01 翼の少女

 草原の道を騎士たちが足を揃えて行軍する。

 列の中で僕はサロペットから手を出し、輝くそれを拾って空に掲げた。

 すぐ後ろの補給部隊がつっかえて兵士の一人が文句を垂れる。


「サラ医官! 何度もゴミ拾いしてる場合ではない、であります!」


「ゴミ? 魔法兵器の破片は魔動義肢装具士にはお宝だよ」


 僕は背負った籠から軽い金属音を鳴らして言い返した。

 籠から鉄製の腕が飛び出す。陽の光に当たると玉虫色に反射して美しい。

 カナリーがその腕を見て、ヒッ、と短く悲鳴を上げる。


「驚かせてごめんね、確かにコバルトのおっちゃんの腕そっくりだげっ!」


 ゴチン、と僕の頭に鉄の鉛が落ちた。否、大男の鉄拳制裁である。


「サラ。あれほど隊列を乱すなと言ったであろう?」


 ニコニコ微笑む大男にカナリーが敬礼をする。


「いってぇ! 義手の方で殴られるとなぁ、頭の中に火花が散るんだぞ!」


 怒鳴ったら、ふたたび脳天を叩かれた。

 衝撃で籠を落とし、短い草が生えた原っぱに横たわる。

 寝転がる僕を放って、大男は最前列にゆったりと戻っていく。


 遠い空に手を伸ばし、渦巻く雲を眺めた。


「天の国は遠いな。地の国を捨てたのにまた戦争なんてな」


 島を渡る鳥に倣い、手のひらを滑空させる。

 どしどしと重たそうな音を立てて補給部隊が通り過ぎた。

 僕は耳の横で両手を地面につき、腰を曲げて戻す反動で起き上がる。


 脇に転がる籠に義手を入れて背負い直し、隊列の元いた位置に戻った。

 地の国の言語で「医療」と書かれた荷があり、そこに拾った金属片をぶち込む。

 急に進行がストップし、先頭の大男が鉄腕を森に指した。


「雲が晴れてきた。森へ身を潜める。後備えは必ず足跡へ消せ! 進行!」


 突然の進路変更は珍しくない。騎士たちは慣れた様子で行軍を続ける。

 最後尾の兵士は円陣が刻まれた石を踏まれた草の上にいくつか捨てた。

 兵士が去るとぼんやりと草が輝き、みるみるうちに一帯は元通りだ。


 行軍の全員が森へ入る頃には何もなかったように草が風に揺れる。

 僕は深呼吸して、柔らかな土を踏み、大きな葉の茎をナイフで切った。

 傘にもなりそうな葉を傾け、表面に付いた雫を集めて少量を口に含む。


「汚染されてない水。ああ、なんて綺麗な森だろう。人の手が入ってるみたいだ」


 残った水をごくごくと飲み干し、コバルトに手を振る。

 コバルトは指示を出し、部隊は補給の準備を始めた。

 僕は大きな岩に軽々と上り、休憩を始める兵士たちに呼びかける。


「救護が必要な者はいるか!」


 誰も手を挙げない様子を確認し、意気揚々と振り返る。

 大半は針葉樹で、まっすぐ太い幹が伸び、生い茂る緑が屋根になっていた。

 久々の森に興奮する僕は奥に分け入り、ふと地面に耳をつける。


「水の流れる音。近い」


 頭を上げて目線の先に真っ白な花が咲く低木がある。

 花を散らさぬよう慎重に木の間を通り抜けた。

 そこは色とりどりの花が咲き乱れ、鳥たちが羽を休める森の泉があった。


「水中花が鮮やかに咲いてる。栄養が豊富な水の証だ。あれ?」


 視線は一点に止まる。泉の中央に青い翼があった。鳥にしては大きい。


「青い鳥? そんなものいるはずが……」


 足元に流れ着いた青い羽根を拾い上げて観察し、指で弾いて、匂いを嗅いだ。


「目が冴えるような青、しなりがあって丈夫、香りも良い。売れそうだね?」


 片目を閉じて青い翼に問うた。

 二枚の羽が勢い良く開き、いくらか羽毛を散らす。


「これで新しい義肢が作れ、え?」


 泉に足を踏み入れた時、目の前には翼を生やした少女がいた。


「信じられない、人に翼が生えてるなんて……」


 年頃は十代半ばで、顔を真っ赤にして何か怒鳴っている。

 僕は彼女の言葉が分からず、じっと少女を観察した。

 翼と同じ色をした長い髪に飾りを付けた以外は一糸まとわぬ姿だ。


 小ぶりな胸に発展途上の腰回り、肌は水を弾いて健康そう。

 少女が両手で胸を隠し、勢い良くしゃがんで下半身を泉に沈めた。

