第6話 鎮魂の酒と供養の炎
祟りだあああ、とまたBGMのようにばあさんの声が響く。いいから、もう分かったから。
ざぱん、とまた、ひときわ波が大きく塚にぶつかった。
と思ったら、俺の身長を超える波が俺たちに襲いかかった。壁のように立ちあがって、俺たちを飲みこもうとする。
俺はタバコの煙をなるべく大きく輪にして、ふう、と吐き出した。波にぶつかると、弾けてともども四散した。
「お酒に海水が入る!」
うるせえ。
またひときわ大きな波が、俺たちごと塚を覆うように立ちあがる。俺が煙をふきかけたどころで抵抗できる規模じゃない。だが波は俺たちの周りだけパックリ割れて、岸壁に散った。鈴木の仕業だ。
塚が波に飲み込まれて、今度は人魚が消えた。
嫌な予感がして、俺は足元に煙を吹きつける。俺と鈴木の脚を掴もうとしていた人魚と目があった。煙は水面に当たり、波が弾けて、俺たちはびしょ濡れになったが、人魚にもダメージはあったようだ。
ガアアと怪獣のような声をあげて、するすると海にもぐっていく。
息をつく暇もない。人魚相手に海に浸かってやりあうなんて、分が悪いにもほどがねーか!?
気配を探るまでもなく、今度は左から、トビウオのように水面を飛び出してきた。ぱっくりと開けた口には牙が並んでいる。俺は力いっぱいタバコの煙を口にためる。一瞬の溜めが致命的な隙だった。間に合わない。避けようにも後ろは崖だ。
「やああ!」
鈴木は、飛びかかってきた人魚に上段蹴りをかました。
足の甲を人魚の鼻面にたたきつける。人魚は吹き飛んで、海に沈没した。
なんて女だ。知ってたけど。
海中から、ギイイギイイと音が聞こえる。完全に怒っている。
「負けないーよー!」
鈴木は片手で首を掴んだ一升瓶を眼前に持ち上げて、口をひっくり返した。透明な液体が真下に流れ落ちる。輝く液体は海面にこぼれおちず、長く薄い透明な刃のようになって宙にとどまっている。一升瓶の口から生えた日本刀。
鈴木は瓶を両手で持ち、顔の前に刃が来るように構えた。
「宮田さんっ」
「なんだよ」
「一升瓶が重いです! 酔ってるので力が入りません!」
あーだろうな!!
しかも重そうな構え方してるしな!
「あほか! 貸せ!」
俺はタバコを歯で噛みしめ、鈴木から一升瓶を取り上げる。酒の刃は、俺の手に渡っても崩れずに、形を保っている。
詳しく知らないが、媒体を手元から放しても形を保ち続けるのは、集中力と技量を必要とするはずだ。なんだかんだと言っても鈴木は腕のある女だった。――酔っ払ってるので集中力がいつまでもつかは怖いところではある。
「今度はワンカップにしろ」
「タバコにワンカップなんておっさんくさすぎて嫌です!」
「一升瓶を抱えてるのも十分おっさんくさいわ!」
三度、大波が立ちあがった。水を纏って、人魚が向かってくる。俺はまた煙を口の中にためる。ふう、と輪を吐きだした。波に当たって爆発する。
だが波の勢いが強すぎて、吹き飛ばせない。タバコが消えてもいいように、俺は口の中に煙をためた。
波に岸壁へ叩きつけられる。うめき声が漏れそうになったが、煙を吐き出したら意味が無い。歯を噛みしめてこらえた。
海水に飲まれても、酒の剣は消えていない。
ナイフみたいな爪のはえた人魚の手が襲いかかってくる。俺はそれを酒の剣で受けた。ふう、と煙を吐き出す。
煙が当たると、酒の剣は派手に爆発して、炎を吹き上げた。びっくりして瓶を落としそうになった。おいおい、スピリッツじゃあるまいし。思ったが、透明な剣は炎を纏って青白く光っている。
鈴木の能力と俺の訳のわからん能力の相乗効果なのかもしれない。また能力開発課の高口が喜ぶなあ、これ。
炎を見て、人魚はひるんだようだった。爪を引っ込める。
「おとなしく海に帰れ」
念じるように言ってから、俺は一息に、炎の剣を降り下ろす。
ギャアアアアアとひどい叫び声をあげて、人魚は燃えた。
今度は骨すら残さず、燃え尽きて虚空に消えた。
さっきまで荒れ狂っていた波は、急に静かになった。さざ波が岸壁に打ちよせてくる。
「わああああああ」
突然鈴木が、夜の海に叫び声を上げる。
「宮田さんと協力する必殺技がうまれてしまうなんて、いやだ! コンビ解消してもらえない! やさぐれおっさんとじゃなくて、シャキシャキ仕事して出世したい!」
恥ずかしい言い方と野心丸出しの発言やめて。
「うるせーなー。俺の方がコンビ解消してもらいてーわ」
「失礼な! 優秀なわたしのどこに不満があるんですか!」
「不満だらけだ! こんな暴走特急つきあいきれねーわ」
ため息と一緒に、タバコを吸う。今から町長に連絡して、迎えに来てもらって、とりあえず報告をしないといけない。まだ仕事は残ってるのだ。しかしよく考えたらこの女酔っ払ってるから、町長に不信がられないだろうか。
それにしても町長来るのか、ほんとに。あんだけ揉め事の種になってて。まさか朝まで放置って事ねーだろうな。この熱帯夜に。死ぬぞ。
砂浜で固唾を飲んで待ってるだろう学生たちや、おっさんたちにどう説明するか考えるのも面倒だ。
「人魚があああああ」
上からばあさんの叫ぶ声がする。あー見られてたそう言えば。もういいから帰れよ。
もう一仕事を思ってドッと疲れた俺は、黙って砂浜のほうへと歩き出した。
鈴木がさらに叫ぶ。
「歩きタバコ禁止!」
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