2#雄キョンと雌キョンと15センチの風船

 この悲劇から暫くして、子キョンはすっかり成長して立派な角の生えた雄のキョンになった。



 てくてくてくてくてくてく・・・



 雄キョンの『カイム』は、丘の上で息を深く吸って吐いて、鼻面を空に突き上げて匂いを嗅いだ。


 ・・・また、あの時みたいに人間がやって来たら・・・



 くんかくんかくんかくんか。



 「ん?」


 の鼻に、ゴムっぽいきつい匂いと雌のキョンの匂いを嗅ぎとった。


 「何だ何だ?」


 は、匂いのする場所へ駆けていった。


 

 くんかくんかくんかくんか・・・



 「な?何だこりゃ?!」


 カイムは、目を疑った。


 立派な大木に、直径15センチ程のカラフルな実がいっぱい生っていたのだ。


 「不思議だ・・・?!こんな木に何で・・・?!」


 カイムは、その木の実を目を見開いてよく確かめた。


 「これは・・・!!風船だ!!ゴム風船がいっぱい引っ掛かってる?!」


 「みーーー!みーーー!取れない・・・!取れないよーーー!!」


 目の前で、1匹の雌のキョンが2本脚で背伸びをして、大木の枝に引っ掛かってる風船を取ろうとしていたのを見付けた。


 「ねえ、君!そこの風船取ろうとしてるの?」


 「うん!私、風船が大好きでひとつ取って遊びたかったのに・・・!高くて取れなくて・・・。」


 「大丈夫だよ!俺が風船取ってくる!!」


 雄キョンのカイムは、自慢の脚に渾身の力を込めてジャンプをした。



 ぽーん!ぽーん!ぽーん!ぽーん!



 雄のキョンのカイムは、まるでカモシカのように大木の幹を飛び伝って、木に引っ掛かった風船を何個も取ってきて、雌のキョンの側に置いた。


 「そおら!取ってきたよ!!で、この風船を・・・」


 キョンのカイムはそこまで言おうとしたとたん・・・


 「ねえこの風船達は、まるで私達キョンと同じだね・・・」


 雌のキョンは、寂しい顔をして雄のカイムの方を向いてボソッと呟いた。


 「なんで?」


 「私達キョンも、この風船達も、『ここに居てはならない存在』なんだよ。」


 「ええっ?!どういうこと????」


 「私達『キョン』は、『ここ』が故郷じゃないの。要するに私達は、本来はこの国の者じゃなくて、他の国で生きている筈なの・・・

 かつて、人間に他の国に連れてこられて、ここで訳も解らず生きてきたのに・・・!!

 ここでは私達『キョン』は、ここに住む生き物達にはとても迷惑な存在なの・・・

 今まで私達は、人間どもに追いかけられて仲間が次々と殺されてきたでしょ?

 「どうしてか」と思う?

 理由はそれなのよ・・・!!人間どもは私達『キョン』は生きてはならない存在なのよ!!どっちみち、私達『キョン』は人間に抹殺される運命よ!!

 本当、人間どもは身勝手だわ・・・!!」


 雌キョンの泣き叫ぶような嘆きに、雄キョンのカイムは絶句した。


 雌キョンは、更に話を続けた。


 「この木に引っ掛かった15センチの実・・・もとい、飛んできて紐が引っ掛かった沢山の風船もそうよ。同じようなものなの。

 あれも人間どもが飛ばしてから・・・人間どものこと解らないわ・・・!!後はどうでもいいと思ってるだろうに。

 人間に放たれた風船はどうなる?こうなるのよ・・・私達の生活に支障をきたすのよ。

 私のママはこの風船を綺麗な『実』と思って食べたら、口の中で「ぱん!」と爆発して風船の粕で喉が突っかえて、窒息して死んじゃったのよ・・・!!」 


 「ええっ?!」


 雄キョンのカイムは絶句した。

 

 「私、知りあいのキョンに風船のことを聞いたら、空に飛んでいくうちに表面のゴムから空気が抜けてきて地上に降りてくるんだって。

 この風船の『実』は、皆15センチに萎んでいるから、何処かで大量に風船を飛ばして、決まって萎んだ風船がこの木に引っ掛かかると断定したの。

 で、見つけたわ。何処から飛ばされてるかを。

 『流浪カラスのジョイ』って奴に教えて貰ったんだけど・・・

 「この風船は、人間の結婚式場で飛ばされた風船だかぁーー!!」だって・・・ねえ!!聞いてるの?私の話!!大あくびしないで真面目に聴いてよ!!」


 「ごめん・・・長々と延々と喋りまくってたからつい・・・むぐっ?!」


 カチンときた雌キョンは、突然カイムが木から取ってきた直径15センチの風船の吹き口を偶蹄で器用にほどいて無理矢理カイムの開いた口に無理矢理風船の吹き口を押し込んだ。


 「ねえ、『ふーーーっ』とやって!!」


 「へ?」

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