丁寧ではないし、およそ客商売には向いていない風なのだが、嫌な感じはしない。
かろうじて、茶髪でない、という程度に染められている髪。
旅館の従業員というより、肉体労働の方が向いているような、いい身体をしている。
西島俊哉か。
ちらと横に居た刑事が持っている資料を覗き見ると、何故かその若い男の刑事は赤くなり、
「どうぞっ」
とそれを差し出してくる。
離れた位置に居た年配の刑事が、おいおい、という顔をしていた。
一応、僕、部外者なんだけどね、と思いながらも、ちょっと見せてもらうと、『西島俊哉 三十五歳』とあった。
三十五……
「三十五っ!?
僕より年上っ?」
「あー、よく若く見られるっす」
ありがとっす、と頭を掻いているが。
いや、待て待て。
若くも見えるが、それ以前に、言動が幼稚というか。
こんなのが三十五歳か。
この先、日本、大丈夫か? という気分にさせられる男だった。
だが、彼の前で順番待ちしている平澤という男は三十二だが、普通に落ち着いていた。
しかし、この西島という男、なにも考えてない分、人が良さそうで、さっきから見ていると、彼を中心に小さな笑いが起こったり、和やかな空気に包まれたりしている。
ともすれば、ピリピリしがちな状況なのに。
リラックスするのは悪くない。
脳がやわらかい状態の方が思い出せることもあるからだ。
まあ、さっきの角材の話のときは、みな、固まっていたが。
こちらを見て、俊哉が真剣な表情で言ってくる。
「兄貴、兄貴って呼んでいいっすか?」
「駄目」
って、もう呼んでるしっ。
僕、君より年下なんだけどっ!?
兄貴はやめて。
戻ってきた深鈴と晴比古が爆笑する姿が頭に浮かんだ。
「それで?」
座敷で定行は晴比古に訊いてきた。
「そのホテルの事件はどうする気じゃ」
「どうもこうも、俺は警察じゃない。
依頼されなきゃ、首突っ込む義理もないし」
と晴比古が言いかけると、
「じゃあ、わしが依頼しよう」
と定行が言ってきた。
「金ならある」
と定行は床の間から、古いツボを持ってくる。
パカッと木の蓋をあけると、百円玉が小判のようにぎっちり詰まっていた。
「五百円じゃねえのかよ」
「何年かけて貯めたと思っとるんじゃ。
五百円、当時なかったわい」
「……いつから貯めてんだ、ジイさん」
そんなもの貰えない、と晴比古は言った。
「念がこもってそうだからな」
「じゃあ、こっちをやろう」
と定行は古い和ダンスの引き出しから、封筒を出してくる。
「わしの年金じゃ」
と震える手で出してきた。
「余計貰えるかーっ。
っていうか、そもそも、死にかけのジジイから、そんなに貰えるかっ」
そのとき、庭先から声がした。
「じゃあ、このババアから取れ」
振り返ると、見たことのないおばさんと幕田がこちらを覗いていた。
「おお、ハルさん」
とジジイが立ち上がる。
「元気かの。
ありがとう。
いい探偵さんを紹介してくれて」
これが幕田のばあさんか、と気がついた。
ばあさんと言っても、まだまだ若い。
まあ、幕田も若いからそんなものかと思った。
「私はまだ死にかけてない。
そこのくたばりぞこないより、金もある」
「ハルさんの毒舌、若い頃のままじゃ。
ゾクゾクするのう」
「なんだ、この変態ジジイとババアは」
と晴比古が言うと、幕田が、
「すみません。
うちのおばあちゃんまで、ひとくくりにしないでください」
と言ってきた。
「おかしいのは、定行のおじいちゃんだけです。
この年になっても女好きで」
そういえば、深鈴には草引きさせずに一緒にお茶飲んでたな、と気づく。
「いいんじゃ、ハルさん。
先生、冗談じゃ。
わしは金は持っとる。
傷痍軍人だからの」
ハルはふん、と鼻を鳴らして言った。
「どっちでもいい。
この村で殺人事件とか、もう充分じゃ」
「もう……?」
「先生。
余計な詮索はせんでええ。
やるのか?
