大丈夫! 先生はやれば出来る子ですっ

 





「でもそう。

 今回一番難しかったのが、私の立ち位置ですよ。


 私は今回もちゃんと推理しましたよ。


 『渋谷深鈴』が推理しないわけにはいかないですからね。


 あまり外すわけにもいかないし、変なミスリードをするわけにもいかない。


 今回、私の一番の敵は、渋谷深鈴だったんですよ、残念ながら」


「自分対自分か。

 間抜けだな。


 なんの目的があって俺を呼んだのか知らないが。

 此処に、俺一人で来させればよかったのに」


 金も半分で済んだろう、と言ってみたが、

「いや、自分で決着つけないと、と思って」

と言う。


「でも、私たちのことに関しては、先生に話すのは此処までですよ」


「なんでだ」


「貴方はきっと止めるからです」


「止めて欲しくて、あんな予告状を送ってきたんじゃないのか」


「いえ、単に先生の興味を引くためです」


 止めてもらっちゃ困ります、と亮灯は言った。


「貴方には別にして欲しいことがあるんですよ」


「勝手な奴だな」


「ええ。

 でも、止めないで欲しいんです。


 でなければ、私が今、生きて此処にいる意味がわからなくなるから」


 亮灯はそう言い、視線を落とす。


 綺麗だな、と思ってその顔を眺めていた。

 こんなときに場違いな感情かもしれないが。


 今まで自分に見せていたのとはまるで違う顔。


 強い決意と悲壮感に満ちた表情が、愛らしいという印象の強い顔立ちを一変させる。


 これが、ずっと志貴の見ていた亮灯なのかと思った。


「そうだ。

 先生、私のことは、これから先も、『深鈴』って呼んでください」


 少しいつもの顔に戻って、彼女はそう言ってくる。


「やだ」


「え、やだ?」


「もう俺を導いてくれないのに、その名前を使うなよ」


「じゃあ、樹海にどうぞ。

 貴方の深鈴さんが待ってますよ」


「志貴には亮灯と呼ばせるくせに。

 昨夜みたいに」

と恨みがましく言ってみた。


「……それで寝不足だったんですね」


 覗きは犯罪ですよ、と不機嫌に言われる。


「覗きじゃない。


 聞いてただけだ。

 隣の空き部屋で」


 つい、リアルに思い出してしまい、俺が今、予告状を送って、こいつらを殺したい、と思ってしまった。


「じゃあ、お前たちのことはいい。

 陸に関しては教えてくれるんだろうな」


「先生が言ったことが当たってれば、当たってます、と言いますよ」


「なんだそりゃ」


「一応、協定を結んでたので。

 あっちは犯罪者ですし。


 迂闊に話したら、警察に捕まるかもしれないから、悪いじゃないですか」


「警察に犯罪者が捕まったら、申し訳ないってのか。

 初めて聞いたぞ、そんな理屈」


「捕まりたくないときもあるんですよ」

とまるで自分のことのように、亮灯は言う。


「陸たちだって、捕まりたくない。

 私だって、捕まりたくない。


 向こうが悪いと思ってるからです。

 あいつらのために、こっちが捕まるなんて、冗談じゃないです」


「待て待て。

 向こうが悪いのなら、警察に捕まえさせればいいんじゃないのか?


 志貴も居ることだし」


「いいえ、そんな生温い。

 私の家族を殺した犯人は、私がこの手で殺します」


「志貴はそれでいいと言ってるのか」


「そのために、今まで、協力してくれてたんですから。


 でも、もう駄目ですね。

 先生にバレてしまいましたから」


 志貴はもう使えない、と言う。


「どういう意味だ?」


「私は少しの間、志貴のおばあちゃんちで暮らしていましたが。

 すぐにそこから離れました。


 私と志貴が居るところを誰にも見られてはならなかったからです。


 事件が起こるとき、私と志貴はあくまでも、初対面の他人でなければならない。


 『かばう必要のない他人』でなければ。


 志貴が私のアリバイを証明するために。


 だって、あいつらなんかのために私が捕まって服役するなんて、意味がわからないから」


「そんなことのために、別人になって、志貴と会わないようにしてたのか、何年も。


 よく志貴は我慢してたな」


「全然会わなかったわけじゃないですから。

 でも、せいぜい、年に一、二回」


 織姫か、と呟く。


「その間、志貴が浮気するとか思わなかったのか。

 ま、あれだけラブラブなら思わないか」


「……わからないです。

 でも、志貴が私を裏切るのなら、それまでだと思ってました」


「偉くクールだな」


 そうじゃないんです、と亮灯は言った。


「本当は志貴を巻き込みたくないから。

 でも、無事に、犯人の目星がついて、私は此処までたどり着いた」


 なのにっ、と亮灯は拳を握る。


「なんだかわかんないうちに、違う事件が起きて。


 先生が志貴を容疑者にっ。


 お陰で、私が志貴のアリバイを証明することになりました。


 他人のフリをしていたことが役に立ちましたけど。


 これじゃ、逆じゃないですかっ。


 しかも、先生が、私が短時間のうちに、志貴に悩殺されたんじゃないかとか訳のわからないことを言い出して。


 私と志貴の間にもしかしたら、なにかあるかもって、みんなに印象づけてくれちゃってっ」


「カマかけたんだよ。

 お前と志貴の間になにかありそうだと思ったから。


 ああ言えば、なにか尻尾を出してくると思って、絡んだんだ」


「……やっぱりですか。

 最悪な人ですね」


「怪しみながらも、お前も乗らないわけにはいかなかったろう。

 志貴をかばうために」


「強引に志貴犯人説で押してくるなとは思ったんですよ」


「ところで、陸は放っておいていいのか」


「……いいわけないじゃないですか。

 さあ、先生、その見事な推理で、陸を追い詰めて、捕まえてください。


 出来るだけ早く。

 約束したので、私の口からはなにも言えませんから」


「なんて勝手な奴だ……」


 見事な推理なんて出来るのなら、お前を雇っているわけないだろう、と思う。


 情けなげな顔をしていたらしい、亮灯はいつものように慰めてくる。


「頑張りましょう。

 先生はやれば出来る子です」


「うるせー」


 お前、もう俺の深鈴じゃないくせに、と思った。


 いや、そもそも俺のものではなかったのだが――。


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