第2話 自殺の名所

 相談の結果、何が原因かを調べるのとは別に、夜の海に近づくやつを見張っておくことになった。

 深夜の見張りの分は別途請求に加算するからと告げると、町長はぐずぐずと文句を言う。

「え~それくらいやってくれないと。依頼の一部でしょ。若い人がさ、こういう田舎を助けてくれないと。貴重な稼ぎ時に困ってくれるんだよ」

「いえ!」

 鈴木は麦茶のコップを置いて、はっきりと言った。

「海難事故の調査とは聞いてましたけど、深夜の見張りは別です。最初に出していた見積もりに加算して請求しますから。ただ働きさせられる警備員扱いされては困ります!」

 こいつなめられるのが大嫌いだからな。

 それに、もらうもんはもらう。搾取されてばっかでたまるか。

 町長はまだブツブツ言っていたが、厄介事さっさと片付けてしまいたいようで、しぶしぶ了承した。もし後でしらを切ろうもんなら、怖いだろうなうちの会社。なんか訳の分からない方法で請求しにきそうで。



 再び町長の車に乗って、海水浴場に向かう。到着すると、後はよろしくと、町長はさっさと帰ってしまった。電話してくれたら迎えに来るからと言い置いて。

 おい、何時になっても来るんだろうな。早朝でも来るんだろうな。やっぱり社用車で来れば良かった。

 夏の日は長いが、徐々に夕陽が傾きかけている。もともともやしっこの俺に夏の日差しはつらいので、真昼間に外で待機するような仕事でなくて助かった。夜でも十分暑いが。

「まったく、すぐ、かわいそうでしょ、若い人が助けてくれなきゃって言って、人のことただ働きさせようとするんですから!」

 鈴木はぷんぷん怒りながら、砂を蹴散らして歩いていく。

 海水浴場の客はちらほらと帰りだしていた。残っているのは、だらだらといちゃつくカップルたちくらいなものだ。

「宮田さんも!」

 なんだよ。怒りの矛先が急にこっちに向いてきた。うるせーな。

「あっからさまに怪しいじゃないですか! 絶対何か裏がありますよ! なんでちゃんと聞かないんですか!」

「あんなあからさまに言いたくなさそうなの、聞いて教えてくれるわけねえだろうが。ネットで拡散されたとか自分で言ってたし、検索したら何か出てくるだろ」

 スマートフォンで地名と「怪談」とかセットにして調べたが、意外と出てこない。鍵付きのサイトなんかでやりとりされてる情報なんだろうか。

「技術者のくせに、ググるの下手ですね」

「そういうの偏見だからな。神社生まれのくせに幽霊怖いんですねとか言われたくないだろ」

「怖くないですから」

「そうでしたね」

 幽霊に正拳突きかました上に、水ぶっかけようとしてましたね。

 仕方ない。町長があの様子では、町の人間も口を割らないだろう。

「やっぱ張り込むしかねーか」

 一日で誰かひっかかってくれればいいが。数日で五件と言ってたから、可能性は高い。

「この暑いのに外にいたら死にますよ。夜だって全然気温下がらないんですから」

「アイスノンとか氷とか買ってくるか。お前の能力でなんとかなんないのかよ」

「疲れるから嫌ですし、安売りしません!」

「暑いからいちいち怒るな」

 俺は手でパタパタと仰く。

「とりあえず日が暮れる前に、いったん現場見に行くか」

 確か被害が一番多いのは、海水浴場のから歩いてすぐの、岩場だと聞いていた。

 砂浜を端まで歩くと、工事現場にあるような、オレンジと黒のしましまのバリケードフェンスが置いてあった。「危険! 立ち入り禁止!」とデカデカ手書きされた紙が貼ってある。黄色と黒のロープも張られていて、キャップをかぶったおっさんが一人ぼんやりと立っている。

