15 centimeter 少女・少年
naka-motoo
第1話 美しい雨の日に美しいあの子に出逢ったよ、これって幸運の始まりかも
英語の課題を一番最初にやったのがまずかったな。
結局数学を最後に残して、ぎりぎりまで粘る羽目になっちゃった。
閉館を告げる静かなピアノの音源が流れる館内のタイルカーペットの床と、白のデッキシューズとが擦れる微かな音を立てながら、わたしはエントランスへ向かう。
ガラス張りの、ガラス工芸作家たちの工房が併設された市立図書館。
地方に暮らすわたしだけれども、この美しい図書館があるお蔭で、過度に都会に憧れたりはしない。
今日もこの土砂降りの雨粒がエントランスのガラスに楕円のまま張り付くような模様を描いているのを見て、女子高生たるわたしの課題で疲れ果てた頭を癒しながら、自動ドアをくぐって外に出た。
「小降りになるまで何してよっか」
わたしは呟くように声に出して思考した。
図書館に来る時には絶対に傘を持ってこないのがわたしの主義だ。自転車で来る時も、気まぐれに歩いて来る時も。
リュックをしっかりと背負い直して文庫本を開いた。
ページの薄いベージュ色の紙に、ふっ、ふっ、と雨のしぶきがシミをつくる。
なんだかその様子もわたしの雰囲気を和ませてくれるようで、敢えて濡れるままにした。
文章ではなくって、文庫本の紙そのものに気を取られていたせいで気付かなかったけれども、雨宿りの同伴が1人いた。
「こんばんは」
多分、男の子、と言っていい年齢だろうと思う。高3のわたしよりも年上ってことはないと判断した。
全体的にやや伸ばし気味、あるいはしばらく切っていないその子の髪の毛に、雨しぶきのとても細かい粒子が無数についている。髪の毛1本1本を観察するぐらいの距離に、その子は立っていた。
15cm。
この距離に、不思議とわたしは何の違和感も感じていない。
むしろ、こんばんは、というその子の挨拶の方が少しおかしいな、と和んだ。
「まだ5時だよ」
わたしの返事。今日は日曜日なので閉館時間は平日よりも早い。それに初夏なので日もまだ高い。その子はもう一つわたしに語り掛けて来た。
「うぶ毛に、雨の
そうだ。15cmっていうのはそれが見えるほどの距離だ。
図書館前の雨がしのげるファサードの部分は、この近さでも下心を感じさせない狭さだ。やむを得ず距離が近くてごめんなさい、ということを言い訳せずともお互いに理解できる。
けれども、その子はダメ押しのようにわたしにもう一言声を掛けた。
「かわいい」
わたしは生まれて初めて、男の子からこんなことを言われた。
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