アラフォーヒーローストーリア

【第0話 冬に茂は木に在らず。】

主人公【ヒーロー】


それは漫画の世界で悪しきを討ち、世界を救うもの。

小説の世界で恋を成就させ、幸せになるもの。

映画の中で爆炎の中を駆け巡り、アクションで魅了するもの。

ゲームの世界の中で己が分身を作り、空想世界を駆け巡るもの。


その主人公たる人々に若き少年少女が多いのは

誰もが経験する青春時代の自身に主人公の姿を投影し

より物語を楽しむ事が出来るからだと自負している。

よって僕が先にすべきは謝罪、であろうか。


―――これは、とある戦いに巻き込まれてしまった中年主人公の物語である。



【第0話 冬に茂は木に在らず。】


ふと時計を見た。時刻は既に午後9時に迫ろうとしている。

出社してから12時間が経過しようとしている。

思わず机から身を離し、腕を伸ばす。

歳のせいでもあるのだろうか、首と肩の間接部が軋む。

添えた手で軽く肩を揉むがそれもやはり気休めだ。


「…帰るか。」


最後の仕事だったのが幸いし、きりをつける。

しかし仕事の完了まではもう少し掛かりそうで。

保存を確認し明日の私に申し訳なく思いながらパソコンの電源を落とす。

荷物を纏め、机周りの筆記用具を所定の位置へと戻す。

既に私以外誰もいない会社のフロアに一瞥し、タイムカードを切る。

埋まりきって隙間のないカードを見て思わず溜息が漏れた。


外は繁華街の明かりと人の営みの音を遠くに捉える。

まだ賑やかな人込みの賑わい。友人、学生グループ、カップル…家族。

今は遠き人と人との繋がりの暖かさに羨望を覚えながら、私は視線を落とした。


会社の外に出て一歩、また一歩と歩みを進める。

その足に力はなく、ただ永遠に続く今日の繰り返しを行う為に動く。

口から漏れる吐息は白く染まり、今朝マフラーを忘れたのを今となって更に後悔する。寒さで縮こまってしまった背中は普段より一層猫背を主張する。

今日で42回目の冬を向かえ、身体に刺さる冷え込みはより猛威を振るった。


帰路の途中、会社から2ブロック先のコンビニエンスストアへ今日も向かう。

いつもの弁当を1つ、いつもの緑茶を1つ。

見慣れた店員をカウンター越しに見据えながら財布から札を1枚手渡す。

1日における人との唯一の触れ合いを終え、店を後にする。


自動ドアが私を見送った後、ふと顔を上げた。

かつて私の住んでいた地域では瞬く数多の星を見上げた。

しかしこの都会では一目することすら叶わないらしい。

込み上げてきた不思議な虚無感が心を満たした。


(私の人生とは、何なんだろうな。)


離婚した妻と大きくなったであろう娘と息子を思い馳せる。

数年前のある日、突然妻は離婚を申し込んできた。

理由は何度聞いても教えてもらえなかったが

流れ落ちる涙と気苦労を感じ取り離婚届に署名した。


それから親権は全て妻のものとなり

私は娘たちに会うことすら安易じゃなくなった。

唯一の楽しみは年1回年賀状代わりに送られてくるバースデーカードの裏。

成長した姿が見れる私の最後の楽しみだった。


しかし、そのカードも3年前から途絶えた。おそらく今年も。

それ以来仕事にも力が入らず、私は生ける屍と化したのだ。

いっそ死んでしまおうか、なんて考えも浮かんだ。

動脈切断、リスカ、首吊り、飛び込み、毒、投身。

様々な方法が脳裏を過ぎるが私は小さく首を横に振った。


(…そんな死に方では、ありきたりだな。)


私は名前こそ珍しい。正確には実現不可能な名前なのだ。

冬に木が茂る。この国では有り得ない。

それに気づいた幼き日はきっと特別な人生が送れるだろうと心躍らせたものだ。

だがしかし実際の人生は平凡なものだった。


普通に進学し、普通に恋をし、普通に卒業し

普通に就職し、普通に結婚し、普通に子を成した。


全てが平均平凡。それが私、柊茂だ。


しかしその結果として残ったものは今はもう何もない。

強いて言うなら25年続けてきた今の仕事だろうか。

でもそれも最近の新入社員に舐められているようで

正直誇れるものなのかと問われたても即答することは出来ないと確信を持っていた。


そんな思考を巡らせていたら思い出したかの様に突然の寒さが私を襲った。

強く吹いた風が私の身体を撫でたのだ。

両手で腕を交差させ二の腕を擦る。トレンチコートは役に立ってない。

一刻も早く風を凌ぎ、暖を取るために自宅へと歩き出した。


その1歩を踏み出した、その瞬間だった―――

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