 もしかしてこれ、交代で見張っているっていう町の人か。

 おっさんは俺たちを見ると、突然険しい顔になった。

「ここは危ないから、入らないでね!」

「何かあったんですか?」

 俺はしれっと尋ねた。

「岩場が滑って危ないんだよ。何人か怪我してるから、立ち入り禁止にしてあるんだ」

 やっぱ聞き出そうとしてもダメか。

 おっさんは俺たちを強引に追い返そうとする。ぐいぐいと肩を押されながら、俺はまたあの「お気軽にご相談を!」の名刺を取り出した。

「あ、俺たちこういう者で」

 おっさんは、ものすごく顔をしかめて、嫌そうな顔で受け取った。名刺と俺たちを見比べる。それから名詞からのけぞるように顔を遠ざけて目を細めてから、字を追う。「奇妙な音や現象に悩まされていませんか? お気軽にご相談を」と読み上げた。いや声に出されるの恥ずかしいからやめてくれねーかな。

「町長さんに雇われて、調査に来たんですけど。あのう、海洋の調査で」

 おっさんは明らかに胡散臭そうな目で俺たちを見た。

「あーなんか、霊能者呼ぶって言ってたなあ」

 くそ、学者っぽくごまかそうと思ったのに、言いふらしてたのか町長。しかも霊能者って。

「霊能力者の先生なのか、本当に?」

 鈴木も俺もラフな格好だ。それっぽい格好じゃないから、かえって怪しまれてる。海水浴場で目立たない格好で来るように町長に言われてたから、スーツで来なかったのに。

「なんか、足引っ張られたりとかで、観光客が怖がってるって話しだったんですけど。詳しい事情知ってたりします?」

「あーまあ出てもおかしくはないからなあ」

 おっさんの態度が急に軟化した。それはいいんだが、出るって。

「出るって、何がですか?」

「出るって言ったらあれだろ」

「あれって」

 聞きたくねえ。

「幽霊ですか!」

 鈴木がデカい声で言う。おっさんが顔をしかめた。

「そうだよ。あんたら知らないのか? 自殺の名所なんだよここ」

 言いながら、おっさんは後ろを見上げる。切り立った崖が海に突き出していた。寄せる波が海岸に砕ける。いかにもだ。いかにもサスペンス劇場だ。

 また幽霊か、最悪だ。夏の夜に幽霊の調査とかマジで最悪だ。しかも大量に出そうじゃねーか。

 ほんとに町長の言うとおり、通りすがりで死んだ霊の祟りなだけかもしれない。


 うえええ、と俺がうめていると、何かが視界の端を横切った。くすくす笑う声、ささやき声。ガチャン、とバリケードフェンスが音を立てる。いくつかの人影が、立ち入り禁止の縄の向こうに走っていく。

「こらあ、入るな!」

 おっさんが俺たちと話している隙に、若者が数人、岩場に駆け込んで行った。しまった。見張りの金請求するって町長に言ったばっかなのに。

「俺たちが追いかけるんで、ここ見張っててください」

 おっさんに言いおいて、俺は黄色と黒のロープをくぐる。



 海水浴場の端っこで、砂浜はすぐ岸壁とごつごつとした岩場に変わってくる。フナムシがさかさかと逃げていく中、ビーサンがすべらないように気をつけながら、岸壁に沿って岩場を進む。潮が満ち始めてジーンズの裾が濡れるが、まあ仕方ない。夜でも岩場を伝えばこのまま進める程度には足場が続くらしい。

 きゃっきゃと騒ぐ声が聞こえてくる。男が二人に女が二人。学生カップルたちか。ひとりが俺たちに気づいて、「うわあ」と声を上げた。

 途端に全員が振り返る。さっきまではしゃいでたのが嘘みたいに静まりかえって、固まった。

 若者たちは警戒心いっぱいに、俺を責めるような目で見た。だからなんでだ。入るとこ見られてるのに、デカい声ではしゃいでなんだその態度は。見つかって当然って言うか、むしろ怒って下さいだろそれは。