 背中を向けて前を見えないようにすると肩甲骨から生えた翼がよく見えた。


 って何を観察してるんだ僕は!


 慌てて指ぬきグローブの手を顔に当て、もう片方の手を振る。


「ごめん! 前線でまさか女の子が水浴びしてるとは思わなかったんだ!」


 少女は怒鳴り続け、侵入者の僕に何度も指を指す。

 屯営地の近くでトラブルを起こせば隊全体に影響を及ぼすのは明白だ。


「僕はサラテリ・ブルー! コバルト将軍お付きの医者だ。お前は何者だ!」


 少女は知らない言葉で必死に語り始め、泉から繋がる川の方角を指差す。

 少女の発する外国語の中に「医者」という単語が混じっていた。


「あ、ああ。僕は医者だ。医者が必要なのか?」


 オーバーオールのポケットから聴診器を取り出す。

 途端、少女が翼を広げ、突風に花びらが舞う。

 気付いた時には身体が宙に浮いていた。


 否、少女が僕の両脇に腕を回し、男一人を抱えて飛行しているのだ。


「と、飛んでる? ちょ、ちょ、待って。どこに連れてく気なの?」


 少女が何か言った次の瞬間、滑るように森の木々へ突っ込んだ。


「ぶつかるぶつかるぶつかっ    あぐ!」


 舌を噛んで、口の端からつっと血を垂らした。

 視線を前方に戻すと、血が顎に達する前に乾く。

 まっすぐ伸びた木が目の前に迫り、頬を葉がかすめた。


 密集する枝が行き先を塞ぐ。



 少女は広げた翼を狭めた。両方の羽がザ ザ

                   ザ ザと擦れる音が鳴る。



 ゆるい







       放物線を








               描いて







                      枝の下







              をくぐり







       抜けた。



 だが、目先には白く荒れる水流。川の上流特有の尖った岩岩が牙を向く。



「今度こそぶつか、

                わ⁉


             わ! 


               う

              わ

             あ

            あ

           あ

          あ

         ‼」



 足が水面で二度ほど跳ねたと思うと、大岩の手前でねじれながら上昇した。

 針葉樹の間を高速で抜けたら、横たわった大木が二人を喰おうと待ち構える。

 少女は広げた翼を畳み、大木のウロめがけて減速しないで直進した。


 うす暗闇の中、僕は息を呑む。



 ウロの奥で少女は身体をひね

              り、

               小さく翼を広げて急な方向転換をした。



「横に落ちてる⁉」


 大木から抜け出すと大きな一枚岩の上に出て、一気に視界が開けた。

 いくらか雲が残る空の上方に大きな浮島が見えた。

 少女の青い髪がふわりと舞った次には落下する。


「滝! 落





    ち





    て





    る





    ⁉





    落ち……? え? 滝が止まってる?」


 流れる滝と並走しているため、僕には止まって見えたのだ。

 視線を前、というか下に戻した先に小さな集落と滝壺があった。

 この速度で水面に叩きつけられればただじゃ済まないだろう。


 思わず、視線を少女に向ける。

 少女の顔には笑みが浮かんでいた。


 笑ってる……⁉


 少女が今までにないほど翼を大きく広げると、青い羽根がはらはらと散った。

 んっ、と小さな声を漏らし、僕の身体をぎゅっと抱きしめる。

 止まれなかったものの充分に減速した状態で勢いよく着水した。


「うあぷ! はぁ、はぁ。い、生きてる……」


 岸辺に上がり、まだ水に浸かったままの少女に手を差し伸べる。

 少女は短く挨拶を返し、僕の手を握り返した。

 岸に上がった少女は身を揺すって水を弾き、僕を連れて集落へ急いだ。

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