第十一章 獣の目覚め

 遺跡での戦い、その中央に向かうようにファングを先頭とした村の人間達が駆けていく。


「うぅぉぉおおおおお!!」

「待ってくれ、ファングさん! 無謀すぎる!」


 先陣を切って走るファング、その後を追う村の戦士達、その姿を見てフィルも慌てて追いかけていた。村の守り神である狼の指示と言うが、遺跡中央付近に出現したオーガは、一目見てもその圧倒的な力が分かる。このまま突っ込んでいけば、村の戦士達が紙くずのように千切り飛ばされてしまうかも知れない。


「剣で戦える者は前に出ろ! 残りは弓で敵の親玉を集中的に狙え! 周りの敵の対処も忘れるな!」

「おお!」


 抜刀し、吠えながらオーガに突っ込んでいくファング。

 周りの人間達も、数人がそのままついていき、距離を取った所で足を止めた者達が、すでに中心のオーガや周辺の魔物達に矢を射掛け始めている。


(勢いで突っ込んでるわけじゃなさそう……だが、それにしても危険だ)


 味方勢が冷静さを失っているわけではないことが分かり、フィルも少し安堵する。しかし目前の敵であるオーガの力は未知数であるため、ファングと合流するように走り続ける。


「ねえ、フィル! 私達もオーガとるの?」

「気持ちは分かるが、やるしかない。ディア、怖気づいたのか?」

「冗談、もう覚悟は決まったわよ」

「ならいい」


 フィルのすぐ後ろに追いついてきたディアが声をかけてくる。

 その後ろにトニも続き、カトレア達も指示通り付いてきているのが分かる。


「――ゴーシェは、どうした?」

「分かんない! 置いてきちゃった!」

「置いてきちゃった、ってお前なあ……まあいい、このまま突っ込むぞ!」

「はい!」


 後方集団の中にゴーシェがいないことに気付くが、トニがいつもと変わらない調子で返してくる。今更引き返すわけにもいかないため、そのまま乱戦の渦中に入っていくことにしたが、カトレアからも強い返事が聞こえる。


 走る先には既にファングがオーガに切りかかっているのが見える。図体の割に素早い動きで、ファングの剣は難なく避わされているが、浅く踏み込んで戦っているのかファングの方もオーガからの反撃を回避できている。間断なくオーガを襲う矢の攻撃も、その硬い皮膚に弾かれているものの注意を逸らすことには成功しているようだ。


「役割はさっきと一緒だ! このまま突っ込むが――」

「ディアと俺は、フィルと一緒に前線だよね!」

「いちいち言わなくたって分かるわよ」

「……それでいい。クゥ達は、一歩後ろから弓で援護してくれ」


 目前に迫るオーガに打ちかかる前に指示を出したが、意図は言わなくても伝わっているようだ。戦いを重ねるにつれ、動きが良くなる仲間達にフィルの頬も思わず緩むが、すぐに気を取り直して戦場に目を向ける。


「――死ぬなよ。行くぞ!」

「おおー!」


 大体五人といったところだろうか。

 オーガに切りかかるファングと村の戦士達が目の前に見えるが、その攻撃は牽制の域を超えていない。それだけでもオーガの強さが計り知れるが、フィルは大して気に留めず、回避行動で少し後ろに下がったファングとすれ違う。


「フィル殿!」

「うおらぁぁあああああ!」


 巨大な棍棒を横に振りぬいた姿勢になっているオーガに斬りかかる。

 近くで見るとやはりその巨体は規格外であり、駆け込んだ勢いで飛び上がって一閃を放ったが、その切っ先は首筋には届かなかった。


「グゥゥ……」


 ファングに注意が向いており、直前までフィルの突撃に気付いていなかったオーガだったが、フィルの急襲に怒りの声を漏らす。渾身で放った剣撃を持ってしてもその表皮を切り裂くだけに留まった。胸元から多少の血飛沫を上げたオーガだったが、声を上げるものの怯みもしていない。


「あああああっ!」

「ガアアァッ!」


 攻撃の際にオーガとすれ違う形となり、着地と同時に受け身を取るフィルの後、ディアが滑り込むような体勢でオーガに対峙し、振りかぶった戦槌の頭を敵の腹に打ちつける。これには流石にオーガの体も多少くの字に歪むが――


