第4話 そして今の話
「とりあえず下に戻るか。下のおっさんが待ちくたびれて帰ったら困る」
暗い中に、曰くのある場所で一人なんて、俺だったら絶対に嫌だからな。
ついでに、待機と言う名の休憩をしたい。
「そうですね」
鈴木が言ったときだった。
遠くから爆音が聞こえてきた。海岸線を沿ってひかれた道路の向こうから響いてくる。ライトがたくさん向かってきていた。
なんだ、暴走族――珍走団か。
いや、単車もいるが、あれは軽トラックの集団だ。
砂浜の前に路上駐車すると、ぞろぞろとおっさんたちが降りてくる。あれは、まずい。よくない雰囲気だ。
「おい、鈴木。行くぞ!」
「ありがとうございました。夜道、気をつけて帰ってくださいね!」
鈴木は、ばあさんにガバッと頭をさげる。勢いに、ばあさんがまたビクッとひっくり返りそうになった。
鈴木の勢い、ほんと老人には心臓に悪そうだから、自重しろよな。
俺はばあさんに、どうも、と軽く頭を下げてから、ロープを乗り越えて遊歩道を足早に歩き出した。
後ろからばあさんの叫び声が聞こえてくる。
「久野の手先の情けはいらんわ!」
砂浜には、相変わらずだらだらといちゃついているカップルがいるだけで、海水浴場の客はすっかりいなくなっていた。打ち寄せる波の音が静かに聞こえる……はずなのだが、薄暗い中に、おっさんたちのわめき声が聞こえている。
鈴木は唐突にバッグから一升瓶を取り出すと、ついでに栓抜きも取りだして、固い蓋をポンと開けた。慣れてやがる。それから、瓶に口をつけてぐびぐびと飲みだした。
「おまえ、何やってんだ?」
訳わかんねー奴のは、知ってたけど、ほんと急になんなんだ。
しかもなんてもったいない飲み方しやがる。
「準備です」
ぷはあ、と息を吐いて、至福の笑みで鈴木は言った。
何の準備だ。
「もしかして、本気で酔拳とか言うんじゃねーだろうな」
「冗談な訳ないじゃ無いですかあ!」
鈴木の顔色はまったくかわらないが、なんかもうふわふわしてる。
足下危ないぞ、絶対。砂に足取られて転んでも助けねーからな。
「俺にもくれ」
「宮田さんが飲むとただの仕事中の飲酒になるからダメです」
ずるい。
「だから、俺はここで見張ってるだけだって!」
薄暗い砂浜の端っこのバリケードフェンスの前で、見張りのおっさんが怒鳴った。その周りを、おっさんたちが取り囲んでいる。おっさんたちのキャップのツバが、見張りのおっさんを小突いている。
「そもそも町長のせいだっていうじゃねーか!」
「おかげで妙な噂がたって、稼ぎにならねえ!」
おっさんたちが口々にわめく。
じりじりと追い詰められて、背中をガシャンとガードフェンスにぶつけながら、見張りのおっさんがわめく。
「事故は町長のせいじゃねーだろ!」
「町長のせいみてーなもんだろうが!」
「何を言うか、お前たちの先祖も、アレを喰ったんだろうが! 皆で協力して乗り切るところじゃねーのか!」
「そそのかされたんだ!」
おっさんたちのひとりが、ひときわ大きく声を上げた。そうだそうだ、と見張りのおっさんに皆が詰め寄る。
「だいたい俺たち自身は関係ねーのに!」
おっさんたちにとって、人魚の塚は昔の話じゃなく、リアルの出来事だ。鈴木の言う通り、昔のことは今と地続きだってことなんだろう。
ばあさんの話が本当なら、だが。――いや、ばあさんの話が本当なら、町長は関係ない。町長のじいさんや、その頃の町の人たちがやったことだ。だから町長のせいにするのはおかしい。だが地続きの上にいるおっさんたちにとっては、町長のじいさんがやったことも町長のやったことになるのか。
だが町長のせいにしながら、同じように祖先がやらかした自分たち自身は無関係だとわめくのは、矛盾している。
「今はたいしたことねえ事故だが、そのうち何をしてくるか分かったもんじゃねえ!」
「誰が何をしてくるのですか!」
鈴木がデカい声で横槍を入れた。
