第2話 襲撃者

 人気の少ない路地の、店の壁に背中を思い切り打ち付けて、息が詰まった。ずりずりと座り込む。隣で小林が倒れてる。高口もへたりこんでいた。

 遠くで誰かの悲鳴が聞こえる。

「おい、小林!」

 腕を伸ばして揺すろうとした俺を、珍しく慌てて高口が止めた。

「頭打ってるかもしれないから、動かさないでください」

 路地は暗くて、酔っ払って寝てんのか、頭でも打ったのか全然わからねえ。血は出てないようだが。

「おい」

 声が降ってきた。後ろに遠く繁華街の明かりを背負って、俺たちの前に誰かが立っている。

「どいつが栄だ?」

 ラフなジャケットにジーンズ。片手をポケットに突っ込んで、反対の手でタバコをふかしながら、男が言った。

 あのチャラ男め、何やりやがったんだ。

「ここにはいねーよ」

 うめくのをこらえながら、俺は座ったまま男を見上げる。

「あいつと飲んでただけだよ。痛ぇな、ちゃんと誰か確認してから来いよ。やり方が雑だな」

「いつの間にいなくなったんだよ」

 つけてたのか。

「栄はもう帰ったし、あいつの家は知らねえ」

「番号くらい知ってるだろ。呼び出せ」

 ったく、と男はめんどくさそうに悪態をついた。ポケットから何かを取り出す。

「不審な人影、物音に悩まされていませんか。すぐ相談を」

 ゆっくりと読み上げる。会社の名刺だ。

「これ個人携帯載ってねーし」

 俺たちの方に投げ捨てた。仕事がらみか。何なんだ。

 高口は大丈夫そうだが、小林は倒れたまま動かない。まずい。なんとかしねーと。

 俺はとりあえず、降参という感じで両手を挙げた。

「わかった、連絡する」

 スーツの内ポケットに手を入れた俺に、男がタバコの火を突きつけるようにして指示した。

「妙なことするなよ。スピーカーで話せ。余計なこと言うんじゃねーぞ」

 まったく気負わない様子で立つ男は若い。明らかにこういう事に慣れている。

 俺はアドレス帳から栄を呼び出して、電話をかける。

 女の子といちゃついてるとこだったらどうする。電話出るのか、出られても困るが、出てくれ。


「もしもーし」

 のんきな声がスマホから聞こえる。ホッとしたが、焦らないように声を出す。男が無表情で見下ろしてくる。

「お前、もう帰ったか?」

「女の子が終電までに帰らないとって言うから、駅まで送ってきました~」

 チャラ男のくせに意外とちゃんとしている。

「それじゃまだその辺にいるんだな?」

「いますよー、宮田さんたちもまだ飲んでるんですか? 合流ですか?」

 もう一件行くから来いって言ったら普通に来そうだな。

 俺は懸命に頭を働かせた。男に勘づかれないように、どうにか栄に伝えないとまずい。

「あー、俺、財布落としたんだよ」

 えー? と笑い含みの声が聞こえる。全然疑っていない。目の前の男をうかがうが、陰になって表情がよく分からない。

「マジかー、探せってことですかー?」

「お前って、どれくらい見えるんだ?」

 栄は一息の間だけ沈黙する。鈴木と違って察しがいいから、何か気づいてくれるのを願うしかない。

 横目で男を見上げるが、タバコを吹かして、勘づいた様子はないようだった。

「それって距離ですか? 時間ですか?」

 再び聞こえた声は、相変わらず軽い。

「距離だ」

「正確性には欠けますけど、強く残ってるものなら、そこそこ離れててもだいたいは」

「あーじゃあ、しっかり見て、来てくれ。最初の居酒屋の近くの、ええと、メイプルガーデンとかいうカフェのとこにいる」

「マップ見ながら行きます~」

 のんきな声が帰ってくる。悪いな、と応えて、電話を切った。



「来るってよ」

 俺は男を見上げて、スマホを内ポケットにしまった。倒れたままの小林の様子が気になる。

「めんどくせーなあ。どんくらいかかるんだよ」

 男はタバコをくわえて悪態をついた。灰が降ってくる。表情が分からない。

 俺は男を見上げたまま、さりげなく言った。

「待ってる間に、俺にも一本くれねぇ?」

「やらねーよ」

 見下すように男は言った。

「お前らみたいなチート能力者嫌いなんだよ」

「チートって」

「俺みたいな、平凡な能力者は処遇が悪くてなあ」

 やっぱりこいつ、能力者か。能力者の中にも平凡とかあるのか。俺なんか使い勝手の悪だけの、妙な能力なんだが。

 さっきは何かが爆発したような様子も無いのに、ものすごく吹き飛ばされたが、一体何の能力なんだ。

 何より――栄だけじゃなくて、俺たちが何なのかもバレてる。

 さっきは誰が栄かも分かってねえみたいだったのに。栄が俺を呼んだからか。――俺を知ってるって事か。

 余計にムカついてきた。俺たちみたいな妙な能力持ってる奴だけならともかく、一般人巻き込みやがって。

「それに、待つ必要なんかねえよ」

 男はタバコを持つ手を軽く上げる。赤い小さな光が、妙に明るく見える。

 ――まずい。

 男が口を開く。

「炎獄の車輪」

 何かすごく中二な事を唱えた。


 炎が吹き上げる。向かってくる強烈な熱に、俺は小林の腕を引っ張り、横に転がった。

 ごうごうと音をたて、炎の塊はさっきまで俺のいた壁に、轟音を上げてぶつかる。壁に亀裂を入れて、炎は四散した。

 落ちていたゴミがメラメラ燃えて、消える。


 俺は上着のポケットからタバコとライターを取り出す。密かに特訓したおかげで、チャイルドロックに手こずることも無く、ライターをつけた。体勢を整える間にタバコをくわえて火を点ける。

 だが、どうする。これを人間に吹きかけてどうなるかなんて、検証したことねえ。

「宮田さん」

 高口が、後ろの壁を指さした。もさもさの前髪に隠れて、何考えてるか分からねえ。だが言いたいことは分かる。

 マジか、壁壊せってのか。

 これ大丈夫か。確か俺、個人賠償責任保険とか入ってたけど、故意に壊してなんとかなんのか。っていやそんなこと言ってる場合じゃねえ。

 そもそも、さっきあの男が壊したし。

 煙を口にためる。また小林の腕を引っ張りあげる。頭を打ってたら動かさない方がいいが、背に腹は変えられねえ。

 横目に男を見ると、イラだった様子で舌打ちをした。

「避けるんじゃねえよ」

 近づいてくる。

 俺はタバコの煙を、壁に向かって吹きかけた。

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