「――ウグァァアアアッ!」

「ちょっ――」


 明らかに敵の胴を捉えていたディアの一撃だったが、その衝撃をものともしないように空いた拳で地面を叩きつけるように反撃をする。

 自身の攻撃で敵の硬直を得心していたディアだったが、思いがけない即座の反撃に目を剥く。


「ディア!」

「……あっぶないわねえ」


 すぐ後ろを走っていたトニが、ディアの窮地に叫びを上げるが、すんでで横に飛んで避けられていたのか、すぐに後ろに飛んで距離を取っていた。

 オーガの背中越しにそれを見ていたフィルもそれを見て安堵の息が漏れるが、先ほどまでディアが立っていた地面はひび割れた窪みになっている。


「フィル、こいつとんでもなく固い・・わ。私の魔法を乗せた・・・・・・直撃を受けてアレよ。ちょっと考えられないわね」

「……削るしかないな」


 ディアの一撃の重さは、フィルも重々に承知している。

 これまでの旅の道中での戦いでは、並みのオーガであれば卵でも割るように軽々とその頭を粉砕したのを見た。それだけに、今まさに対峙しているオーガが規格外の防御力を持っていることを物語っている。


「油断するな――よっ!」


 背後を取った位置についたフィルはオーガが姿勢を戻す前に、臀部でんぶを狙って数度斬りつける。先ほどのディアとの接触の様子を見て、本気で致命傷を与えるというより、相手の固さや動きを見るための牽制の意味合いが強い。


 巨大な敵を相手取る時、足元から崩すのは定石だ。見上げるような大きさのオーガと対峙している自分が、思いの他冷静でいるとフィルは自らを観察するように考える。これまでの戦いで予想を遥かに超える相手は十分に見てきた。


「……確かに、固いな」


 フィルの数度の剣閃により与えられたのは、オーガの膨れ上がった大腿部や臀部に薄い裂傷くらいのものだった。牽制目的とは言え、手を緩めたつもりなどない。足の一本くらいは貰うつもりでの攻撃を、相手が油断している所に叩き込んだにも関わらず、オーガの方はほとんど無傷である。


「ゴァァアアッ!」

「くっ……!」


 背後からのフィルの攻撃に苛立ったのか、オーガが振り向きざまに棍棒を振り下ろす。

 斬りかかった後の十分な余韻を残していたため、オーガの反応を見ての回避ができたが、振り下ろされた棍棒が地面を砕き、横に飛んだフィルを追うように石のつぶてが飛散する。


「ええい!」

「トニ、一人で突っ込むな!」


 反転して棍棒を地面に打ちつけたオーガの姿を見てフィルの身を案じたのか、向かい側ではディアと入れ替わるようにしてトニがフィル同様、オーガの足元を狙って剣を振るっている。

 体の大きさに対しては少し長めの刀身を持つサーベルを操り、手数を稼ぐように突きや斬りを巧みに繰り出している。旅に出る時に持ち替えた得物であるが、今ではアランソンのように――とまでは言わないが、十分に使っている。


 しかし、やはりフィルが試した時と同様、オーガの固い皮膚と筋肉を持つ足には、大した傷をつけることができていないようだ。


「ウゥゥゥ……ァァアアアアアァァ!」


 またも背後からの攻撃を受けたオーガは、その牙をギチギチと噛む様に苛立っているようで、唸り声を上げながらトニやディアがいる方に向き直った。その手に握られた柄の長い棍棒を大振りの準備をするように引きつけている。


「まずい、避けろ!」

「――ガァァアアッ!」


 オーガが弧を描くように棍棒を振り抜く。

 その軌道から、数人の戦士達が宙を舞うのが見え、その中にファングがいることも分かった。


「親父ぃ!!」

「くぅぅうううううっ――!」


 村の人間達がなぎ払われ、クゥの叫びが響き、攻撃の軌道の先にいたディアが横に吹き飛ばされていくのが見えた。傍目にはオーガの横殴りの一撃をディアが戦槌の柄で受けたように見えたが、その勢いを止めることを許されないように、土煙を上げてディアが地面を転がる。


「――ディアっ!」


 目の前でトニが声を上げる。どうやら、トニだけはオーガの股下を潜るようにして攻撃を回避できたようだった。そんなトニに声をかけることも許さないというように、小虫を一掃し終えたオーガがフィルの方に向き直る。