いきなりの若い女の声に、おっさんたちが一斉に振り返る。
「……なんだ姉ちゃん」
ずんずんと砂浜を歩いて行く鈴木を見つけて、一人が脅すような低い声を出す。
「大勢で取り囲むのは感心しません!」
鈴木にはまったく響いてねえ。見張りのおっさんが気づいて、わめいた。
「ちょっと、あんたたち! さっさと見張りをかわってくれねーから! 早く交代してくれ!」
完全に八つ当たりだ。確かに、見張りをかわってたら、同じようにおっさんたちに取り囲まれたのは俺たちかも知れねーが。結局俺たちはこの土地の人間じゃねーから、そこまでだ。
事故をなんとかしても、結局おっさんたちの根っこに残った問題が消えない以上、どうせ揉め事は起こる。
まあそこまで俺の仕事じゃねーから、どうしようもねーけど。
「みなさん!」
デカい声をあげてから、鈴木は両手に抱えた一升瓶をグビッと飲んだ。
「落ち着いて話しあいましょう!」
すさまじく怪しい。
一升瓶を手に若い女がズンズン向かってくるのを見て、おっさんたちはビビって困惑していた。まあ、するよな。
「なんだあんたは」
「こちらで頻発している事故の調査に参りました!」
グビリ、とまた酒を飲む。それをしかめっ面で見て、見張りのおっさんが言った。
「町長が雇ったって言う霊能者の先生だよ」
霊能者はともかく、先生はどうか。
「町長の手先か!」
いやだから。手先とかどうとか、そういう言い方はどうかと。
おっさんたちのところにたどり着いて、仁王立ちで酒を飲んでいる鈴木を押しやって、俺はおっさんたちの前に出た。
「いやあ、さきほどこいつが言った通り、町長さんからご依頼を受けて、事故の原因調査に来た者でして」
「余計なことするんじゃねえ!」
いや、余計なことって。
「実際に事故が起きてるようだし、そのうち警察も介入するし、これ以上話題になったらマスコミが山のようにやってきますよ。SNSでの拡散も早いし」
おっさんたちは、一瞬黙り込み、顔を見合わせた。
昔のことは知られたくない。蓋をしようにも、今は情報社会だ、そう簡単にはいかねえだろう。
「よそ者は黙ってろ! 俺たちの問題に口出しするんじゃねえ」
一人が叫んで、俺の肩を突いた。やべえ、手を出してきやがった。不意をつかれて、痛いよりも驚いた。砂に足を取られてよろける。集団心理で、おっさんたちの暴力的な感情がふくれあがるのが見えた気がした。
やべえ、どうすんだこれ。
「暴力はいけませんよ!」
鈴木が叫ぶ。
「うるせえ、さっさと出て行け!」
別のおっさんが、今度は鈴木に向かって手を伸ばした。
鈴木は顔をしかめる。突き出された拳を、ひらりとよけた。逆に相手の手を取って、何をどうやったのか、自分よりでかい男を投げ飛ばした。ずしんと音がして、砂が舞い上がる。
仰向けにひっくり返ったおっさんも、他のおっさんたちも、目をぱちくりさせている。
「そちらがそのつもりなら、わたしも考えがあります! 普通の人に力を使うのは主義に反しますが、多勢に無勢、背に腹はかえられません」
鈴木はまたぐびりと酒を飲む。
それから足を開き、腰を落として構えた。片手には一升瓶を抱えたまま、空いた手で鼻の下をこする。
「酔拳の力を見せてあげます!」
お前それ、ブルース・リーだからな。酔拳はジャッキーだからな。ふざけんなよ間違えんなよ。
「祟りだあああ!」
突然、緊迫感に包まれた空気に、大声が響き渡った。
全員がビクリと肩を震わせてから、声の出所を探って振り返る。暗くて遠くてよく見えないが、崖の上に、背中の丸まった人影がある。
ばあさん、帰ってなかったのかよ。
「またあのばあさん……」
おっさんたちの一人が、イラだった声を上げたときだった。
岩礁の方から、悲鳴が聞こえた。
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