 俺はため息を大げさについて、手をひらひらと振った。

「あ、俺たち地元の人間じゃねーし、連れ戻しに来た訳じゃないから。お前たち連れ戻してくるって言って、さっきのおっさん撒いてきたんだよ」

 若者たちはびっくりした感じで、顔を見合わせた。今の俺たちに言ったんだよな、という感じで。俺は続けて言う。

「なんかおもしろいもんあった?」

 俺の言葉に、若者たちは、肩の力を抜いたようだった。今度は俺たちを見てクスクス笑う。少しばかりイラッとしたが、バカにして笑ってる感じではない。なにか、そう。男一人でケーキ屋さんの行列に並ぶ俺を見たときの、後から来たおっさんとかの、あの同士を見るような目だ。

「あんたたちも塚を見に来たんでしょ?」

 一人が言った。

 ――塚? 自殺の名所からみの慰霊碑か何かか。

「あーそうそう」

 言いながらあたりを見まわす。もう夕日はだいぶ海の向こうに沈んで、空も海もグラデーションになっていた。

 暗い色に染まってきた海のそば、ゴツゴツの岩場に波が砕けて散る。若者の一人が、妙な岩の上に立っている。不自然に円筒形の岩だった。整形されているわけではないが、他の岩に比べて、波に削れた感じが無い。倒れて、中途半端に海に沈んでいる。立てたら俺の腰くらいまではありそうな大きさだ。

「なんだそれ?」

 言うと、若者たちがまたクスクスと笑った。

「思ったより拍子抜けでしょ、これ。塚だって。たいしたことないですよね~」

 岩の上の若者が、蹴り飛ばすような感じで岩を踏みつける。ネタバレ禁止~と笑い含みの声が、若者たちの間から上がる。

 鈴木の目が釣り上がった。

「あなたたち! そんなところに乗るなんて!」

 鈴木がデカい声を出した。打ち寄せる波にも負けない。いや気持ちは分かるが。警戒させるな。

 ビビって、若者たちが身を寄せる。どうどう、と俺は大げさに鈴木を抑えて、若者たちにへらへらと笑顔を向けた。

「あぶねーから、滑りやすいっておっさん言ってたし」

 岩の上にいた若者が、バツの悪そうな顔をした。彼女らしき女がよしよしとか言いながら、若者と手を繋いだ。うぜえ。無駄にイラッとした。

「そんなとこ乗るなんて勇気あるな~。水に引き込まれたとかいうやつだろ」

 びっくりしてみせると、若者たちはおもしろそうに顔を見合わせて笑う。

「あ、上はもう見てきました?」

 もう一組のカップルの方の男が言った。途端に、鈴木が身を乗り出す。

「上? 崖の上ですか? 何かあるんですか!?」

 若者たちはきょとんとした顔をする。

 俺は、鈴木の荷物をひったくった。一升瓶の入ったボストンバッグだ。ああっと鈴木がまた声を上げる。

「あー荷物持たせたまんまで、ごめんなあ~」

 デカい声の上からかぶせる。

 せっかく話し合わせてたのに、邪魔すんな。

「こいつ、のぼるのめんどくさいとか言うから、やめてこっち来ちゃったんだよな」

 あー、と若者たちはなんとも言えない顔で俺たちを見た。恋人同士に思われたかもしれない。しかも、若い彼女にふりまわされてるおっさんに見えたかもしれない。いろんな意味で最悪だ。

「上すごかったですよ。行ってみた方がいいですよ。俺たち、こっちは日が暮れてからの方がおもしろそうだから、後回しにしたんですよ」

「へえー。まじかよ」

「でもやっぱみんな盛って話すから、たいしたことないっすね~」

 塚に乗ってた若者が、ケラケラと笑いながら言った。

「人魚とか、マジでいたら面白いんすけどね~」

 だな~と俺もヘラヘラ笑う。

 上も行ってみるわ~と言うと、ぜひぜひ、と若者たちにすすめられた。そして若者たちは、どもーと頭を下げて、砂浜に戻っていく。

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