 向き直ると同時に再度振るわれた棍棒の横なぎ。

 重い金属音が響く。


「ぐぅぅっ……!」

「フィル!」


 直前にその動きを見ていたからこそ回避よりあえて懐に飛び込むことを選択し、勢いがつく前に柄の持ち手の側を盾で受け止めた。盾で受ける――というよりは、盾をかぶせた肩全体に体重を乗せて受けたが、それでも踏ん張るのがやっとだ。腕の先にまで伝わるびりびりとした衝撃に耐える。


「はあぁっ!」


 フィルとオーガの一瞬の硬直の後。

 せんを取ったのはフィルだった。岩塊を押し出すように盾に力を込め、弾いた棍棒、その持ち手を目掛けて直剣で縦に斬り降ろす。

 ずっ、という鈍い手応え。オーガの手首を切り裂いたフィルの剣だったが、骨には至らない。斬りつけた勢いで前転し、再びオーガの裏に回る。


「トニ、もう前衛は俺達しか残ってない。大して効いてるようにも見えないが、細かく当ててかき乱せ!」

「う、うん!」


 先ほどのオーガの攻撃――たった一撃で前衛は完全に崩壊した。

 周囲には地に伏した村の人間達、ファングのもとにクゥやジャニスが駆け寄っているのが見える。何人かは既に事切れているのか、ぴくりとも動かない者もいた。


 正面からぶつかっても二の舞になるのは目に見えており、今できる最善はトニと交互に入れ替わり、回避に専念した攻撃を続けることだ。トニの動きにはまだ不安もあるが、動きに問題はないため頭数としている。


(せめて、ゴーシェがいれば……あの野郎、何してやがる……)


 注意を引くように意識した背後からの攻撃を繰り返しながら、一向に追いついてこないゴーシェに、声に出さずに毒づく。


「フィ、フィル殿……すまない」

「親父ぃ! 喋っちゃダメだべぇ! くっそぉぉおおおおお!」


 肋骨をやられたのか、ゴボリと血を吐き出すファングだが、最早生きているのが幸いという様相だ。吹っ飛んでいったディアの方も気になったが、カトレアと村の人間が数人そちらに向かっており、安否は分からないが戦線に戻るのも難しいだろう。


「うわっ! うわわわわっ!」


 魔物と村の人間達の叫声が止まない中、トニだけが緊張感のない叫びをあげる。

 自身の立ち回りだけでやっとなので気にかける余裕もないが、頓狂な声を上げながらも不思議とオーガの棍棒をするりするりと避けているように見える。


「おい、トニ! 黙って戦え!」

「だってフィル! コイツやばいって――う、うわ~~~~~!」


 ついにやられたか、と思わせるような声を出すトニだが、当の本人は振り下ろされて地面にめり込んだ棍棒を横に転がって避わしている。


(何でかトニも動けているが、このままだとまずいな……アレを使うべきか……)


 一発でも貰ったらそれで終了、というような状態が続きながらも攻撃を続けているが、オーガの方は下半身に集中させた攻撃を意に介してすらいないような様子だ。

 膝を地につけさせるような決定打がない限りは、長引けば長引くほど勝機がなくなる。


 そして、現状でその決定打となり得そうなものは、フィルの魔法くらいだ。


「……考えててもしょうがないな。トニ、魔法を使う! 注意を引き付けておいてくれ!」

「えっ? 魔法? わ、分かった!」


 ディアに訓練をつけてもらっているとは言え、まだ完全に使いこなすには程遠い。

 維持する時間には限りがある。一撃で致命傷を与える、という気持ちでいくことを心に決める。後退してオーガから距離を取り、手に持つ剣の刀身に意識を向けた。


 反対の手に持っていた盾は地面に落とし、両手で柄を握り意識を研ぎ澄ます。

 すぐに刀身が燐光を帯び、その光が段々と強まっていく。


「ううぅっ! うわあぁっ! ちょ――ちょっと、フィル、もう……限界っ!」

「――十分だ、下がれ!」


 一人でオーガの相手をしていたトニが泣きつくような叫びを上げた時、フィルの方の準備も完了した。

 刀身に集まった魔力の光を払うような一振りの後、フィルの手の中には白光りした長い刀身を持った直剣が握られていた。二、三度片手で振って感触を確かめると、両手で柄を握りなおして走り出す。


 オーガの注意は完全にトニの方に向いている。このまま駆ける勢いで片足を一本貰おうと、狙いを定めた。


「フィル、お願い! ――って、うわわっ!」

「おっ、おい……」


 オーガに肉薄し、その足を捉えようと剣を振るう動きに入っていたフィルの耳に、トニの叫びが届いた。何事かと思いながらも、剣を振るおうとした先には、今まさに捉えんとしていたオーガの足がなかった・・・・