やらないのか?」
眼光鋭い幕田の祖母が自分を見据える。
ひっ、と思った。
幕田、このばあさんの血を一滴も引いてねえな。
存在感ハンパねえ。
「先生、先生。
宿代だけで、今月の予算オーバーですっ」
と深鈴が袖を引いてくる。
「わ、わかってる。
だが、事件を引き受けるのはいいが、年寄りから、あんまり金を貰うのは……」
「私は年寄りではない」
と幕田のばあさんは言う。
さ、さようでございますね、と思いながら、
「わかりました。
では、とりあえずお引き受け致します。
でも」
と晴比古は、一応断りを入れた。
「……どんな結果になるかわかりませんが」
幕田の祖母は、うむ、と頷く。
こええよ、何処の女帝だよ。
着てるものは、普通のおばさんの服だが、威厳がありすぎる。
晴比古の視線を感じて、幕田が言う。
「おばあちゃん、昔、校長先生やってたんです。
定年してからも働いて……」
チラと祖母に見られただけで、幕田は黙った。
慕ってもいるようだが、やはり、怖いばあさんのようだった。
「先生、まだ此処におるかね」
「いや、そろそろ」
宿の方もやるとなると、一度帰った方がいいかと思い、そう言うと、
「そうか。
じゃあ、急いで持ってこよう、おはぎを」
と言って戻っていった。
帰りのタクシーは、幕田も同乗することになり、男二人に挟まれたくないのか、深鈴は助手席に行ってしまった。
菜切がちょっと嬉しそうだ。
「幕田。
お前のばあさん、名前は春子か?」
あのジジイ、確か、ハルさんと呼んでたな、と思い、訊いてみる。
「片仮名で、ハルです。
HALとか年賀状とかには書いてましたかね」
なんとなく、あのばあさんらしいな、と思ってしまった。
「元気なばあさんだな。
いや、ばあさんと呼ぶには若いか」
「そうですね。
昔の漫画とか見ると、孫の居る世代って、すごい年寄りに描いてあるけど。
いまどきは、全然若いですよね」
そのとき、助手席に座って、前の道を眺めていたせいか、ふいに深鈴が訊いていた。
「そういえば、菜切さん。
例の幽霊が出る通りって何処なんですか?」
「幽霊っていうか。
ただの、晴れでも傘を持っていて、居なくなったあとに、ぐっしょり座席が濡れてるだけの人ですけどね」
人には幽霊話だと語りながらも、それは単に客を盛り上げるためなのか。
実際には、自分が霊を乗せたとは認めたくないらしく、菜切はそんなことを言ってくる。
「そういえば、座席に置いてあった傘はどうなったんだ?」
「触るのも気味悪かったんですけど、置いておくのも嫌なので、確か、タクシー会社の傘立てにさしましたよ」
そのあとどうなったかは知りません、と言う。
「その客、シートベルトしてなかったんだろ?
後部座席とは言え、怪我しなかったのかな?」
「幽霊が怪我しますか?」
と幕田が余計な口を挟んでくる。
「幽霊とは限らないだろ。
菜切は、乗ってきたときは、生きた人間だと思ったんだろ?
じゃあ、生きた人間だったが、事故に遭って、こりゃ、このタクシーは危ない、と思って逃げ出したんだよ」
「でも、他に家とかない場所なんですよ」
と菜切が異を唱える。
「事故したばかりの人間が逃げ出しますかねえ。
怪我してるかもしれないのに」
と言う菜切に深鈴が言った。
「なにかまずい仕事とかしている人で、警察が来たらヤバイと思って、逃げ出したとか?」
うーん、と菜切は唸っていた。
「普通のおじさんに見えましたけどねえ」
そう言ったあとで、苦笑いし、
「あの、みんなには霊ってことで。
客受けのいいネタなんで」
とバックミラーでこちらを見ながら、言ってきた。
調子よく言ってくる菜切の言葉に、
まさか。
よく聞く幽霊タクシーの話って、全部ネタなんじゃないだろうな……と思ってしまった。
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