第17話 偶然

 玄関のドアが開く音がかすかに響き、その瞬間に向井さんは息を大きく呑み込んで姿勢を正す。

「おはようございます。―――あ、向井さん。今日もいらしてたんですね。」

「あ、ああ、莉緒ちゃん。オレもさっき来たところなんだ。そ、その…… 偶然だね。」


 ―――何が偶然なものか。いつもしっかりと時間を確認して抜かりないように来ているではないか。それどころか偶然も何もほとんど毎日、この時間からきている柚木さんに偶然だなんて見え透いているにもほどがある。そして柚木さんはそんな向井さんの気持ちに気付いているのだろうか? あのしたたかな柚木さんがそれに気づいていないとは思えない。あるいは気付いた上で面白がっているのかもしれない。

 おそらくわたしはふたり(いや、伏見さんを入れれば三人か?)を残してさっさと退散してやるべきなんだろうが、そこはあえてひとこと言っておいてやりたくて、しばらく居残ることにした。

 しばらくして向井さんがトイレに行き、それが終わるであろうタイミングを見計らってわたしも帰る準備をする。時間の間合いは完璧で向井さんがちょうどトイレから出てきた時にわたしがトイレの出入り口のあるダイニングの方に移動する。

「あ、もう帰るの?」

「はい、あとは柚木さんにお願いしようと思って、向井さんはまだ帰らなくていいんですか?」

「ああ、どうせオレは家族も恋人もいないさびしい人間だからな。別に休みと言ってもやることなんてないんだ。ここのみんながオレの家族みたいなものさ。」

「あはは、そう言っていただけると嬉しいです。あの…… ところでちょっと言いにくい相談なんですが……」

「なに?」

「はい。あの…… いつも仕事をされて忙しい向井さんにこんなことをお願いするのは心苦しんですが…… もし、週末で時間がある時だけでいいのでボランティアを手伝ってもらえないでしょうか?」

「たりていないの?」

「いいえ、そんなことはないんです。ただ……」

「ただ?」

 わたしはなるべく隣室にいる柚木さんたちに聞こえないようにと声をひそめて言った。

「土日は子供たちがいるので白岩さんが来られないでしょ。だからいつも柚木さんがその分長時間ついてあげているんです。たとえばその時間を誰かがフォローしてくれたり、代わりに入ってあげられたら、彼女にも余裕ができるんじゃないなあと思って……」


 ―――その時期、ボランティアは充分にたりていた。みんな経験を積んでいたしフォローし合えばどうってことはない。以前のようにみんながストレスを抱え込むほどのことはなかったが、ボランティアの人数が多すぎて困ることはない。

 そもそも本心はそんなことではなく、おせっかいおばさんの老婆心に過ぎない。

 

 もちろん向井さんは喜んで引き受けてくれた。もちろんそのことがきっかけで二人の仲がいい感じになればと考えていたことも事実だ。

 そのころ密かに崇さんに想いを寄せていたわたしだったが、崇さんと奈緒が仲がいいのは仕方がない。それは再会した時からそうであったわけだし納得できるが、後からのこのこ現れた柚木さんに崇さんを持っていかれるのはおもしろくないと考えていたのも事実だ。


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