 後退するトニに対して、苦し紛れに蹴上げるようにオーガが動いたためだ。


「ふっ――ざけんなああああ!」


 フィルの一閃は宙を斬るに留まり、すぐに身を転じて上段から斬りつけたが、これはオーガの臀部を切り裂くだけだった。先ほどまでの攻防とはうって変わり、肉を断つ感触が手に伝わってきたが、無理な体勢から放った剣閃は致命傷にはほど遠い。


「――ガッ! ウゥゥ……ァァアアアア!」


 突然後方から重い一撃を浴びたオーガは驚きと怒りの声を上げ、すぐさまに手に持った鈍器での反撃をフィルに浴びせてきた。


「クソがっ……しくじったか」


 振り向きざまの攻撃であったため、難なく剣で受けたが、その一打で体勢を整えられてしまった。

 暴れまわるような動きを見せていたオーガが一転、フィルの剣の威力に警戒したのか、身を引くよう構えている。時間を稼がれては元も子もないため、すぐさま追撃に動くフィルだったが、後退するように動くオーガの棍棒に攻撃のことごとくが阻まれる。


(この野郎、こんなに素早い動きができたのかよ……ふざけやがって)


 ベルム城で見た魔物――トロールよりは動きが早いとは思っていたが、フィルの方が攻勢であるものの棍棒を槍のように巧みに扱い防御をする。このまま押し切ろうとするフィルの剣が、オーガの肩口や脇腹、下半身を細かく切りつけ苦悶の声が上がるが、あと一歩の致命打に届かない。


「――うっおらぁぁあああ!!」


 段々とオーガの防御に回る動きが遅れてきた所で、フィルが相手の得物を下段からかち上げた。棍棒を持つ手ごと、防御を割られたオーガの上体が仰け反る。こじ開けるように好機を掴み、そのまま敵を縦に割ると言わんばかりに剣を振り上げるフィル。


「な、なんだ……?」


 剣を振り下ろそうとしたフィルの膝が、かくんと落ちる。

 急に腰が抜けたような感覚の消失に驚いた時には、地に肩膝をついていた。


(このタイミングで魔力切れかよ……)


 自分の体の、よく知った感覚に、フィルは笑うしかないというような気持ちになる。訓練の時よりも魔力が枯渇する時間が早かった。


 あと一歩という決定打の前の魔力切れ。幸いにもフィルの強撃に面を食らい、オーガの方も後退していたため、フィルも追撃を諦め後ろに飛ぶ。何とかそれだけの動きはできたものの、両足が笑っているように力が入らず、再度膝をついてしまう。


「フィル!」

「……すまん、時間切れみたいだ」


 勝ちの目を失った、と思った。

 残りの戦力を考えると一時の撤退が頭をよぎるが、自分の名を呼ぶトニの声には、ただただ項垂れるような気持ちだった。


「そうじゃなくて、ゴーシェさんが……!」

「は? ゴーシェがどうか――」


 フィルの後方に向けられたトニが指差す先を振り返ると、一人ゴーシェが歩いてきており、フィルのすぐ後ろにいた。


「ゴーシェ。お前、一体何してたん――」


 絶望的な状況で現れたゴーシェに苦言の一つでも言ってやろうと思ったフィルが口をつぐむ。こちらに向かってくるゴーシェの様子が普通ではなかったからだ。


 その眼光は赤く光り、獣のように牙を剥いた口の端からは涎が垂れている。

 声をかけるフィルは見えていないというように、視線はオーガの方に向いている。


「……何か悪いものでも食ったのか?」


 異様な雰囲気に何と声をかけたら良いか分からず、口を出た冗談にゴーシェからの反応はない。様子とは裏腹なしっかりとした足取りのゴーシェが、オーガの方に向かっていく。


「お……うぅ……」

「ど、どうした……?」


 フィルとすれ違い、真っ直ぐ歩き続けるゴーシェの口から低い唸り声のような音が漏れ出している。並々ならぬ様子で敵に向かっていくゴーシェを止めようとするが、全身の脱力感からフィルは立ち上がることもできない。


 オーガと戦っている最中さなか、急に膝をついたフィルを心配してかトニが向かってくる。その姿を見て、ゴーシェを止めるよう声をかけた。


「おいトニ、ゴーシェの様子が変だ! なんかやばそうだから止めてくれ!」

「ゴーシェはいつも変だよ!」

「そういうことじゃなくて――」

「……う、うぅ……がぁぁあああああ!!」


 突如、ゴーシェが吠える。

 その叫声にフィルとトニの視線がゴーシェに向かった時には、すでにゴーシェがオーガに向かって駆け出していた。


「お、おい。待て――」


 瞬時に二刀を抜き放って両手に持ち、前傾姿勢で駆けながらオーガに向かっていくゴーシェ。急に向かってきた新たな敵に、棍棒を振りかぶり迎え撃とうとオーガが構え直す。


「危ない!」


 向かってくるゴーシェにタイミングを合わせるようにして棍棒が振り下ろされた。周りが見えていないような様子に、直撃を食らうかとトニが叫ぶ。

 棍棒の柄頭が頭部にめり込むと思われた直前に、身をひるがえすのみでゴーシェが一撃を避わす。棍棒が地面に叩きつけられる前に飛び上がったゴーシェは、敵の棍棒の柄、そして腕を蹴りオーガに肉薄する。


「……ぅぅう――らぁぁああああ!!」


 オーガの目の前に迫ったゴーシェはそのまま剣を振り下ろし、顔面を襲う刀身の軌跡、その後を追うような血飛沫が上がった。


「あぁぁあああ!!」

「グゥゥオオオオオ!!」


 ゴーシェの一閃はオーガの片目を奪う。

 突如の激痛に体勢を崩し仰向けに倒れかけるオーガだったが、宙で体制を立て直し更なる追撃を見舞おうとする敵を払い落とすように、棍棒を放した手でゴーシェの側面を叩く。


 地面に叩きつけられたゴーシェだったが、地を弾んだ勢いですぐに体勢を整え、オーガが向き直る前に、地面を舐めるように低く駆け出したゴーシェが再び襲い掛かる。


「すごい……! 何あのゴーシェの動き……」

「アイツ、どうしちまったんだ」


 フィルとトニは、瞬きの間に始まった戦いを傍観することしかできなかった。

 そんなやり取りの間にも、オーガの足元では両手に剣を持ったゴーシェが乱舞するような動きで敵を翻弄していた。固く分厚いオーガの皮膚に次々と傷を増やしていく。

 ゴーシェの剣は普段の流れるようなものではなく、肉に刃を突き立て無理やり抉り取るような剣筋だった。両の剣がまるで獣の爪であるかのようだ。


「あんな戦い方しているところを、見たことがないな……」


 呟きにトニは応じない。初めて見るゴーシェの異様な姿に、呆気に取られているようだ。


「……ウグァァアアアアア!!」

「らぁああっ! ごらぁぁあああ!!」


 獣のような声を上げながら暴れ続けるオーガとゴーシェの戦いは、最早魔物同士が争っているようにしか見えない。

 足の肉を削り取られ続けるオーガは、忌々しい敵を捕まえようと両の腕を振り回しているが、深く懐に入り一所ひとところに留まらないゴーシェを捉えることができないようだ。


 拳を地面に叩きつける、掬い上げるように腕を振るう、そんな動作を繰り返すオーガの動きが目に見えて疲弊してきているのが分かる。

 オーガに隙が生じた瞬間、背後に回ったゴーシェの二刀がついに敵の足を捉えた。


「うらぁぁあああ!!」


 ゴーシェに削り続けられたオーガの足が、渾身の一撃によって宙に舞い、支えを失ったオーガが横向きに倒れる。


「やりやがった……」


 常軌を逸したゴーシェの様子もそうだが、傷をつけることもままならない魔物に一人で致命打を与えたゴーシェに、フィルも唖然とする他なかった。

 音を立てて地面に倒れこんだオーガに飛び乗ったゴーシェは逆手に持った二刀をオーガの首筋に突き立てる。


「ガ……ガガァ……」

「…………ぁぁあ!!」


 叫びと共に、突き立てた剣を両に引き、引き裂くようにしてオーガの首を落とした。

 そうして、首の失った魔物のむくろの上に乗ったまま、ゴーシェも動きを止める。


「おい……トニ! ゴーシェの様子を見に行ってくれ!」

「えっ、うん! 分かった!」

「あ……ぁぁあ…………ぁぁあああああああああああ!!」」


 オーガの体の上、顔を上げて雄叫びを上げるゴーシェの姿を見て、トニの動きも止まる。

 まだ周囲では戦いの音が止まらない中、暫くの間ゴーシェの雄叫びが戦場に響き続けていた。

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